第94話 やっぱり師団長は強い

 右、背後、左、左、右、前、背後、下、右、上、左……超高速の動きで繰り出される攻撃をなんとか紙一重で避け続けている俺って、実は凄いのでは?

 リエスターさんはテンション高めのまま雷を纏ってひたすらに攻撃してくるが、俺はそれに対してひたすらに避けるだけ。グリモアを抜いて反撃することも考えたのだが、どうも抜いている間に攻撃されそうで怖い。一応右手にウルスラグナは持っているが、そもそもカウンターを考えるような速度じゃないし、俺が振るう腕よりもリエスターさんが走り回る速度の方が速いので無理。

 これ、どうしろってんだよ……リエスターさんが息切れするまで続けるのか?


「ううむ……」


 げんなりし始めた瞬間にリエスターさんが少し離れた場所で止まった。


「このままでは埒が明かないな」

「そうですね。ここは滅茶苦茶頑張って避けまくった俺を進級試験合格と言うことで」

「本気で行くか」


 瞬きした瞬間に音を置き去りにして、リエスターさんが消えた。

 それとほぼ同時に、俺は反射的に手を前に突き出してリエスターさんの拳を受け止めた。


「は?」

「『偽典ヤルダバオト』」


 リエスターさんのグリモア『慈悲の雷霆レミエル』は雷のグリモア。素手で触れると、当然ながら感電してしまうのだが……そこは常時発動している俺の『原典デミウルゴス』が防いでくれる。今は指輪の形で俺の右人差し指に収まっている原典デミウルゴスだが、普段からは魔力を弾く能力。俺はこの力があるから、グリモアを発動しているリエスターさんを素手で触ることができる。

 何故触れることができるのか理解できない、って感じで思考が止まっている隙を利用して偽典ヤルダバオトを発動させ、リエスターさんの慈悲の雷霆レミエルの魔力を吸収する。


「これは……」

「ふぅ」


 完全に無力化できた訳ではないが、これでリエスターさんのグリモアは出力半減……目で追うこともできない速度にはならないだろう。

 再び雷を纏って走り出したリエスターさんだが、今度は俺にもギリギリ視認できる速度だ。背後から放たれた蹴りを避け、反撃に魔力を流して切れ味を高めたウルスラグナを振るう。


「掠った!」

「っ!?」


 恐らく、自分で意識している速度と実際に出ている速度が違いすぎて、リエスターさんは困惑しているはずだ。俺のウルスラグナによる斬撃を、余裕を持って回避したはずなのに掠ったって感じかな。


「私の速度が、やはり落ちているな」


 自分の出力が落ちていることに気が付いたのか、リエスターさんは手のひらを開いたり閉じたりしていた。

 さて……これでリエスターさんの速度は潰した。後は、彼女が満足するまでやるんだけど、それがどこまでやればいいのかわからん。


「ふふ……やはり、楽しめそうだっ!」

「は!?」


 獰猛な笑みを浮かべたまま、リエスターさんは全身から雷を放った。こちらを攻撃するためって感じのものではないが……さっきまでと違ってもう全身からバリバリ雷が出てる。

 何をしてくるのか、俺はリエスターさんの戦い方なんて全く知らないので警戒しなければ……なんて考えていたら、雷を纏ったままゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。


「真正面から勝負と行こう……その方が、私としても楽しい」


 殴りかかってきたリエスターさんの拳を、半歩下がって避ける。腰の剣を抜かずに素手で戦っているということは、まだまだ本気じゃないのだろうか。

 速度は大したことがない。さっきまでと比べれば、かなり常識的な速度で格闘戦を仕掛けてきてくれている。なら、こっちもカウンターでもしてやろう。


「はっ!」

「……む」


 は?

 ゆっくりとした格闘戦だったので、リエスターさんが絶対に反応できないタイミングでカウンターをしてやったら……魔力で強化したウルスラグナがリエスターさんの肩にほんの少し食い込んで止まった。

 硬い、って言うか……意味が分からない。さっきまで高速で動いていたよね、この人。


「まだ、本気にならないか?」

「嘘だろ……」


 咄嗟に頭を下げたら、蹴りが上を通過していった。その衝撃でウルスラグナが吹き飛んで行ってしまったので、代わりに偽典を手に斬りかかったら指で止められた。

 さっきまで圧倒的なスピードを見せていたのに、急にゴリラみたいな怪力キャラになったんだけど、どうなってんの?

 非常にゆっくりとした拳がこちらの腹を狙って迫ってきたので、偽典を間に挟んで防御しようとしたら……そのまま剣ごと闘技場の端の壁まで吹き飛ばされた。


「くっそ痛い……」


 気が付いたら吹き飛ばされていたから、まともに受け身も取れなかった。背中を思い切り叩きつけたせいでかなり痛いのだが……なんとか自己治癒の魔法をかけて痛みを誤魔化すしかない。ついでに、近くに落ちていたウルスラグナを回収する。


「では、本気で行くぞ」


 あ、やべ……あの人、剣抜いたわ。

 取り敢えず、あの硬さはやばい。咄嗟に偽典で魔力を吸収してなかったら、痛いで済んでなかったかもしれない。雷を自在に操るだけのグリモアだからなのか、リエスターさんの魔力消耗は少なそうだ。その代わり……偽典で吸収した魔力は滅茶苦茶多い。消耗が少ないから、多分滅茶苦茶使うことで身体能力を極限まで高めているんだと思う。

 普段はスピードに振り切っている身体能力を、筋力にでも変えたのかな。


「単純な方が強いって……能力バトルだとありきたりだよな」


 まさか自分で体感するとは思わなかったけど。

 一気に踏み込んで距離を詰めてきたリエスターさんの拳は、受け止められる威力をしていなさそうだったので避けた。背後の壁に拳が突き刺さり、上の観客席まで崩壊しているんだけど……どんな威力してるんですかね。


「……ここまで壊したら、流石に始末書かな」

「勘弁してくださいよ。この間の襲撃で闘技場が一つ壊れたのに、また一つ壊したじゃないですか」

「それは大丈夫。総長がなんとかしてくれるよ」


 絶対に嘘だろ。


 リエスターさんが握っている剣に、雷が纏わりついていくのが見えた。あれも強化なのかな、なんて思考する暇もなく剣が振り下ろされた。ウルスラグナと偽典、両方で受け止めたのだが……どんどんと後ろに押されていく。


「くそったれがっ!」

「なっ!?」


 このままでは絶対に負ける……ので、偽典に溜まっていた魔力を放出してリエスターさんに叩きつける。反応することもできずにリエスターさんは放出された白色の魔力を受けて、反対側の壁にまで吹き飛んでいった。叩きつけられた衝撃で反対側の観客席も崩壊した。

 あー……俺も闘技場崩壊させちまった……学生って始末書じゃなくて反省文になるのかな?

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