第89話 無茶な修行をしよう
「それで?」
「グリモアをなんとかして発現したいって言ってただろ? だから実験みたいな」
野外訓練場で俺とエリクシラ、加えてニーナとアッシュが集まっている。ニーナとアッシュは実力は申し分なく、後はグリモアさえあれば国でも有数の実力者になれるだろうって人材だ。
「そうだな……エリクシラが使えて私が使えないってのがムカつくからな」
「それは八つ当たりではないですか? 私、何も悪くないですよね?」
「具体的にどうするつもりだ?」
ニーナとエリクシラの言葉を無視して、アッシュはこちらに視線を向けてきた。普段からあんまり表情を大きく動かさないアッシュだが、今はグリモアを発現させようって話を聞いて目をギラつかせている。やっぱり、アッシュはこう……力に貪欲的な時の方がらしいよな。
具体的な方法を聞かれたので、俺は古書館から特別な許可を貰って持ち出してきた本を開いて見せる。
「これは?」
「数百年前にグリモアについて研究していた人間の日誌……みたいなものが書籍になっているのを見つけてな。本棚をひっくり返すような勢いで色々と探してみたら幾つか発見した」
「それでグリモアが発現できるのか!?」
「いや、そりゃあわからん……実際、この日記にも成功したとは書かれていないからな」
しかも、この日記……どうやらどこかの遺跡で発掘されたものらしく、発見された時にはかなりボロボロで所々読めなくなっている部分があったらしい。これはその資料をなんとか読める部分だけ頑張って本にしたってことらしい。
「読んでみろ」
「えー……これは、つまり死にかけろって書いてあるな」
「そうだ!」
馬鹿みたいなこと言ってるのは俺もちょっと首傾げたけど、問題は複数の死人が出るような実験の結果……数人がグリモアを発現したというらしいのだ。ただ、実験との因果関係が不明なので本当に死にかければ発現するのかはわかっていないらしい。しかも、その実験の中で生き残ってもグリモアを発現していない人間もいたらしいから……確実な方法ではない。
「だが、可能性はある」
「……わかった、やろう」
マジで? 自分で言っておいてなんだけど、死にかけようかなんて言われて頷くのか? アッシュは迷うことなく頷いているが、ニーナはちょっと渋い顔してた。まぁ……それは価値観の違いだろうな。
アッシュは男爵の爵位を持つ貴族であり、その命を地位の為に使うのが仕事だ。しかし、ニーナのような冒険者にとって最も重要なのは……自分の命が助かることだ。仕事を達成するという信頼は確かに大事だが、冒険者にとってなによりも大切なのは生き残ること。死人は3人前、なんてのは冒険者の中では当たり前のことだ。
「ニーナ、嫌ならやめてもいいんだぞ?」
「いや、やる……死ねって言われているわけじゃないんだ……テオのことを信頼している」
よし……なら、やろうか。
死にかけるような方法って言われて、最初に思いついたのは……強敵と戦うことだ。具体的に言うと竜種と戦うとか色々とあると思うんだけど……そもそも竜種なんてそう簡単に出会うものではないし、今の季節だと竜種は大体が南にいるからな。
次に思いついたのは……俺が本気で戦ってボコボコにすることだ。
「さ、やろうか」
左手でウルスラグナを抜き、右手に『
「……グリモア、か」
俺がグリモアを抜いた姿を見て、ニーナとアッシュは1歩下がった。俺の
「はは……はぁっ!」
2本の剣を抜いたニーナが、いつも通りの荒々しさで向かってくる。嵐のような連撃だが……今日の俺は手加減なしだ。
「はっ?」
ニーナの最初の連撃を避け、身体を回転させながら再び嵐のような連撃を繰り出してきたが……俺が片手で展開した魔法の障壁に阻まれた。魔法障壁の強度はニーナの攻撃を2回も当たればひび割れて弾け飛ぶぐらいだが、それでも一瞬の隙が生まれる。その隙を埋めるようにアッシュが向かってきたが、偽典を投げてアッシュの動きを止めながらウルスラグナでニーナを袈裟に斬る。
「ん?」
「くっ!」
結構踏み込んだはずなんだが、ニーナはぎりぎりのところで半歩下がっていたようで吹き飛ばされながらも、意識は残っていた。
偽典を弾き飛ばしながらこちらに向かってきたアッシュの攻撃を、ウルスラグナで受け止める。柔剣術を扱うアッシュが自分から攻めてくるのは効果半減だと思うが、ニーナがやられて焦っているのか?
「お前の剣術はそれなりに見切っている。そんな簡単に──」
「どうかな?」
ウルスラグナでアッシュの攻撃を受け止めながらも、偽典を引き寄せる。グリモアは魂によって発現したもの……つまり、俺の魂に紐づいた武器だ。遠く離れた場所から引き寄せることなんて難しいことではない。アッシュは既に気が付いているはずだが……俺とは何回も手合わせているが、ウルスラグナと偽典、二刀流の俺と戦ったことはない。
「ぐぅっ!?」
「それでも対応するか……すごい奴だよ、お前は」
二刀流に持ち替えたことで俺の技は全く違うようになっているはずなんだが……どうやら剣1本の時からある癖は変わらないのか、致命傷ギリギリの部分だけを受け流してなんとか俺と渡り合っている。だが……そこから更にギアを上げれば速度についてくることができず、脇腹をウルスラグナが掠め、バランスを崩した瞬間に偽典が右足の太ももを貫通した。
「がっ!?」
「遅い」
痛みに表情を歪めたので、そのまま胴体に炎魔法を叩きこんで吹き飛ばす。まだ死にかけですらないと思うが……さて、ここからどうするか。
「がぁっ!」
身体から大量の血を流しながらも獣のような音を口から発しながら、ニーナが走ってきた。口から炎を吐き出し、こちらの視界を妨害しながら背後に回り込もうとしてきたようだが……アッシュの太ももから右手に戻ってきた偽典が炎を全て吸収して、ニーナの動きは丸見えだ。
咄嗟にニーナが放った斬撃をウルスラグナで弾き、回し蹴りを胴体に叩き込むとバキっと言う音と共にニーナが吐血しながら吹き飛んだ。多分……あばらの骨でも折れたかな……ちょっとやりすぎたかも。でも、グリモアを得るためだから仕方ないよな!
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