第87話 ただの卒業生

「それで?」

「西側諸国に目立った動きはない……とは言え、エルグラント帝国は大義名分を得たりと言わんばかりに、軍拡を行って着々と戦争への準備を進めているみたいだけどね」

「へー……クーリア王国は?」

「当然、西側諸国への報復を謳い文句にしてエルグラント帝国に対する軍事物資などの輸出量を大幅に増加、ついでにクロスター王国に対して輸出入の税率を互いに相談し合って決めることにしたみたいだよ」


 つまり、クロスター王国は関税自主権を取り戻した形になる訳だな……不平等条約の代表的なものだが、これでクロスター王国は大きく発展するかもしれないな。

 エルグラント帝国、クロスター王国、クーリア王国は実は同じ貨幣を使っている。と言うのも、かなり昔に貨幣が生み出された時、まだクーリア王国とクロスター王国は分かれていなかったし、エルグラント帝国は西側諸国から逃げ出した時にクーリア王国に助けてもらったので、そのまま貨幣も同じにしてしまったのだとか。随分と雑な感じだなと思いながらも……まぁ、こっちとしては楽だからいいんだが。


「騎士団の派遣とかはしないんだな」

「流石にね……王都が2回も立て続けに攻撃されたのに、魔法騎士団を外に出すことはできないよ……王都の民がそれを許してはくれない」

「魔法騎士団は王都に置いて、普通に軍隊でも派遣すればいいものを」

「それも無理だね。貴族たちは自分の身が危険に晒されるのが大嫌いだから」


 は?


「この期に及んでまだ自分の……いや、一度攻め込まれたからこそ自分の身を第一にするのか」

「そうだと思うよ……正直、僕としては話にならないと思うけどね」


 ふぅむ……フローディルが国が腐敗していると言いたい気持ちもよくわかる。だが、死にたくないというのは生命の根源的な欲求だからな……古今東西、あらゆる権力者は必ず不死を目指す。それは結局、人間に生まれからには寿命と言う絶対の摂理に抗うことができないと知っているからだろう。それと同じように、誰もが死にたくないと願っている。


「そもそもなんだが、西側諸国が侵略する理由は自分たちの土地が魔獣の相手で面倒だからなんだろう?」

「簡単に言うとね」

「なら、その原因を取り除けば……」

「無理じゃないかな? 終末の竜とやらが生み出した大穴から、無限に湧いてくる魔獣たちをなんとかしないといけないんだよ?」


 そうなんだよなぁ……でも、それさえなんとかすればしばらくは平和が保たれるんじゃないのか? 西側諸国も連合になっているからあまり革命とかが起きないだけで、やっぱり戦争ばかり続けている国の民は、不満を持っているはずだ。


「連合だって別に一枚岩じゃないし、色々とあるんじゃないかな」

「そりゃあ、人間が一枚岩になるなんて無理だと思うけどさ」

「テオドール、君はたまに物凄く悲観的なことばかり言うけど、それは癖なのかな?」


 余計なこと言うな。



 エレミヤとの雑談を終えてから寮の自分の部屋を目指して歩いていたら、その途中に結構豪華な服装をした男が待っていた。ちらりを周囲を確認しても、夕暮れの校舎付近にはあまり人がおらず……男は明らかにこっちを見つめている。


「……お前が、テオドール・アンセムだな」

「どう、も?」


 近づいたら顔がはっきりとしたので、男が誰なのかわかった。


「話がある」

「第1師団長さんが、俺にですか?」


 王国魔法騎士団第1師団長、ボールス。

 とんでもない有名人が俺に会いに来たと思ったが……もしかしてフローディル内務卿を殺したのが俺だって話かな? 父さんは真実を追求しないってことにしてくれたけど、魔法騎士が個人で探っているのを止めることができるほど暇じゃないだろうしな。

 着いて来いと言わんばかりに背中を向けて歩き出したので、その後ろを追っていくと……噴水前のベンチに座った。


「ここは懐かしい場所ばかりだ……私が卒業した時から、建物は少し変わっても雰囲気は全く変わらない」

「やっぱり、この学園には思い入れがあるんですか?」

「多分にな。魔法騎士になるものは、誰でもそうだと思うぞ」


 なんか……もっと殺伐とした人を思い浮かべていたんだけど、思っていたよりもさっぱりとした人というか……俺を連れてきてまで思い出話をする意味がわからない。


「…………フローディル殿を止めたのは、お前だな?」

「そうです」


 やっぱりその話か。

 ボールスさんは質問に対して即答した俺に、少し驚いたようだが……俺の目を見てから苦笑いを浮かべた。


「私は……あの人のことを心の底から尊敬していた。確かに隠し事の多い人だったし、善人であるかと言われたら首を振らざるを得ない人ではあったが……国のことを想っている人だった」

「そう、ですね……俺も、そうだと思います」

「聞かせてくれ。あの人と、最後にどんなことを話したのか……あの人が、何を考えていたのか」


 これは……話すべきだろう。

 あの闘技場でなにがあったのか、そしてそれ以前から俺とフローディル内務卿の間でなにがあったのか……その全てを。

 所々を端折りながら、ゆっくりと過去のことをボールスさんに語った。彼はこちらの言葉に時折深く頷き、時折悲しそうな顔をしながらも最後まで黙って聞いていた。


「終末に対して、足掻いてみるといいと……そう言って息絶えました」

「そうか……あの人は、最後まで内務卿であったらしい」


 まぁ……国を想っていた心は本物だったのだと思う。手段はあまり褒められたものではないが、それは俺も同じことだ。


「……私はフローディル殿に、国の腐敗を正さないかと勧誘されていた。確かにあの人の言う通り、この国の貴族に誇りなど既になく、あるのは金と権力に縋りつく醜く薄汚い連中だけだった……だから、私はその手を取ろうとして……最後まで取れなかった」

「え?」


 俺はてっきり、ボールスさんみたいな人はフローディルと組んでいるものだと思っていたんだが。


「私も、腐敗した貴族共と同じように自らの安全と地位を優先したのだ。手を取って失敗すれば必ず地位を失い、成功しても部下の血が流れる。私は、決断ができなかった……力ばかりの、弱い男だ」

「そんなことは──」

「あるのだよ。だが君は自らの血が流れ、罪を背負うことを理解しながらも手を汚した。結果的には有耶無耶になったかもしれないが……君は私ができなかったことを、決断したのだ」


 そ、そんな過大評価されても困るというか。


「そもそも、なんで俺のことを知っているんですか?」

「フローディル殿から何度も聞いていた。自分の後継者になれるかもしれないが、同時に自分にとって最大の敵になるかもしれないと、ずっと言っていた。だから……フローディル殿が死んだと聞いた時、きっと倒したのは君だと思っていた」


 マジかよ。


「ここで君に対してなにか処罰を下すなんてことはしない。見ての通り、今の私は騎士ではなく、ただこの学園に懐かしさを感じているだけの、卒業生だからな」

「いや、それにしては派手な格好ですね」

「君も師団長になればわかる。貴族の相手をするには、動きやすい服装ではダメなのだよ」


 おー……なんか知らないけどかっこいい。


「今日は君の話を聞けてよかった……君がこれから先、どんな道を歩むのかは知らないが……フローディル殿を殺めたからと、あの人の考えを継ごうなどと考えるなよ。あの人は……少し生き急ぎすぎていたからな」


 立ち上がって歩きながらそんなことを言うんだから、沈みゆく夕陽の光もあってものすごくかっこよく見えたけど……きっとあの人はこれから先も、自分が決断できなかったことを後悔していくのだろうな。

 なんというか……やっぱり後味のすっきりしない話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る