第103話 魔族の名前は長い

「殺戮騎士ビフランスね……ま、確かに人間にとっての英雄ってことは、敵側だった魔族にしてみれば殺戮者だよな」


 人魔大戦、魔族戦争、異種間戦争……色々な名前で呼ばれる1000年以上前の人間と魔族の間で起きた戦争は利益を追求する人間同士の戦争とは違い、生存権をかけた原始的な生命としての争いだったらしい。

 今でも爪痕が残っているぐらいの激しい戦争だったらしいが、人間同士の戦争と違ってそこにルールはなく、生き残った方が無条件で勝利者であるという血で血を洗う戦争だったはずだ。

 初代魔法騎士団のトップであるアルフレッド・ビフランスは、その大戦でひたすらに魔族を殺し続けていた人類側の英雄。魔族にしてみれば死の象徴であり、孫子の代まで語り継がれているのも納得だな。


「……なんで、私はこんな場所に連れてこられているんですか?」


 久しぶりにアルフレッド・ビフランスについて書かれている、魔法騎士の歴史の本を読んでいたら、椅子に座らされてなんとなく肩身が狭そうに小さくなっているヴァネッサが、おずおずと手を挙げながら聞いてきた。


「何故って……あんな王都のど真ん中で話す訳ないだろ。しかも魔族だし」

「だからって、なんで翌日なんですか」

「門限があるんだから仕方ないだろ? 俺だって学生なんだから、ちゃんと規則は守らないといけないし」

「貴方にそんな遵法意識があったなんて驚きですね、テオドールさん」

「エリクシラ、それはどういう意味かな?」


 俺は基本的にルールを守るタイプなんだが?


神秘の書ラジエル

「ひっ……グリモア……」


 エリクシラは俺の抗議の声を無視しながら神秘の書を発現させた。彼女のグリモアの能力は魔法の記録と、その記録した魔法を自由に引き出すもの。当然ながら、戦闘魔法以外のあらゆる魔法も、あの不思議な書物の中に記されている。

 神秘の書をパラパラと捲ってから、エリクシラは魔力を使って紙を出現させた。本の中から紙を出すってなんかすごい光景だけど、あれは俺も見たことがある魔法だ。


「そんなに警戒しないでください。これは周囲の会話を記録して文字に書き起こす魔法です……これから、貴女に聞いたことを一言一句逃さずに記録しますので」

「や、やっぱり拷問されるの?」

「はい? 私は彼のように極悪非道で人の心がなく、良心の呵責も一切感じないような人間ではないので、そんなことはしませんよ。ただ、貴女に幾つか質問があるだけです」

「おい」


 俺に対する名誉毀損が凄いな。


「では、最初に……貴女の本名を教えてください」

「ヴァネッサ」

「魔族の名前はもっと長いものだと記憶しているのですが……もし嘘を吐いているのでしたら、自白させることもできますよ?」

「ひぃ!? やっぱり拷問じゃない!」


 エリクシラだって俺と大して変わらないじゃん!

 なんで自分はいい人って感じで口にしておいて、俺のことはものすごい悪人みたいな感じで言うのかなー!?


「魔族は個体名・種族名・生まれた土地・願い・親の姓と続くはずです」

「そんなに詳しいなら聞かなくていいじゃない!」

「いいえ……魔族の名前というのは、契約で相手を縛る時に必須のものですから。喋ってもらいますよ」

「悪用する気満々!? ちょっと見てないで助けてよ!」


 え? いやー……そうだな。


「契約なんて回りくどいことしなくても、普通に痛めつけちゃえばいいのでは?」

「それだと嘘吐かれるかもしれないじゃないですか」

「あ、そっか。すまん、諦めて名前を名乗れ」

「な、なんて極悪な生物……これが人間!?」


 いや、この程度で極悪とか言ってたら、本当に極悪な連中には気が付きすらしないんじゃないかな。

 なんか色々と文句を言いながらヴァネッサはひたすらに逃げようとしていた。そうしたら、急にエリクシラがキレて神秘の書を捲り始めた。


「な、なにをする気?」

「精神を不安定にさせることで夢遊病のようにして、ぼんやりとした状態で喋ってもらいますね」

「あー!? 言う! 言うから! 急に自分の名前を言いたくなったから!」


 面白いな、こいつ。


「うぅ……ヴァネッサ・ゲルズ・パウロネス・ヴァン・ヴィクターよ」

「……全く覚えられる気がしない」

「パウロネスでヴィクター家に生まれた、ゲルズ族のヴァネッサですね」

「ヴァンは?」

「魔族の言葉でなにかしらの意味を持っているはずですよ。家名の前に付くのは親が子に「こうなって欲しい」と思って名付ける部分、らしいですから」


 へー……発音しにくいのは、魔族と人間の文化の違いなのかな。


「パウロネスってどこだ?」

「それは本人に聞きましょうか」

「ぱ、パウロネスはパウロネスよ……もしかしたら、人間には違う呼び方されてるのかもしれないけど」


 あ、そりゃあ知らない訳だな。

 そっか……ヴァネッサは魔族の方が先にこの大陸に住んでいて、後から人間が侵略してきたって言ってたもんな。だったら、魔族が先に名付けていた地名があって、人間が名付けているものがそれとは別ってこともあるんだな。


「み、南の方に半島があるでしょう? あそこの山脈よ」

「アクラレン半島の山脈……ウルサス山脈でしょうか?」

「いや、知らん」


 俺、そもそもこの国の地名にそこまで詳しくないし。


「アクラレン半島に山脈なんてそれ以外になかった気がしますが……まぁ、地図的にどこなのか大体わかったからいいんですけど」

「そ、それで? 私の人格を歪めてまで聞きたいことってなんなのよ」

「誰も人格を歪めるまでは言ってないんだよなぁ……」


 ちょっと誇張してないか?


「現代と過去の魔族について、初代魔法騎士団について、グリモアについて、終末の竜について……この4つを聞かせてください」

「し、知らないことの方が多いわよ? 私なんて生まればかりの魔族だし」


 人間で言うと、幼稚園児か小学生か……多分、それぐらいの年齢になるのかな。

 魔族から見ると、小学生が高校生に絡まれているようにしか見えないのかもしれないな……普通に犯罪だな!


「では、まずは魔族の今と過去について、知っていることを言ってもらいましょうか」

「ひっ!? この女、貴方よりやばい奴なんじゃないの!?」

「あー、エリクシラは自分の知らない知識とかを前にするとこうなるんだ。気にするな!」

「これを気にせずにいられる訳ないでしょ!?」


 大丈夫だって。

 エリクシラだって目の前に存在する未知の宝庫を、いきなり物理的に傷つける訳ないんだから……ちょっと精神的には来るかもしれないけど、そこは堪えてくれ。

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