第88話 グリモアについて

 西側諸国の襲撃から数ヶ月、クーリア王国は特に何かが大きく変わる訳でもなく、日常は続いていった。特筆すべき点は、エルグラント帝国が今度こそ西側諸国を撃滅するなんて意気揚々と戦争を始めたこと、そしてクロスター王国との自由貿易が開かれたことで、クロスター王国から人と物がよく流れてくるようになったことぐらいだ。お陰で、国境に位置するミエシス辺境伯は滅茶苦茶儲かっているらしいが……ヒラルダもその父親も頭が脳筋なのに、どうやって儲けているのだろうか。有能な部下がいるのかな。

 3年生が卒業して、俺たちも進級の季節がやってきたんだが……進級する時にまた試験があるらしい。絶対にサボるなって教師にもエリクシラたちにも言われたんだが……そんなに俺が試験サボったことって有名なの?


「そこまでっ! 勝者、テオドール・アンセム!」

「くっ……まだ、届かないか」


 で、進級の時期が近くなってきたらやけに決闘を挑まれることが増えたのだが……前から思ってたけど、序列が上がればそれだけ他人に決闘を挑まれやすくなるのに、挑まれた方はなんのメリットもないんだよな。魔法騎士たるもの、格下のものに対してメリットを要求するのは駄目みたいな考えがあるんだろうけど、俺は普通に嫌だよ。決闘を勝利したら1回授業免除してくれるみたいなことはないの?


「テオドール・アンセム、やっぱり実力は噂以上だぞ」

「あんなのが序列10位なんて……俺、転科しようかな」


 ここ数日で3回ぐらい決闘を挑まれたんだけど、最初の奴は開始数秒で瞬殺して、2回目の奴はなんか飛び上がる独特な魔法を使っていたので、面白がって観察してから普通に叩き落してた。そんでさっきまで戦ってた奴が……アッシュだ。


「やはり強いな、テオドール……お前の動きはそろそろ見切ったと思ったんだが、グリモアすらも引き出せないとは」

「俺がグリモア抜いたら大変なことになっちゃうだろ」


 主に周囲が。

 アッシュはこの数ヶ月で序列33位から21位まで上げていた。そこから一気に序列を上げようと思って、俺に挑んだらしいが……多分、派閥内で普通に決闘したりしてるの俺らだけだと思うよ?

 エリクシラ派閥だが、学園内でかなり有名になっている……主に悪い方向に。なにせ少数精鋭でまともに派閥らしいことなんてしていないのに、試験や決闘があれば相手を完膚なきまでに叩きのめす野蛮な連中だとか。失礼な……野蛮なのが何人か混ざっているだけで、俺とエリクシラは野蛮じゃないから。


「テオドール、進級時の試験は他人と直接戦う方式じゃないから、手を抜いていると一気に序列が下がるぞ?」

「えー? 進級するために必要な試験じゃなくて、序列を決める試験なの?」

「どっちもある」


 進級試験もあるのね。

 次もサボったら絶対に怒られるわ……いろんな人に。



 進級待ちの状態で必須単位も取り終わっているので最近は決闘を挑まれる以外はかなり暇なので、入学した当初のように古書館に引きこもってグリモアのことを研究している。

 魂から発現すると言われる力……俺が2つのグリモアを持っているのも、2つの魂を持っているからだ。この説が本当なのだとしたら、人は誰もがグリモアを持っていることになるのだが、発現できる人間は全体で見れば圧倒的に少ない。


「じゃあ今日もよろしく」

「またですか? 別にいいですけど……『神秘の書ラジエル』」


 同じく古書館に引きこもっているエリクシラに協力してもらいながら、グリモアの考察と研究を進める。

 我の強い人間こそがグリモアを発現するってのが俺の持論なんだが……それにしてはニーナみたいな野蛮人が発現しない理由が気になる。エリクシラは一緒にこうやって過ごしていると、卑屈なようでかなり我が強いのでなんとなく理解できる。

 そして、最近一番気になっているのは……発現するグリモアの能力だ。俺の持つ『偽典ヤルダバオト』と『原典デミウルゴス』は俺の魂から生み出された能力だ。俺の魂から発現したということは、俺の魂の形……なんだと思うが、そこがよくわからない。


「ふぅむ……やっぱりエリクシラは本が好きだから本の形なのか?」

「知りませんし、その質問も何回目ですか……そしてジロジロ見ないでください!」

「えー……その為に出してくれてるんじゃないの?」

「なんとなく恥ずかしくなってくるんです!」


 グリモアを見られることに対する羞恥心ってあるのか? 俺は別に……ないけどな。


「まぁ、いいや……形が存在するのがグリモアの基本で、形が存在せずに事象を巻き起こすグリモアは極めて稀、なんだけど……俺は実際に体感したしな」

「フローディル内務卿のグリモア、でしたっけ? 本当なんですか? 時間を巻き戻すなんて……神のような力ですよ」


 研究仲間であるエリクシラにはフローディル内務卿の秘密を教えてある。

 時間を巻き戻すグリモア『時の牢獄サンダルフォン』は、非常に強力な能力だった。俺の手にテオドール・アンセムの魂から生み出された偽典ヤルダバオトがなければ、間違いなく負けていた。


「ヒラルダの『海の槍ガブリエル』も水なんていう特殊な形ではあるが、ちゃんと存在しているからな……リエスターさんの『慈悲の雷霆レミエル』も似たようなものか」

「……なんというか、ここまでグリモアの情報があると圧巻ですね」


 机の上に散らばっている、俺が今までに実際に見たグリモアの能力と見た目、そして所感が書かれた紙を見て、エリクシラは感心しているようだ。


「私のグリモア、いつの間にか能力まで知られていますし」

「推理小説は好きなんだ」

「私の能力、推理だけで理解したんですか?」


 うん。


「はぁ……こんな研究に付き合ってくれるのは私ぐらいですよ?」

「そうだな。ありがと」

「す、素直にお礼を言われると照れるのですが……」


 なんでだよ。


「……なんでグリモアの研究なんですか?」

「え? まぁ……強力で特殊なグリモアを見たからってのもあるけど、一番はニーナに色々と相談されたからかな? グリモアがいつまでも使えないって嘆いていたし」


 研究すれば色々とできるんじゃないかと思って。


「……他の女の為に、私は手伝っているんですか?」


 あれ? なんか話の方向どっか飛んで行った?


「わ、私だってそれなりに貴方のこと……なんでもない、です」

「い、いや……うーん」


 俺、エリクシラに好かれるようなことしたかな?

 ビフランス家の令嬢だから俺は立場が合わないよ、なんてエリッサ姫と同じようにことを言ったら、絶対に「自分は落ちこぼれだから家なんて飛び出せばいい」とか言う性格してるしな。

 やばいな……俺、遂に二度目の生にして初めてのモテ期来たか?

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