第85話 終わった話

「そうか。フローディル内務卿とお前が裏でそんなことをしていたとは……あんまり、執務室に籠り続けているのも良くないかもしれないな」

「それはマジでやめた方がいいと思う」


 後処理が大体終わって仕事がそれなりに片付いたらしい父さんと、学園端の広場で芝生に座りながら色々なことを話した。

 フローディルが王族殺しをしようとしていたことや、俺が外患誘致をしたこと、似た者同士だったが故にわかり合うことができず、結局は俺が殺すことになってしまったこと……グリモアと転生してきたこと以外の全てを話した。


 父さんは基本的に甘い男だ。あれからそれなりに時間があったから、魔法騎士団のことを調べていたら副総長になる前、つまり第3師団長だった頃の父さんのことを書いてある雑誌みたいなものを見つけたが、そこにも護国の騎士とは思えないほどに甘いと書かれていた。雑誌に書かれるってどんなんだよって思ったけど……だからこそ、基本的に動くことの少なく第3師団にいたんだろうな。

 まぁ、雑誌の知識とかそんなの関係なしに、父さんは昔から俺に甘かったからな。具体的に言うと、剣術の練習だとか言って俺のことをボコボコにしておきながら、俺がちょっともたついて流血すれば一番狼狽えていたのは父さんだった。


「まぁ、色々とあったんだな」

「それで済ませていい話じゃないと思うけどな」


 だからこそ、副総長として俺を処断することもできずに頷いている姿も、正直言って見慣れているようなものだ。


「魔法騎士団の副総長としては、あんまりにも甘すぎるんじゃないか? 外患誘致に内務卿の暗殺……死罪どころか、晒し者にしてから民衆の前で公開処刑して家畜に食われても文句言えないと思うが?」

「こわ……息子が物凄い物騒なこと言ってる」


 真面目に考えろ。


「……テオがなにを言いたいのかはわかってるつもりさ。でも、今のお前を職務だからって消したら……それこそこれから先、国がどうなるかわかったもんじゃない」

「俺は国の要職になるつもりなんてないぞ」

「そうじゃない。その『終末』とやらに備える人間がどれだけいる?」

「それも別に俺じゃなくてもいいだろ」


 それこそ、この話を聞いた父さんから働きかけてもらえばいいし、エリクシラだって、エレミヤだって知っているんだからなんとかしてもらえばいい。俺はちょっと……疲れた。


「罪は罪だと、厳正に裁かれたいと思うお前の気持ちはわかるが、世の中は平等じゃないんだ」

「だから、情だけで見逃すと?」

「あぁ!」


 いっそ清々しいな……俺もそこまで割り切れたらいいんだけど。


「公人としては滅茶苦茶駄目なことを言っているかもしれないが、俺は何の役にも立たない人間が100人死のうが、お前みたいな有能な人間が生き残ってくれればいい! そうでも考えないと、魔法騎士団の副総長なんてやってられんよ」


 やっぱり考え方が社畜だな。


「それに、テオだって人を殺したことそのものに罪悪を抱いているんじゃなくて、どんな手段を考えようとも国の為を想っていたフローディル内務卿を殺したから、そこまで深刻に考えているんだろう?」

「……俺も、命の価値を平等だとは思っていなかったってことか?」

「酷い言い方だとそうだな」


 確かにな……フローディルの手の者も何人も殺しているし、西側諸国の敵だって何人か殺しているけど、別にそこに関しては特に何も思っていないからな。

 ふぅ……やっぱり人間、綺麗に物事を進めることなんてできないか。


「もうちょっと自己中心的に生きてみてもいいんじゃないか?」

「これ以上自己中心的な生き方したら、世界の中心になっちゃうな」


 既に俺は利己的な人間だと思うが、父さんは俺に対してそういうらしい。まぁ、多分親だからそう言っているだけで、実際に俺のことを客観的に見たら滅茶苦茶利己的な奴だと思うけどな。



 父さんとの会話を終えた俺を待っていたかのように、エリッサ姫が立っていた。距離的に中身は聞こえてないと思うが……俺になにか用事だろうか?


「今回のこと、色々と言いたいことはあるけど、まずはお礼を言いたいわ」

「なんの?」

「……私が、全然子供で頭がお姫様だったってことよ」


 あぁ……別にそんなに気にしてない。誰だって何も知らされずに生きてきたらそうなるだろうって、エリッサ姫の場合は環境的な問題だからな。だからこそ、王様はちょっと呑気で親馬鹿ってやばいと思うけど。


「だから、そんなに落ち込まないで欲しいの」

「俺が?」

「フローディル内務卿を殺したから、なんでしょう?」


 ふむ……そうだと言うのは簡単だが、その話は正直したくないからな。


「その話はさっき終わった。こっから立ち直っていくさ」

「そう……でも、貴方が彼を殺したのは、私のためって部分もあるじゃない」

「ないが?」

「はぇ?」


 なんで? 俺は自分が戦争に巻き込まれるのが嫌だから止めただけだが?


「え? えぇ?」


 勝手に困惑してるみたいだけど、俺は最初から最後まで割と自分の為だったぞ。フローディルと俺は似た者同士だろうけど、そこだけは絶対に違ったからな……あの男は国のため、俺は自分の為に戦っていた。


「違うのっ!?」

「すっごい今更じゃないか? 確かに、見方によってはエリッサ姫を守るために戦っていた訳だけど、それだって死んだら面倒なことになるってだけで、別に個人的な感情としてエリッサ姫を守りたいとは思ったことがないなぁ……」

「噓でしょ? この場面でそんなこと言う?」


 悪いけど、俺はロマンチストじゃなくてリアリストだからな。


「……呆れた。折角いい感じの雰囲気になりそうだったのに」

「いや、いい雰囲気になられても困るよ。俺は平民で、エリッサ姫は王族だぞ?」

「それは……言いたいこともわかるけど」


 わかるなら、身分差があるんだってことを自覚して、これからは自分と格の合う人間に対してロマンチックな雰囲気を作り出すんだな。


「私って、そんなに嫌われてる?」

「女としては別に嫌いじゃないけど……王族ってのがもう面倒だし」

「立場ってこと!?」


 そりゃあ、そうだよ。

 王族と結婚なんて華々しいって思うかもしれないけど、結婚したらそれ相応の立ち振る舞いを要求されて、子供ができないと役立たずの種無し扱いされるんだぜ? しかも命だって簡単に狙われるし、政治の都合で簡単に処刑されるかもしれない。全くもって、いいことなんてないだろ。


「……テオドールはテオドールね」

「それがいいって、父さんに言われたばかりでね」

「そうね……簡単に女に走る貴方なんて、見たくないもの」


 どういう意味だコラ。


「これからも、仲良くしてよね!」


 はぁ……だから嫌だって言ってんだけど、人の話を聞かないお姫様だな。

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