第86話 戻ってきた日常

 建国祭の襲撃事件から1ヵ月──混乱を避ける為に今年のクロノス魔法騎士学園個人戦、交流戦共に中止となり、授業が再開するまでにもかなりの時間を要した。だが、先の戦いによって魔法騎士の必要性が高まったとか貴族の連中が言い出したらしく、今年から更に魔法騎士となる人間が増えるとか……アホかな?


「自分たちの安全が脅かされたら即座に軍拡か……フローディル内務卿も草葉の陰で泣いてるな」

「……草葉の陰ってなんですか?」

「なんでもない」


 授業が再開したのは結構最近のことだが、何故かあの襲撃事件の後にごっそりと魔法騎士科の人間が転科していった。実際に戦争を目の前にして魔法騎士になることを恐れたのだろう、とはアッシュの言葉だが……もしかして魔法騎士のことを安定した収入が得られる公務員ぐらいに思っている奴が多かったってこと?


「それよりエリクシラ、終末の方は?」

「全然ですね……あの古代文字の解読も進みませんし、そもそもあの文字は西側諸国で生まれたものですから……あんまりこちらには資料がないんですよ」

「はー……全く、気が滅入るな」

「おいそこ! 真面目にやれ!」


 互いに剣を向け合いながら雑談をしていると、教官からちゃんとやれって言葉が飛んできた。

 襲撃事件があったせいなのか、教官の指導も一層厳しくなっている。野外訓練場でペアを作ってひたすらに戦うような訓練で、以前ならもっと型を意識しろみたいな話だったはずだが、今はとにかく生き残るための術を学べ、みたいな。


「やぁ!」

「…………真面目にやれって言われただろ?」

「これでも真面目なんですけど!?」


 今までは全く別のグループとして授業を受けていたエリクシラが何故俺とペアを組んでいるかと言うと、大量に人が転科したせいで学級が再編されたからだ。今まで、これ系の授業はエレミヤを組んでいたんだが、何故かエレミヤは再編されて同じ学級になったアッシュとやっているし……仕方なく俺がエリクシラと組んでいる。

 しかし……入学した当時の剣に振り回されている頃よりはマシになったとはいえ、こうも雑な振り方をされると真面目にやっているのか心配になってくる。


「おいエリクシラっ! 真面目にやれ!」

「ほら言われた」

「こ、これで全力ですっ!」

「そ、そうか……悪かった」

「教官が謝るのか」


 あの教官、以前から鬼のように厳しいって話だったはずだけど……流石にぜーはー言いながら剣に振り回されているのを見ると、憐れみを感じるらしい。と言うか、組んでいる俺が憐れみの目を向けられたわ。


「とー!」

「その掛け声いる?」

「素手で受け止めないでください!」


 いや、遅すぎて。


「もう無理に剣使うのやめたら? いっそのこと魔法騎士じゃなくて普通に魔法使いになるとかさー」

「わ、私がビフランス家の人間だと知りながらよくそんなことが言えましたね」

「それか魔法で剣を作るとか」

「そんな器用なことはできません」


 えー? でも魔法で剣を作るのはフローディルもやってたし、俺も普通にできるよ?


「……相変わらずだな、お前たちは」

「俺が真面目に授業受けてないみたいな扱いするのやめてくれる?」

「いや、テオドールは真面目に授業受けてないでしょ」


 肩で息をしながら地面を転がるはしたない女を眺めていたら、アッシュとエレミヤが近づいてきた。俺には呆れたような視線を、エリクシラには憐れみの籠った視線を向けるアッシュ……結構失礼だからな、お前のそれ。


「これでいて、戦いになるとそこそこ強いのだから恐れ入る。ビフランス家の落ちこぼれだからと言われて何度も決闘を申し込まれていると聞いたが、一度も負けていないのだろう?」

「勿論です。これ以上、序列を下げられては困りますから!」

「なのに剣は振れないと……真面目な話、魔法騎士としては落ちこぼれだろ」

「個人の戦力としては侮れないけど、魔法騎士としては……確かにあんまりって感じだね」


 エレミヤは結構オブラートに包んでいるけど……言ってることは俺と同じだろ。

 それにしても、ここまで剣が振れないってなんかの呪いじゃないのか? 普通に、人間はある程度鍛えればそれ相応の成長をすると思うんだが、エリクシラに関しては剣に嫌われているのではと思うぐらいに駄目だな。


「……いくつか方法は思いつく」


 思いつく限りの方法を試してやろう。


「1つはさっきも言ったっとおり、魔力で剣を生み出して振るう。これなら重さは殆ど無いも同然だし、魔力で作り出した剣だから使い捨てもできる」

「……そんなにするっと魔力で剣は作れないものだよ、テオドール」


 そうか?


「なら2つ目。剣を魔力で持ち上げてそれを操作するようにして動かす。これなら自分の中の想像力だけで動かせるから、剣が使えなくても大丈夫」

「触れずに魔力で物を動かすってかなり高度な技術じゃないか?」


 サイコキネシスって明確なイメージがあるから俺ができるだけなのかな?


「じゃあ3つ目。もう剣持つの諦める」

「堂々巡りじゃないですか!」

「結局ここに行きつくのか……」


 だって無理じゃん、なにやっても。


「それにしても、テオドールは本当に魔力の操作が上手いな。一瞬で魔力を固めて剣を生み出したり、魔力で物体を自由自在に動かしたり……どうやってるんだ?」

「なんとなく」

「テオドールは魔法に関してだけは全部先天性の才能任せだから参考にしない方がいいよ」

「……そうみたいだな」


 仕方ないだろ? 魔力なんて俺の前世には存在しなかったんだから、生まれてから「なんとなく」以外で動かしたことがないんだよ。理論とかも一応聞いてはいるけど、どれも感覚的なものばかりだから、自分にあったものでいいやーと思っていたらこうなったんだよ。

 3人で適当に話していたら、再び立ち上がったエリクシラが剣を構えた、のだが……剣先がふらふらとして踏み出す足もよろよろとしている。体力がなくなって余計に剣に振り回されているようにしか見えないぞ。

 なんとか俺に向かって斬りかかってきたのだが……迎撃する前にその場で転んだ。


「槍持っても斧持っても悲惨だしな……やっぱり武器持つこと自体が間違っているのでは?」

「そもそもグリモアが巨大な魔導書の時点で、そうなのかもしれないね」

「諦めろ」

「酷いっ!?」


 エリクシラ……お前、やっぱり魔法騎士の才能はないよ。

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