第95話 俺だけおかしくない?

「そこまでだ」


 互いに闘技場の端まで吹き飛ばし合って、完全にボルテージが上がってきた瞬間に横から冷水ぶっかけられた気分だ。

 その気分のまま、横を見ると……呆れたような顔をしたおっさんがいた。


「……なんで止めたんですか?」

「君の実力は充分に理解できた、ミスラの息子。私が止めなかったら、君は必ず、この闘技場を破壊し尽くしてもなお止まらないだろうからな」


 うーん……確かに。かなりヒートアップしてたから、誰かが止めに入らないと止まれなかったかもしれない……けど、それはそれとして止められたことはちょっとムカつく。

 ところで、今更だけど……この人が総長だよな。


「名前を聞いてもいいですか?」

「おぉ……名乗っていなかったか。最近は、名乗らなくても知っている人間が多くてな……私の名はセルゲイ・ドラゴンハート」


 セルゲイ・ドラゴンハート……確か、ドラゴンハートは上位の竜種を討伐した者に与えられる勲章、だったか。つまり、ドラゴンハート家の人間と言う訳ではなく、彼は上位の竜種を討伐したセルゲイという人間、と言うことだ。


「セルゲイ総長、ですね」

「ふむ……若い頃のミスラとは似ていないな」

「父さんはまぁ……ああいう人なので」


 今も昔も変わらないとしたら、あんな人に似ているとは思われたくないな……だって社畜だし。


「総長が間に入らなかったら、やらかしてしまうところでした」

「既に手遅れなことに気が付け」


 いつの間にか近づいてきていたリエスターさんが苦笑いを浮かべながら言ったら、総長さんの額に青筋が浮かび上がった。

 多分……こんな天然みたいなことを普段から言っているから、総長も怒っているんだろうな。


「学生のテオドール君ならまだしも、騎士団の師団長が周囲の被害も理解せずに戦うとは……なんと情けないことか」

「え……第5師団とかもっとやってる……」

「あそこも私が何回も指導しているのは知っているはずだが、あいつらがやっているから自分もやっていいとでも言い訳する気か? よろしい……始末書は書かずに業務を2倍にしてやる」


 いやぁ……リエスターさん、その言い訳はダメだろ。

 半泣き状態になっているリエスターさんを無視して、セルゲイさんがこちらに視線を向けてきた。


「見事だった。現役の師団長に対してあそこまで食い下がることができる学生は、今までも見たことがない。そして……君は力を隠しているようにも見えた。そしてその力が私の推察通りなら……きっとリエスターよりも実力は上だろう」


 リエスターさんには聞こえないように小さな声で、そう言われた。

 うーん……エレミヤも鋭いところがあるけど、結構そういう雰囲気って俺から出てるのかな? 俺としては滅茶苦茶に隠しているつもりなんだけど……どうも原典デミウルゴスの存在に気が付きかけてくる奴が何人かいる。


「ミスラから聞いているが……君は今のところ、魔法騎士になるつもりはないそうだな」

「え、まぁ……色々と選択肢があるなら、考えてみようかなと思って……流石に魔法騎士一択ってのも、つまらないじゃないですか」

「ふむ……この国でそんなことを言う人間は珍しいが、まぁ否定はしない」


 そりゃあ、実力を認められてエリート職業として給料もいいってなれば、誰だって飛びつきたくなるだろうけど……俺は一生をこの国だけで過ごすかどうかもわからないのに、国に縛られるすぎる魔法騎士になるのはなって、思ってるだけだ。


「騎士団総長としては、是非とも次期師団長として勧誘したいぐらいだが……まだ若いからな……時間はいくらでもある」

「どうも」


 騎士団総長……思ったよりもいい人だな。


「本当は私も君と剣を交えたい気分だが、それをすると立場的に不味いのでね。それに……今日は騎士団の若者を連れて、少しリエスター師団長の戦いを見に来ただけだ。まさか、その相手が君でここまで派手な戦いになるとは思っていなかったが……いい経験にはなっただろう」

「鼻っ柱を折っただけでは?」

「リエスター、黙っていろ」


 いやー……リエスターさんってやっぱり、騎士団内でもこういう扱いなのかな。



 俺だけきつかった進級試験が終わり、派閥の全員がいつも通り古書館に集まっていた。最近は古書館を溜まり場にしすぎて、司書さんから鍵を貰っちゃった。


「進級試験、思ったより普通だったな」

「全然普通じゃなかったんですけど? 私、かなりきつかったんですけど……ニーナさんは何してきたんですか?」

「いや、だから思ったより普通だったって……剣を振り回していただけだぞ?」


 ニーナは簡単、エリクシラはきつかったらしい。


「まぁ……魔法騎士と少し手合わせするだけだったから、相手をした魔法騎士によっては難しくなるんじゃないか? ただ、相手を倒すのが目的じゃないから、実力を示せればいい訳だが」

「そういうアッシュはどうだった?」

「俺は普通に……魔法騎士を倒したが?」

「私もですね……全然降参してくれなかったので」


 アイビーが言うと、凄い拷問してたみたいな感じになるのなんでだろう。


「てか、俺だけ? 相手の魔法騎士倒してないの」

「え、あのテオが相手を倒さないなんて……さては手加減したな」

「またか……テオドール、だからしっかりと試験は受けろと」

「いや、待って待って」


 お前ら、魔法騎士を相手にした。

 俺、師団長を相手にした。

 全然違うだろ。


「ニーナは誰と戦った?」

「知らん!」

「アッシュは?」

「……個人名は知らんな。第3師団に所属している者だとは、鎧の紋章で分かったが」

「エリクシラは?」

「第3師団の石騎士、アリアナさんでしたね……彼女は結構な有名人なので、私も知ってました」


 な?


「アイビーは?」

「私ですか? 第3師団所属のセリーナ・セレスティアルさんでしたね。セレスティアル子爵家の次女で、7年前にクロノス魔法騎士学園を序列24位で卒業した優秀な魔法剣士です。グリモアを使用することはできませんが繊細な魔力コントロールと、それを活かした剣術が特徴的な──」

「あー、もういいです」


 こいつに聞いた俺が馬鹿だった。というか、一瞬でそこまで他人の個人情報がぼこぼこ出てくるのは怖いよ。


「そういうお前は誰が相手だったんだ?」

「……リエスターさん」

「は?」

「リエスター師団長だよ! 俺だって困惑したんだからな!?」

「うーん……やっぱり、テオドールさんって騎士団に目をつけられてるんじゃないですか? お父さんがあれですし」


 そういうことなら、エリクシラだって騎士団に目をつけられるだろ……ビフランス家の人間だぞ?

 なんで俺だけなんだよ……おかしいだろ。

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