第108話 勝負に勝って試合に負けた
エレミヤに翼が生えて空を飛んでいる。
簡潔に説明すると全くなにもわからないのだが、実際に俺の目の前で起こっている事実だ。翼が生えているだけで、人体のバランスが変わっている訳でもないのどうやって飛んでいるんだよとか、そもそもなんで翼が生えているんだよとか、色々と言いたいことはあるが……取り敢えず、上空から奇襲として放たれた突き攻撃は俺の頬を掠めた。
「今のを避けられるか……やっぱり初速の差かな」
「おいおい」
初速の差って言うけど、エレミヤのレイピアの方が俺よりも初速があるからな。俺のウルスラグナは通常の剣よりも刃が長いから、どっちかと言うと大振りになってしまうし……って、そんな話じゃないな。
エレミヤが手に持っているレイピアが、
「初見じゃなかったら変な所から対応されそうだし、地上でちゃんと戦うよ」
「へー」
まぁ、空中戦の引きずり落とされた時のデメリットを考えれば妥当か。特に俺とエレミヤみたいに実力がそれなりに拮抗していると、そういうところから一気に勝負が終わったりするしな。
エレミヤとの戦いは……どっちが先にしくじるかの戦いになると思っている。互いに攻めきれないというか……お互いに紙一重で相手の攻撃を防いでいたりするので、どっちかがミスしないと倒せない気がする。
「じゃあ、次はこういうのでどうかな?」
「悪い、さっさと終わらせたいんだ」
「え」
こいつと戦うのはそんなに嫌いじゃないが……本気で楽しむと長引きすぎて、本題であるアッシュとニーナのグリモアの話まで辿り着かないから。
エレミヤが魔法を発動させようとした瞬間に、俺は右足を踏み込んで魔法を発動させる。右足を基点に周囲の地面を凍結させ、エレミヤの動きを封じる。即座に武器に炎を付与して氷を溶かしたエレミヤだが、その隙があれば充分だ。
「な、投げたっ!?」
俺は剣もそれなりに自信を持っているが、正直に言ってエレミヤみたいな奴と正面からやって突破できるような自信は持っていない。故に、普通の魔法騎士なら絶対にやらないことを俺はやる。その方が、隙も生まれやすいし。
魔力を纏わせてからウルスラグナを投擲して、身体に雷を纏う。リエスターさんのグリモアである
「更に速いっ!?」
「ふっ!」
投擲されたウルスラグナに視線を向けた刹那に、雷の速度で背後に回り込んでから風を刃のように振るう。威力には欠けるが……不可視の短刀は奇襲に便利。俺が握っている刃のリーチも把握できないエレミヤの脇腹に、風の刃が刺さった。
当然、この程度で動きを止めてくれるほどエレミヤは弱くないので一気に距離を取る。普通の相手だったらそのまま押し切ろうと思えるんだが……さっきまで俺が立っていた場所には巨大な氷の槍が生えていた。
「……ちょっと、君の魔法の才能を過小評価していたよ」
「そうか? 魔法に関しては褒められると嬉しいな……剣の方はそうでもないが」
脇腹を抑えながらちょっと苦笑いを浮かべているエレミヤだが、言葉を発しながら平然と脇腹の傷を治してやがる。
「どうしようか……このまま続けてたら、やっぱり止まらなくなりそうだね」
「……ここで終わって、お前は満足か?」
「まさか」
だよな。
俺もちょっと……テンション上がってきたところだ。
炎を発生させる魔法、風で相手を切り裂く魔法、氷の槍を投擲する魔法、水の龍をぶつける魔法、ビームを放つ魔法、岩の拳を叩きこむ魔法……俺とエレミヤの間で大量の魔法が飛び交っている。
さっさと終わらせるとか自分で言っておいてなんだが、マジで楽しくなってきた。これまで魔法騎士科の学生として色々な授業を受けてきたが、これほど楽しいと思った模擬戦は初めてだ。
「ふぅ……君、本当に魔法が好きなんだね」
「そりゃあ、古書館に引きこもって魔法のことばかり考えている女と常に一緒にいるからな」
「私のことですか? それ、私のことを言ってるんですね?」
あ、いたんだエリクシラ……エレミヤと戦い始めてから周囲のことなんて見えてなかったから気にしてなかったけど、いつの間にか人が結構集まってるな。
「ここまで注目されちゃうと……ちょっとやめようかなって気持ちになってくるね」
「まぁ、これ以上の魔法を使ったら教師がすっ飛んでくるだろうしな」
「これ以上の魔法なんてあるのかい? 強がらなくてもいいよ?」
「ははは、見せてやろうか?」
よし、チンケな挑発に乗ってやろうじゃないか、え?
「魔力を限界まで圧縮すると、どうなるか知ってるか?」
「……ねぇ、それって」
簡単に言うと、暴発する。
「はは!」
「流石にそれは周囲への影響が凄まじいんじゃないかなっ!?」
「大丈夫、ちょっとは手加減するさ!」
手加減しなかったら学園の建物が吹き飛ぶぐらいの半径で爆発が起こる計算だけど、これなら訓練場に大きなクレーターができるぐらいの予想だから大丈夫だって!
俺の手の中で光り輝く魔力を見て、エレミヤは珍しく滅茶苦茶焦った顔をしている。これだけで、やろうと思っただけの価値はあったな!
勝負に勝って試合に負けた。
俺が放った最後の爆発によって野外訓練場は一つ消し飛び、教師からは滅茶苦茶怒られた。
いつの間にか判定員みたいになっていたアッシュ、ニーナ、エリクシラ、ヴァネッサは全会一致で俺の反則負けということにした。エレミヤは自分が負けたと言い張っていたようだが、まぁ……俺も流石に自分が悪いと思う。
「はー……貴方、思ったより化け物ね」
「グリモアが使えてたら、もっと格好よく勝ってたぞ」
「それは僕もなんだけどね?」
まぁ……そうなんだけど。
「私が戦いを見てたらグリモアについてなんか参考になるかも、みたいな言い訳してたけど、普通に考えてグリモアを使わない戦闘でなにかわかる訳ないでしょ」
「そうかなぁ……結局、グリモアだって魔力を消費するものなんだから本質的には同じだろ?」
「全然違うわよ」
俺は全く同じ感覚で使ってるんだけど……それってやっぱり魂が2つあるからなのかな。
「でも、人間が使う魔法に関しては色々とわかったわ。だから……そっち方面から2人になにかしらの助言はしてあげる」
「本当か? 助かる……ニーナは信じられないぐらいに魔法がへたくそだからな」
「は? 私は上手いが?」
未だに口から炎吐くのが限界なのに何言ってんだ。
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