第90話 グリモア探究の道は遠い

「そろそろやめるか?」


 俺の言葉に対して、アッシュとニーナは返事をしてくれなかった。まぁ……したくてもできないって感じにも見えるが、まだ死ぬ3歩手前ぐらいだと思う。1歩手前まで追い込みながらも、殺してはいけないって結構難しくて……俺としてはもう少し本気で抵抗してもらいたいのだが。


「ぐっ……まだ、生きてるぞ……」

「死にかけるのが目的ではあるけど、そこまで死にかけの状態で使えなかったら今日は諦めた方がいいんじゃないか?」


 外傷なんてものは魔法を使えばいくらでも治せるが、身体の内側に溜まっていく疲労を消すような魔法はあんまり知らない。それに、精神的な疲労は溜まっていくばかりで学生として授業を受けるのだから、グリモア習得のためばかりに精を出すのもダメだろう。


「っと」


 今日はもう終わりにしようと思っていたのだが、完全にふらふらな状態なアッシュが向かってきた。ボロボロの人間を攻撃することに心が痛んだりするような性格ではないが、はっきり言って今のアッシュなんてなにも怖くない。普段のアッシュならばもっと喉元まで迫ってくるような怖さがあるんだが、今の状態なら剣を使わなくても簡単にあしらえる。

 こちらに向かって突き出された剣を避け、カウンター気味に振るったウルスラグナは避けられることもなくアッシュの脇腹を深く傷つけた。


「……ただ死にかけるだけじゃ意味がない。そこからなにかを掴んでもらわないと……これじゃあただ俺がいじめてるだけみたいになるし」


 膝をついたまま立ち上がることもできないアッシュと、倒れたまま剣を手にすることもできずに息をしているだけのニーナ……実力は確かにトップクラスだが、やはりグリモアを持っていないというだけでこれだけの差が生まれてしまう。

 残酷な真実だが……実戦ではアッシュのようなグリモアを持たない実力者よりも、エリクシラのようなグリモアを持つ未熟者の方が強かったりする。それだけ、切り札というものは1対1で優位になることができる。


「エリクシラ!」

「わかってますよ……でもやりすぎじゃないですか? 『神秘の書ラジエル』」


 俺が回復魔法を使ってもいいのだが、自己治癒には自信があっても他人を回復する魔法には自信がない……と言うより、今まで気にかけていなかったから最近勉強し始めたばかりなのだ。だから、グリモアとして魔法を記録することができるエリクシラの方が他人を回復させるのは上手い。


「派手にやってたね」

「エレミヤ……見てたらなら手伝ってくれてもよかったんだが?」

「嫌だよ。僕は君みたいに仲間も簡単に傷つけられる人間じゃないから」


 それは俺が仲間も簡単に攻撃できる冷血漢だって言いたいのか? 上等だ、お前もグリモアが目覚めるぐらいに半殺しにしてやろうか?


「それにしても……死にかけたらグリモアが発現するなんて本当なのかな?」

「さぁ? 嘘かもしれないし、本当に発現するかもしれないぞ? やらない限りは誰にもわからないさ」

「それっぽいこと言うんだね……君はもっと慎重な人間だと思ってた」

「これでも慎重だろ……死ぬ3歩手前ぐらいで止めてるんだから」


 本当なら腕の1本でも切断した方がいいのかなと思いながらも、それで面倒なことになったら嫌だからって止めてるんだから。


「そうだ、エレミヤはいつグリモアが使えるようになったんだ?」

「僕? 僕は……子供の頃に罪人を見た時だね」


 こっわ……生粋の審判者じゃん。でも、罪人を裁くための剣を持つエレミヤが、罪人を見た時にその力を発現したのならば……その人間が持つグリモアのルーツを体験することが、発現の条件だったりするのか?

 グリモアの能力から連想される状況を体験することで、グリモアを発現することができる……卵が先か、鶏が先かみたいな話になってきたな。


「まぁ、グリモアが確実に発現できるような方法が見つかったら、君の名前は永遠に語り継がれるようになるだろうね」

「そうだな。それはそう思う」


 だけどなぁ……技術的なことじゃなくて魂に関わることだと、流石に無理だよな。そもそも魂がなんなのかも詳しくわかってないのに、そこから生み出される力みたいな話になるの意味わからないし。

 考え出したらキリがないからやめておこう……俺だって自分が自分であり、この身体はテオドール・アンセムのものだって思っているから魂と呼称しているだけで、俺が知覚しているものが本当に魂かどうかは知らないしな。


「それにしてもやりすぎよ。派閥の仲間じゃないの?」

「……なんでいるのかな? エリッサ姫」


 エレミヤがいるのは、もう諦めているからいい。この男はマジで神出鬼没で、俺のストーカーなんじゃないかと思っているから……でも、エリッサ姫がいるのは違うだろ。


「そもそもエリッサ姫だって自分の派閥のこと気にしてないじゃん」

「そ、それは……私が頼んで作った訳じゃないもの」

「僕もー」


 黙れエレミヤ、お前は気にしてないどころか存在を疎んでいるまであるだろ。イケメン特有のみんなに気を利かせていい顔しながらも、最低限のこと以外は無視してる癖に……なんなんだよこの腹黒イケメン野郎は。

 だが! 俺はついにモテ期らしきものが来たからな……もうエレミヤにも負けないぞ。


「……なんか、凄く意味の分からない状況でしたり顔をされているんだけど、エリッサ様は心当たりないですか?」

「さぁ? この男のことなんて考えるだけ無駄よ」


 ねぇ、酷くない? エリッサ姫って俺のことちょっと好き、みたいな感じ出してたじゃん? なんで好きな人にそんなこと言えるの? やっぱり俺のこと好きじゃないの? 非モテを弄ぶのは重罪だってお父さんとお母さんに教えてもらわなかったの?


「グリモアを確実に発現する方法があるのなら、私にも教えて欲しいわ」

「死にかけてみる?」

「それは流石にやめたほうがいいよ、テオドール……王族を血まみれにしたら戦争だよ」


 だよね。


「……そう言えば最近、アイビーを見ないね。テオドールはなにか知ってる?」

「は? 俺がお前以上に神出鬼没の女のことなんて知る訳ないだろ。そもそも、派閥に所属してはいるけど、気が乗った時しか顔を出さない女だしな……ちょっと前までは俺のことが興味対象だったらしいが、最近は別のものにでも興味津々なんじゃないか?」

「……エリクシラの派閥って複雑なのね」


 そんなことないが?

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