第100話 絶滅種に出会った

 今日は全く進まない古代文字解読の気分転換に、王都のソロモン書店に来ている。店名なんて普段ならどうでもいいのだが、このソロモン書店は……滅茶苦茶でかいのだ。具体的に言うと、建物が3階建てになっていて、その全てが本棚で埋め尽くされている。

 この世界の文明基準だと紙は貴重とまでは言わないが、ありふれているものって訳でもない。にもかかわらず、この書店は滅茶苦茶な量の本が置いてある。


「さて、じゃあ後で集合で」

「え、解散するんですか?」

「俺とエリクシラだと、好みの本が違うだろ」

「それはそうですけど……まぁ、いいです」


 んー?

 女の子とのデートでも、本屋に入ったら一先ず解散だろ。自分たちが好きな本を探しに行く方が幸福度高いと思うし、その後にどんな本を見つけたかみたいな話をするのも楽しいだろう。そんなんだから女にモテないんだよってエレミヤとかにはちょっと言われそうだけど、そもそもあいつとは根本的な感性が合わないからダメ。


 エリクシラと解散して、3階の実際に過去に何度かあった戦争で使われた戦略や魔法なんかが書かれている本棚に来たのだが……何故か物凄い人が少ない。いや、人気のあるジャンルではないだろうが……ここまで人が少ないことあるか?


「あれ? なんで人間が?」

「ん?」


 人が少ないことをちょっとラッキーぐらいに考えて本棚を進んでいたら、奥から滅茶苦茶破廉恥な格好をした女性が出てきた。

 それは……殆ど服とは言わないのでは? でかい胸してるのに、前掛けしかないよね、それ……風吹いたら全部めくれるのでは? 健全な男子高校生の前でする格好じゃないよ。


「やー、胸ばっかり見てるー……ちょっと可愛いなー」

「……あの、変質者ですか?」

「誰が痴女よ」


 そこまで言ってない。


「でも君、なんでここに入ってこれたんだろう。人払いの結界は張っていたはずだけど……もしかして、魔力の相性がいいのかな?」

「ばるんばるんだ」


 なんで胸が大きいのにそんなに動き回るの? ほぼ服じゃない痴女みたいな格好してるのに、そんなに動き回ったら全部見えちゃうだろって思ったのに……全然見えないな。どういう原理で隠してるんだそれは……アニメとかでよく見る謎の光さんとかじゃないぞ、これ。


「いいや、ちょっと可愛いから魅了して連れ帰っちゃおうかな」


 俺の視線は完全に揺れる胸に魅了されているのだが……急に女性が魔力を発したので普通に目を見たら、書店の中で魔法を使ってきた。


「えーい! 私のものになっちゃえー!」

「は?」


 痴女の発動した魔法を見て、俺の身体が固まった。


「はい、これで君も私のもの」


 魔方陣を必要としない魔法? グリモアを発動した様子もないのに、そんなことができるのか……いや、そもそも今の魔法はなんだ? 他人の精神に対して触れることもなく直接的に干渉する魔法なんて存在するのか?


「あ、あれー?」


 尽きない疑問は俺の身体を止めるのに充分な未知だった。今の思考だけで……取り敢えずの結論は出た。この女の扱う魔法は人間の扱う魔法とは体系そのものが違う。人間の進化と共に成長してきた魔法じゃない……これは。


「お前、魔族か」

「げ」


 痴女の正体は……魔族だ。

 俺が正体を看破した瞬間に、痴女の身体を覆っていた偽装の魔法が消える。背中からは蝙蝠みたいな翼、頭には山羊の角……典型的な悪魔の象徴だろう。茶色で地味な色をしていた髪の毛と瞳の色も、濃い青色の髪とピンク色の瞳に変わっている。痴女っぽい格好してるけど、サキュバスとかではないと思う……そんな存在、この世界にいないよね? ただ目の前の痴女がそういう奴ってだけだよね?


「人間の癖に生意気だね、君……ちょっと可愛いかなって思ったのに」

「絶滅種の魔族がなんか言ってるな。自然保護の為に人間が護ってやろうか、ん?」

「は?」


 お、キレた。


「絶滅種にしたのは、お前らだろっ!」


 まぁね。ただ……絶滅戦争にまで発展したのは、そもそも魔族が人間たちを滅ぼそうと侵攻してきたのが最初だから一概にどっちが悪いとは言えないと思うが。


「死ね──」

「書店の中で暴れるな……外でやろうか」

「なっ!?」


 なんか魔力を滾らせていたので、こちらに向けていた右腕を掴んだから背後にあった窓を開けて放り投げた。書店の中でやると貴重な本まで紛失するかもしれないからな。

 空中に放り投げられた魔族は、なんとか翼を使って態勢を整えたらしい。あの翼……人型が飛ぶには随分と心許ないと思うんだが。


「人間如きが……私を愚弄するなっ!」

「さっきまでもっと馬鹿っぽく喋ってただろ。それに……見た目の年齢は変わらないように見えるけど?」

「はっ! 短命種族が何を言っているのやら」

「ほー」


 やっぱり魔族って長命種なんだ……なら、終末の竜についても何か知っているかもしれないな。

 俺は空を飛べないので、書店の屋上に建っているんだが……どうやってあの飛んでいる奴を撃ち落とそうか……いや、街中に撃ち落としたら迷惑か。ならさっさと王都の外まで逃げるかな。


「待て!」

「ここでやったら他人の迷惑になるからな」

「知ったことか!」


 まぁ、魔族からしたら人間の街にどれだけ被害があっても知ったことではないだろうな、確かに正論だ。だが……だからと言って、そのまま見過ごす訳にもいかない。

 放たれたのは、黒い炎の魔法。やはり人間が扱う魔法とは根本的な所が違うように見える……そこら辺も詳しく調べたいところだが、今は周囲に被害が出ないことの方が優先。


偽典ヤルダバオト

「グリモアっ!?」


 お、魔族もグリモアは知っているのか。

 放たれた黒炎を偽典で吸収して、民家の屋根の上に降り立ったら、何故か大人しくなった魔族も隣の民家の屋根の上に降り立った。


「……徹底的にやってやるわ」

「その前に名前とか教えてくれない? 流石に痴女って呼ばれるのも魔族って呼ばれるのも嫌だろ?」

「発言が全部ムカつくのよね……ヴァネッサよ」

「へー……」


 発音しにくいな。


「じゃあ、王都の郊外まで行こうか……そこなら派手にやっても魔獣の仕業って言い訳できるし……魔族が暴れていても多分バレないだろ」

「そうね……貴方に魔族の恐ろしさを骨の髄まで刻み込んでやらないと気が済まないわ」


 んー……俺に対する敵意の強さはどこから来るんだろうな。煽った自覚はあるが……明らかに俺のグリモアを見てから敵意が強まったし、殺意が膨れ上がった。さっきまでは普通に魔族として上から目線で人間に物言ってたのに、急に俺のことを個人として見ている。

 もしかして、グリモアなんかの秘密も魔族は知っているのかな。なら楽しみだな……さっさと戦闘不能にして尋問でもするか。

 

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