第107話 たまには正面から

「調子はどうだ、アッシュ」

「む……テオドールか」


 講義が終わったので今日も古書館に引きこもろうかと思ったら、訓練場で剣を振るうアッシュとニーナの姿が見えたので、様子を見に来た。


「テオ、魔族の女からいい情報でも聞き出せたか?」

「いーや……やっぱりグリモアについて知るには、古代文字を解明するか、もっと年上の魔族から聞くしかないわ」

「そうか……」


 単純に俺がグリモアの起源について気になっているのもあるが、ニーナとアッシュの為に研究しているような所もあるので、早いところ結論を出してやりたいのだが……中々そう上手くいかないのが人生ってやつだな。


「魔族かぁ……僕の審判者の剣ミカエルはきっと彼女を罰してくれるだろうね」

「そうか? まぁ……人間に直接的な危害を加えまくっている奴じゃないけど、人間のことはそれなりに下に見てるからな、こいつ」

「こいつって言うな!」


 訓練場のベンチに座ってアッシュとニーナの修行を眺めていたエレミヤが会話に入ってくるが、俺の後ろにいるヴァネッサの方がうるさかった。


「人間はグリモアが本当に好きね。発現したいって意味わからないわ」

「魔族はそう思わないのか?」

「思わないわよ……魂からなんか生えてくるって気持ち悪いじゃない」

「へぇ」


 その感覚がよくわからないんだけどな。


「大体、ずっと言おうと思っていたけど……貴方の魂が一番気持ち悪いのよ。なんとなく

「見える? 魂が知覚できるのか?」


 そんなの聞いてないんだが?


「魔族なんだから当たり前でしょ? 魔族は人間の魂を食らうこともできるのよ? まぁ……そんな機会ないんだけど」

「魂が知覚できる……頼む! 魂の形を教えてくれ! それがグリモアの鍵になるのかもしれない!」

「わ、私も頼む!」

「そんなのわかんないわよー!?」


 やっぱり面白いな、ヴァネッサ。


「テオドール、ちょっといいかな?」

「どうした?」

「僕と、手合わせしないかい?」


 またその話か。

 俺は今までに何度もエレミヤから手合わせしないかと誘われているが、基本的に断っている。何故ならば、俺たち2人が本気でやり合えば止まらなくなるから。それに……単純にこいつとは戦いたくない。


「断られると思って、今回は条件を用意してきたよ」


 断るって言おうと思ったら、速攻で潰された。


「互いにグリモアを絶対に使用しない。それ以外ならなんでもありってことで、どうかな?」

「……」


 グリモアを使用しない、か。確かに、エレミヤの審判者の剣ミカエルと俺の偽典ヤルダバオトがぶつかったらとんでもないことにはなる。審判者の剣は威力が滅茶苦茶だから、当たったら俺が消し飛ぶかもしれないし、逆に俺の偽典もまともに入れば人体なんて簡単に真っ二つにできる。

 妥協案としては、現実的なラインだと思う。


「……いいぞ、やろうか」

「本当かい!? いやー言ってみるものだね」


 それに、アッシュとニーナにとってなにかしらの助けになるかもしれない。ヴァネッサに俺とエレミヤの戦いを見て貰えば……グリモアについてなにかわかるかもしれない。


「じゃあ、やろうか」


 エレミヤが腰のレイピアを抜き、俺も腰のウルスラグナを抜く。


「ふっ!」

「……」


 俺の喉元に向かって放たれた突きを、ウルスラグナで弾く。今のは完全に俺のことを殺しに来ていたと思うんだが……それはどうなんだ。

 超高速で突き出されるレイピアの突きをウルスラグナで弾けたのは、エレミヤの動きを知っているからだ。正面から戦ったことは殆どないが、エレミヤと肩を並べて戦ったことは何回かある。俺はエレミヤの呼吸を知っているから、速度で圧倒されることはない……まぁ、それに関しては向こうも同じだろうが。


「いいね、やっぱり君は好敵手だ」

「そうだな」


 親友と名乗られるとちょっと頷けないけど、好敵手であると名乗られるとなんとなく頷ける。そんなよくわからない距離感のエレミヤだが、俺から見た彼は「天才」という言葉で表すことができる人間だと思う。

 今も俺の心臓を抉るように突き出されたレイピアは、俺が使ったら速攻折れそうな細さをしているのだが、ウルスラグナで弾いても折れることはない。これは、エレミヤが高度な技術で力を受け流しているからだろう。剣術に限れば、はっきり言って俺がエレミヤに勝てる要素はあんまりない。


「どんどん行くよ!」


 俺がエレミヤの突きを連続で弾いていると、とっても楽しそうに笑いながら平然と武器に属性魔法を付与した。短縮魔法を用いた属性付与は、エリッサ姫の得意な戦術だが……流石にエレミヤともなるとそれを平然とやってくるな。

 魔法を使い始めたってことは、そろそろ様子見も終わりか。見た感じ、エレミヤのレイピアに付与されているのは雷属性。オーソドックスな属性魔法で、速度で戦うエレミヤには一番合っている属性だ。

 エレミヤの足が動こうとした瞬間に、こっちから踏み込んでウルスラグナに纏わせた斬撃を飛ばす。


「っ!?」


 虚を突かれたエレミヤは踏み込もうとしていた足を軸にその場で回転して魔力の斬撃を避けたが、その間に接近している俺には反応できない。


「終わりだ」

「どうかな?」


 正直、今の不意打ちで俺は勝ちを確信していたんだが……エレミヤはその場で回転しながら地面に魔法を仕込んでやがった。発動する魔法は、とにかく水が噴射する魔法。


「おい、ずぶ濡れじゃねーか!」

「後で乾かせばいいよ」


 エレミヤの発動した魔法は、戦闘魔法ではない。ただ水を出現させて周囲にまき散らすだけの魔法なのだが……エレミヤの魔力量で発動すると、周囲が水浸しになるような視界妨害魔法だ。お陰で振り遅れた俺の剣はエレミヤに掠ることもなかった。


「さて、これはどうかな!」


 地面を砕くような勢いで右足を踏み込み、再び水を空中へと巻き上げたエレミヤが、右手のレイピアをこちらに向かって突き出した。瞬間、俺は地面にウルスラグナを突き刺して地面を隆起させて前に壁を作り出した。


「流石に読まれてるかな」

「当たり前だ」


 激しい雷の音と共に、俺が隆起させた壁に電撃が突き刺さった。水を巻き上げてそれを伝うように雷を放つなんて、まぁベタな攻撃方法だ。

 水を踏みしめるような音が、壁の向こう側から聞こえてくる。エレミヤが走っている音だろうが……こっちは壁のせいで視界が悪い。なら、どうするか。


「死ぬなよ」


 ウルスラグナに魔力を纏わせて……土の壁ごと周囲へと斬撃を放つ。ちょっと範囲が広すぎて、訓練場の備品を幾つか両断してしまったが、クロノス魔法騎士学園では日常なので後で謝れば問題なし。


「流石」

「上っ!?」


 エレミヤに対してちょっとやりすぎたかなと思ったが、いつの間にかエレミヤは鳥の翼を生やして俺の上にいた。

 羽根が生えるなんて聞いてねぇぞ!

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