第114話 もう一つのグリモア

「戦力分析、再開……上方、修正……機体損傷状況、確認……勝率、0%」

「ふぅ……」


 割と死ぬかと思った。

 高速移動ではなく瞬間移動に近い理論で動いていたロボットが、俺の背後に回り込んでから追加した2本の腕で俺の両腕を掴んできた時には、ちょっとやられると思ったが……隠し玉である原典デミウルゴスのお陰でなんとか生きてる。

 コア部分を破壊されたことで自己修復機能も上手く起動しないのか、ロボットはブツブツなんか機械的な言葉を並べながらバラバラに崩れていく。

 それにしても……防衛用のロボットに空間転移能力を持たせるなんて、古代王朝なのか魔族なのか知らないが、とんでもないものを作ってくれたものだ。それだけの技術力が昔の時代にはあったと考えるべきか……なんにせよ、こんな技術力を持っていながらもクラディウスには対抗する手段がないと言うのだから笑える話だ。


 完全に動かなくなったロボットの上に座り込んでエリクシラとヴァネッサを待っていると、周囲でなにかが動く気配がした。高性能ロボットを倒してから数分しか経っていないのに、また次のロボットでも現れたのかと思ったら……急に天井部分が開いていき……太陽の光が入ってきた。


「わ……なんか変なの押したような」

「罠だったらどうするのよ!?」

「死んでないから大丈夫です」


 急に天井が開いたので、もしかしたら敵が降ってくるのかと思ったら、通路の方からエリクシラとヴァネッサが喋っている声が聞こえてきた。どうやら、エリクシラがなにかしらのボタンを押した結果、天井が開いたらしい……古代遺跡に開く天井とかオーバーテクノロジーだろ。

 少し待っていると、太陽の光に照らされたこのフロアにエリクシラとヴァネッサがやってきた。俺が椅子にしているロボットの残骸を見てちょっと呆れたような視線を向けられたが、そのおかげで2人は無事だったんだから感謝しろよな。


「で、絵画はどうだった?」

「こっち側に頭がありましたよ。でも、目の部分を押したら……何かが動いた音がしたんですけど」

「あぁ……あれ」


 エリクシラが不安そうなので、上に向かって指を差す。エリクシラとヴァネッサの目がそのまま一緒に動いていき……異音を響かせながらまだ動いて開いていく天井を見て、ちょっと唖然としている。


「あんな、大きなものを動かしていたんですね」

「シンバ王朝なのか魔族なのか知らないけど、よほどの技術力があったらしいな」

「魔族にこんな技術力ないわよ。こんな意味わからないものを作るのは人間よ」

「は? でも絵画は魔族なんだろ?」

「だからわからないって……本当に魔族と人間が共存していたかもしれないじゃない」


 それは……本当なのかな?

 それはそれとして、俺たちが落ちてきた穴から城跡の方角に向かって進んだわけだが、この上はどうなっているのだろうか。ヴァネッサに見てきてもらいたいが……上に飛び出した瞬間にナグルファルが大量に現れたら、流石に可哀そうだけど。


「……ヴァネッサ」

「嫌よ!」


 名前を呼んだだけで速攻断られた。


「頼む」

「うぐ……わかったわよ!」


 頭を下げて頼んでみると、ヴァネッサはすごい気まずそうな顔をしてからなんとか頷いてくれた。勿論、見て貰うのにそのまま行ってこいなんて言わない。

 俺は原典デミウルゴスをマントの形にしてからヴァネッサに羽織らせる。


「これは?」

「魔力の攻撃を殆ど弾いてくれる。限界はあるが……ないよりはよっぽどマシだ」

「今のは?」

「秘密」


 エリクシラは魔力を弾く、と聞いた瞬間に目を鋭くした。流石に古書館に常に引きこもっているだけあるな……エリクシラが疑っている通り、魔力を完全に弾くような材質はこの世の中に存在しない。あっても、ちんけな攻撃魔法も弾けない欠陥品だけだ。

 俺の原典デミウルゴスには決まった形が存在しない。常に俺の思う通りになり、思うような効果を付与することができる……当然ながらある程度の限界はあるので、なんでもかんでもって訳にはいかないが、魔力を弾くぐらいなら訳ない。後、俺のグリモアなので俺の身体から離れすぎても効果が発揮できないが……数十メートルぐらいの距離ならなんとかなる。


「では、私からも」


 神秘の書ラジエルがパラパラと捲られ、魔法が発動する。なんの魔法が発動したのかと聞こうとした瞬間に、ヴァネッサの存在が急にあやふやになった。直視しているのに、なんとなく視界の端に映る程度しかわからないような。


「効果時間は短いですし、そこまで万能ではありませんが……目視し辛くなる魔法です。使い勝手は最悪ですが、私はなんでも持っていますから」

「部屋が片付けられない人間の特徴だな」

「……綺麗ですよ?」


 絶対に嘘だな。今の一瞬で、エリクシラの部屋が想像できたな……絶対に、床にもテーブルにも本が積まれている部屋に住んでる。そして、本人はどこに何があるのかを把握しているから片付いていると考えるタイプの人間だ。俺は部屋に無駄なものが落ちていると無性に捨てたくなる性格なので、エリクシラの部屋に行ったら絶対にムズムズする。

 俺とエリクシラがくだらないことを言っている間に、ヴァネッサは俺の原典とエリクシラの魔法を確認しながら歩き回っていた。


「まぁ……これならなんとかなるわね」

「おぉ、でも俺の渡したマントは魔力を弾くからエリクシラの魔法を搔き消すかもしれないから、気を付けてな」

「相性最悪じゃない!?」


 ないよりマシだろ。



 上空へと向かって飛んでいくヴァネッサを見送りながら、俺は再びロボットの残骸に腰かけた。


「……あれ、グリモアですよね」


 ちょっとエリクシラと雑談でもしようかと思った瞬間に、核心を突かれて俺は固まった。


「私を舐めないでください、それぐらいはわかります……ずっと貴方を近くで見てきたんですから」

「なんで、わかったのかな?」

「そもそも貴方のグリモアである偽典ヤルダバオトには常々疑問を持っていたんです。グリモアとは魂の発露した姿……あまりにも貴方の性格に似合わない白さ」

「酷いな」


 いや、マジで酷いこと言ってるぞ。俺の真っ白なピュアな心になんてことを……エリクシラめ。


「最初はそういうものかと思ったんですが、沢山のグリモアを見ているとやっぱり私は貴方のグリモアに疑念ばかりが浮かんできました。でも、貴方が、あれが貴方本来のグリモアなのだと確信しました」

「あー……」


 見られてたのか。

 ちょっと目線の仕草で視線誘導は一応していたんだけど……そういうところはエリクシラには敵わないな。


「貴方の魂は、2つある」


 どうするかな……あんまり、知られたくなかったんだけど。

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