第91話 帰ってきたアイビー
無茶な修行1日目から数日を空けて、修行2日目……早くもアッシュとニーナの顔が物凄く渋いものになっている。
「ただテオにボコボコにされただけな気がするんだが……本当にグリモアなんて発現するのか?」
「わからん……だが、逃げる訳にもいかない……なんとしてもグリモアを手に入れる」
「おー、頑張れー」
一つだけ、わかったことがある。アッシュとニーナは、本気で戦うことができない人間なのではないだろうか、と言うこと。これは自分の力を100%発揮できていないとか、そんなことではなくて……もっと根本的な所の話だ。
グリモアを発現している俺の知り合い……エレミヤ、ヒラルダ、アイビー、エリクシラ……全員が、何かしらのストッパーが振り切れているような奴らだ。そういう自分の中の制限……枷のようなものを壊さない限りは、グリモアなんて発現できないんじゃないかと思って。
アッシュはガーンディ男爵家のことを、ニーナはスラム街で育った経験からかな? とにかく、2人は意識的か無意識的かに関わらず、命を最優先にする。人間としては当たり前かもしれないが……埒外の力を手に入れようと思ったら、もっとも邪魔な思考だろう。
人が蛮勇と呼ぶ、頭のおかしい覚悟の先に……グリモアってものはあるのかもしれない。魂を雑巾みたいに絞ったら発現する、なんてできたら楽なんだけどな。
「テオドールは、なにか意識してグリモアを発現させたりしているのか?」
「え? 別に?」
俺は自分の内側にある剣を引っこ抜いているだけだから、なにも意識することなんてないんだけどな。
こいつ使えないなみたいなその反応、傷つくからやめてね。
「もう立場もかなぐり捨てて死に物狂いで俺に挑んでみたら? そうしたらなにかしらのきっかけぐらいは掴めるかもよ? てか、そうでもしないと俺になんてまともに勝てないでしょ、はは」
ちょっと挑発したら、すぐにニーナが突っ込んできた。完全にキレてるって感じの顔だけど、やっぱり冒険者として生き残ることを優先した戦い方なんだよな……なんというか、常に半歩退いているというか。それ自体が悪いことだとは、思わない。恐怖を感じない人間なんていないし、逆に半歩前に出るような奴は簡単に死んでいくだろう……だが、自分の譲れない部分ができたとしても、ニーナは半歩退いたまま戦うのだろうか。
魂の本質とはその人間そのものを表すもの。自分の譲れない部分で半歩退いてしまうような人間など……たかが知れている。
「くぅっ!?」
自分を中心に小規模な斥力を発生させる魔法を発動すると、ニーナの斬撃が寸前で止まった。押し込めない感触にイラついているのか、表情を歪めてもう一度振り被ったので、今度は最高出力で斥力を発生させた。
風に飛ばされるティッシュのように軽々と吹き飛んでいったニーナは、ちょっとかわいそうかなと思ったけど……まぁ、本人が望んでいることだからいいか。
「はっ!」
斥力を発生させたまま突っ立っていたら、アッシュが一直線にこちらに向かってきた。斥力があるから大丈夫だろ、ぐらいに思っていたら……どういう原理なのか知らないが、外に押し出す力を掻き分けて近づいてきた。
「……どうやってるの、それ?」
「この外に弾く力は、魔力だろう! なら、その魔力を受け流せば、可能だ!」
いや、無理だから。
アッシュの柔剣術はそういうもんじゃないだろ? いつのまにか魔法を受け流すことができるようになったのか? マジで理解不能なんだが……それ、お前のグリモアとかじゃないの? 怖いよ……どうなってんだよ。
このまま斥力を発生させていても、じわじわと近づいてきそうだな。なら逆にしてみるか。魔方陣をちょっといじくれば、魔法を効果を反転させることなんて訳ないことだ……ものによるけど。
「うぉっ!?」
「残念」
斥力を反転……外に押し出す力が、一気に俺に向かって引き寄せる力に変わった。外に押し出す力を受け流していたアッシュは、一瞬で力の向きが変わったことに対応できなかったのか、無防備なままこちらに向かって飛んできたので、その腹に拳を叩きこみながら、再び魔方陣を書き換えて斥力に戻す。
吸い込みながら殴り、殴った瞬間に弾き飛ばしたからかなり痛いと思うけど……我慢しろよ。
「器用だね……僕ももう少し見習ったほうがいいかな?」
「お前はグリモアの威力がとんでもないんだからいいだろ。なんで光線が出るんだよ」
いつの間にか見学していたエレミヤに声をかけられたけど、こいつがいることには特に驚いたりしない。ちらっと周囲を確認しても、我関せずって感じで日陰で本を読みまくっているエリクシラと、にやにやとしながら眺めているエレミヤだけだ。今日はエリッサ姫とかいないな……よかった。
「それにしても不思議だね……君のグリモアは」
「俺?」
アッシュとニーナがグリモアを使えないこととかじゃなくて、俺が不思議なの?
「君のグリモアは……なんというか、君の本質に似合っていない。まるでグリモアを発現させている魂とこうして僕と喋っている魂が別のような感じだ」
「……」
なんでこいつはそんなに勘がいいのか……やばいだろ。
「ちょっと待ってください。人間に2つの魂なんてありえません……そんなことをすれば、身体が弾け飛びます」
「おや? でも、実際にそうなっている人間が過去にいた訳じゃないだろう?」
「それは……そうですが」
いますよ、ここに。
そして頑張れ、負けるなエリクシラ。
「興味が湧かないかい? もし、人間に2つの魂が備わっていたら……グリモアは2つ存在するのかな?」
「どうでしょう……確かに気になりますね」
「どう思う? テオドール」
くそ……エリクシラ、お前かなり誘導されている上に、負けてるじゃないか。やっぱり引きこもりで本ばっかり読んでる奴が、公爵家の跡取りなんかに勝てる訳がなかったか。
「どうだろうな。少なくとも、実験してやろうとしただけで重犯罪者だと思うが」
「それもそうだね」
それにしても……アッシュとニーナは遅いな。結構な距離を吹き飛ばした自覚はあるが、全然帰ってこないんだけど……作戦会議でもしてるの?
「テオドール……君、やりすぎて同級生を殺したとかやめてくれよ?」
「そこまで手加減が下手じゃない……と思う!」
大丈夫、あの2人なら生きてるって!
「楽しそうなことをしていますね、テオドールさん?」
あれ、アイビー?
「どこに行ってたんだ? 最近、授業も受けてなかったって聞いてけど……まさか変なところに侵入してたとか言うなよ?」
「失礼ですね……ちょっと西側諸国に行ってきただけじゃないですか」
それを変な所って言うのでは?
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