第112話 古代の壁画

 前方の暗闇から飛んでくる矢を全て斥力で弾き飛ばしながら、2人を抱えて走る。ごちゃごちゃと頭を使って色々なことを考えながら歩くよりも、よっぽどこっちの方が楽だ。実際、斥力によって防げないような魔法攻撃が飛んできているような様子もないし、ちょっと力技なだけで何の問題もない。

 数十秒もしないうちに、走っているだけで通路の突きあたりまでやってきた。壁には穴が空いている状態で、そこには極小の魔法が刻まれて魔力に反応して矢が放たれているみたいだ。こんな凝ったギミックを用意するほどに、シンバ王朝のこの都市は狙われていたのだろうか……疑問は残るが、さっさと横に進もう。


「このまま突っ走るぞ」

「も、もう何も言わないのでもう少し遅く!」

「無理」


 斥力を発生させるのだって滅茶苦茶楽って訳じゃないんだから、発生させている時間は短い方がいいに決まっている。少なくとも、発動した状態でちんたら歩くのは絶対に嫌だ。

 突きあたりの壁から左方向へと通路が続いていたのでそのまま進むと、ナグルファルが数体飛び出してきた。地上にいたひたすらに機動力とビームで攻撃してくる奴とは違い、手に持っている剣を振るって襲い掛かってきた。


「エリクシラ、援護頼む」

「この態勢でですか!? 無茶言ってる自覚がありますか!?」

「ある」


 あるけど、エリクシラならなんとかなるだろ。

 斥力を発生させているのでナグルファルは近づいてこれないかと言うと……俺が発生させている斥力はあくまで物理的な攻撃を弾くものでしかないので、ビームや魔法の斬撃を飛ばしてこられたりすると対処しきれない。物理攻撃がシャットできるだけマシかもしれないが、それでも面倒くさいものは面倒くさいのだ。

 一瞬だけ斥力の範囲を広めて、襲い掛かってきたナグルファルを壁に叩きつけるが、想像以上に硬い身体をしているのでその程度では全く動きが止まらない。


神秘の書ラジエル!」


 3体のナグルファルがビームを発射しようとした瞬間に、エリクシラが発動した魔法によって3体が同時に吹き飛んだ。今、エリクシラが使った魔法は……間違いなく俺がさっきから使っている斥力の魔法だ。


「これだけ近くで魔法を見れば私だって使えます!」

「いや、魔法を覚えることに関してはマジでお前は天才だと思うよ。もうちょっと自分で魔法を改造したりしないのか?」

「そんなことが簡単にできるのは貴方だけです」


 そうかなぁ……エリクシラの才能ならば絶対にできると思うのだが。

 エリクシラが放った斥力はかなり強力だったようで、3体のナグルファルは身体がバラバラになりながら壁に突き刺さって動けなくなっていた。

 敵がいなくなったのでノンストップで行けると思った瞬間に、目の前まで槍が飛んできていた。どこでトラップに触れたのかもわからないが、俺の目と鼻の先で斥力と拮抗して止まったようだが……油断していたら死んでいた。


「まだ来ますよ!」

「しつこいな」


 俺が思ったよりビビッてしまったので足を止めていたら、背後から再び3体のナグルファルが追ってきた。さっきエリクシラが始末した奴とは別個体のようだが、装備はさっきと同じで、鈍い銀色の片手剣を右手に装着している。


「このっ!」

「うぉっ!?」


 右の脇に抱えていたエリクシラは、再び神秘の書ラジエルを発動させてから背後に向かって魔法を放った。放たれた魔法は……ナグルファルがさっきから撃ってきているようなビーム。確かに、俺やエレミヤだってビームぐらいなら放てるんだけど、エリクシラはそれを複数同時に展開して弾幕を張っている。

 罠が飛んできていないことを確認してから、俺も魔法によって生み出した半透明の剣を射出する。1体の瞳部分を貫通したら、即座に動きが停止した。もしかしたらあの目の部分に動力でもあるのかと思ったが、そんなことを学者たちが見逃すはずがないので、そこまで気にしなくていいだろう。

 残りの2体は剣を持ったまま加速してきたが、再びエリクシラの斥力魔法で粉々に砕かれながら背後の闇へと消えていった。


 一気に踏み込んで通路を走ると、再び壁が目の前に現れたが、俺は即座にその壁を蹴りながら右に曲がって走る。地下に落ちてきた場所の位置関係から、地上で言うと俺たちが今どこら辺にいるのかは大体把握している。中心に存在していた城跡へと通じているはずだ。


「……なんだ?」


 右に曲がってからナグルファルの気配も、トラップが仕掛けられている様子もない。しかも廊下に飾られていた燭台に火がついている。


「これは……ちょっと止まってください!」

「あ?」

「これ……この模様、壁画ですよ!」

「壁画ぁ?」


 いや……ただのにょろにょろ線にしか見えないんだが?


「クラディウスの、壁画よ」

「ヴァネッサ?」


 エリクシラと違って完全にくだっとしていたヴァネッサが急に復活した。

 エリクシラが壁画だと主張した者を見て、ヴァネッサはそれをクラディウスを描いたものだと言っているが……本当にそうなのだろうか?


「この鱗、よく見ると頭蓋骨として描かれているでしょう? クラディウスの鱗を頭蓋骨で描くのは、魔族だけ……この遺跡がなんなのか知らないけれど、この文明には魔族が関わっていたことがわかるわ」

「魔族しか描かない、か」


 そうなると、この厳重な警備はなんだ?

 ナグルファルの戦闘能力は国の魔法騎士と比べても遜色ないし、トラップは明らかに侵入者を殺すためのものだ。人間がそんな風に殺すことを前提としたトラップを仕掛ける相手なんて、魔族ぐらいだと思ったんだが。


「もしかしたら……そもそも私たちが引っかかったのが落とし穴じゃなくて、ただの老朽化だったら?」

「おい、エリクシラ……つまりそれは……この遺跡が築かれたシンバ王朝は地上に栄えていた文明であって、この地下はそれよりも更に前の魔族が描いたんだとか言わないだろうな」

「そ、そういう考え方もあるってことです!」


 まぁ……全部を否定する訳ではないが、流石に誇大妄想じゃないか?

 シンバ王朝遺跡が物凄く発展していた訳ではなく、たまたま地下から掘り起こしたナグルファルを利用していただけとか……ギリギリあり得なくもない考察だな。


「単純に魔族と交流があっただけかもしれないじゃない」

「その答えも、この先にあるといいんだがな」


 答えが見つかるかどうかは、俺たち次第って所はあるけれども。

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