第106話 後悔はしたくない
「人間の進化と淘汰って早いわよねぇ……」
「急にどうした、年寄りみたいなこと言い出して」
「私は滅茶苦茶若いわよ!」
それ、魔族基準じゃん。
「お母さんから聞いた人間って、もっとこう……そんなに大きくない集団で、建物とかもそこまで大きくないって聞いていたけど、降りてきたらびっくり」
「ん……まぁ、ここまで王都が発展したのは数十年の話だからな」
確か……どっかの天才が建築を楽にする魔法を生み出したとか……日常魔法に関しては全く詳しくないので知らないのだが、そんな話だった気がする。
「いつの間にか、住んでいる領域もドンドン拡大していくし……人間ってとっても生き急いでいるのよね」
「寿命だってたかが数十年だから、魔族から見たら全員が生き急いでるだろうな。餓鬼の年齢で死ぬからひたすらに動き続けてる、みたいな」
「そうなのね……魔族にだって寿命ぐらいあるけれど、少なくともお婆ちゃんは2000年は生きてるし」
とんでもない種族だよな……まぁ、人間は寿命が短い代わりに繁殖力が高くて進化が早い。逆に、魔族は寿命が長い代わりに繫殖力が低くて種族が生まれた時から強い、って感じだろうな。
「クラディウスはなんか目がいっぱいあって、翼もいっぱいあって、とんでもなく大きくて、蛇みたいに長いのよ」
「…………それは、怖がらせてるのか?」
「知らないから教えてあげてるんじゃない!」
「いや、見た目ぐらいは知ってるぞ。文献にも書いてあったし」
翼を広げただけで世界を覆いつくすとか、息を吐くだけで炎となって大地を焼くとか、目で睨むだけで建物が倒壊するとか……とにかく好き勝手書かれまくっていたけど、姿は見たまま絵を描くんだからそこまで外れてはないだろ。
「とにかく、人間なんかが想像もできないぐらい大きくて強いのよ! よく知らないけど!」
「魔族たちは、絶対に逆らわずに逃げ隠れしろって伝わってる訳ね……まぁ、正直ここまで強大だと、世界そのものが自浄作用として作り出した存在って言われた方が理解できるけど……」
それなら納得できるんだよな。
クラディウスが出現する2000年と言う周期は、人間にとって文明を進化させて発展させるには充分すぎる時間だ。もし、この世界そのものを管理しているような強大な存在がいて、自分自身の存在に気が付かれたくないとか、あるいは一定以上の進化をしてほしくないなんて考えていたら……クラディウスのような怪物を放って文明を破壊させるのは、得策であると言えるだろう。
自分の存在を感知させず、人間には終末なのだと決めつけて抗うこともできずに死ぬだけの格が違う生物……それならば、人類だって魔族だって無理に逆らおうとはしない。実に効率的で合理的なリセット方法じゃないか……全くもって不愉快だ。
「もし、クラディウスが世界の自浄作用としての役割を与えられた存在であったり、世界そのものを運営しているような奴が人間の進化を止めたくて放っている存在だとしたら、とっても面白くてとっても不愉快だと思わないか?」
「なに言ってんのよ。世界を運営? 馬鹿なんじゃないの?」
まぁ、この感覚は前世が存在する俺にしか伝わらないか。
世界五分前仮説やシュミレーション仮説みたいなものだな……世界の主がいて、俺たちはその神が作り出した箱庭の中で過ごしているだけってやつ。もし、自分が箱庭の中にいるのだと確信する人間が現れたら……きっと世界の主はその箱庭を壊したりするんだろう。
「ま、あくまでも仮説だ……クラディウスはただ気まぐれに破壊を楽しんでいるだけなのかもしれないし、そうじゃないかもしれないってだけの話。あらゆる可能性を考えておくのは、基本的なことだろう?」
「そんな馬鹿げたことを考える奴なんて貴方ぐらいでしょうね」
辛辣だなぁ……でも、俺はちょっと可能性があるんじゃないかと思ってるぞ。そうすればグリモアとかも、人間と魔族のバランスを考えて世界の主が作り出したものかもしれないって考えられるからな。
馬鹿げたことでも、考えることは楽しいものだ。
「はぁ……いつクラディウスがやってくるかもわからないのに、貴方はアホみたいことばかり考えている訳ね。私をボコボコにして無理やり契約した男がこんな奴なんて……」
「そう言うな。災害がいつやってくるのかわからないなんて、当たり前のことだろ?」
いつ火山が噴火するのか、いつ地殻変動が起きるのか、いつ嵐がやってくるのか……そんなことを正確に100%予知する技術なんてものはない。ましてや、クラディウスは自然現象ではなく生物だ。2000年周期とは言っても、恐らく多少の前後が存在するはずで、完璧にこの時期だなんて予測することは不可能。
「だからって、なんの準備もせずに震えて待ってるのか? いつ来るかわからないからこそ、俺は自分ができる限りの対策をしたい。後から「あの時こうしておけばよかった」なんてアホみたいな後悔はしたくないからな」
ま、人の性格によると思うけどな。とにかく、俺は「あの時に」なんてテンプレな馬鹿みたいな後悔の言葉を吐くのは絶対に嫌なので、できる限りのことはしたい。たとえそれが無意味終わったとしても、だ。
「……なんか、思ったより深いわね」
「いや、浅いだろ」
簡潔に言えば、俺は後悔したくないから先に苦労を背負うってだけの話だ。多分、基本的には無駄になることの方が多いから、滅茶苦茶浅いと思うぞ。
「多分、短い寿命の中で生きる人間だからの考え方よね。魔族はそんな先のことまで考えて生きないもの……そんなこと考えなくても、明日はやってくるから」
「けど、そのやってくる明日を彩ることができるのは自分だけだぞ?」
「クサイ言葉ね」
「ぶん殴るぞ」
お前、俺が契約者でお前は半分ぐらいは奴隷みたいな状態だってわかって言ってんだろうな。
「ふぅ……無理やり契約させられたけど、なんとなく貴方がどういう人間かわかってきたから、ちょっとは協力してやってもいいわよ?」
「単純に助かるが……なんかできるのか?」
「これでも一応魔族なんですけど!?」
いや、だって魔族って言っても餓鬼じゃん。どれだけ頭良くても、小学生に頼りきりになる大人がいないのと同じで……実際にクラディウスを見た訳でも、大戦を生き抜いたわけでもない魔族って、滅茶苦茶助かるーってこともないじゃん。
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