第84話 後片付け

 西側諸国からやってきた軍隊は、3方向からの同時攻撃を受けて瞬く間に崩壊した。肝心要の亜竜隊も、魔法騎士団相手によく持っていた方ではあると思うが、味方の援護も全くない状況で戦い続けることもできずに多くが降伏した。

 襲撃を防いで被害者を確認している中、闘技場にいたフローディル内務卿の死亡が確認された。死因は胸部を鋭利な武器で刺し貫かれたものだったが、闘技場は亜竜隊と魔法騎士団の戦闘でボロボロになっていたので状況証拠も少なく、何者かによる暗殺であると断定された。これに関しては、やり合っていた所を見ていた父さんからは、複雑な視線を向けられたが……改めて弁明の機会をくれるらしい。今は副総長としてまともに休めない状況でもあるだろうからな。

 多くの連合兵が捕虜として取り残された西側諸国は、今回の侵攻はクーリア王国内にいる裏切者からの情報によるものだと主張したが、誰が教えたのか具体的な個人名もない主張だった為にクーリア王国はこれを一蹴。エルグラント帝国は同盟国クーリア王国に一方的な侵攻をしたことに対して対決姿勢を見せ、最近は小競り合いで済んでいた部分で、近々大きな戦乱が起きそうな気配を見せている。

 一方で、クーリア王国に対して攻め入ろうとした連合軍に対して背後から奇襲を仕掛け、多くの人間の命を救ったクロスター王国には、クーリア王国内から多くの賞賛の声が上がり、これに対してクーリア王国の貴族たちは民衆からの大きな声もあって幾つかの不利な条約を撤廃。完全に対等な外交関係まで持って行った。これに関しては……まぁ、クロスター王国のトップが頭良かったんだろうな。


「まぁ、色々なことが起きたので今の所はなにも思われませんね」

「よかった。俺、指名手配されてない」


 完全に出来上がった盤面をひっくり返すには、相当な無茶をするしかなかったので仕方ないとはいえ、平然と敵国の勢力に対して奇襲できる方法を教えて、しかもその混乱の最中に内務卿を殺すとかはっきり言って意味わからないことしてるからな。やってることが全部バレたら、普通に即死罪だよ。


「それにしても……よかったんですか?」

「なにが?」

「フローディル内務卿を殺したことです」

「よくなかったさ」


 アイビーの言いたいこともわかる。この国にとってフローディル内務卿ってのは物凄い影響力を持っていた人間だ。下手すると王族よりも民衆から信頼され、政治的にも武力的にもこの国において並ぶものはいないとされていた人間。

 完全に悪いことを考えている人間ならまだしも、彼が考えていたのは人間の終末に抗う術と、クーリア王国をこの世で最も強い国にすることだけだ。悪いことかと言われると悪いことだろうけど……彼のやろうとしたことによって死んだであろう人間よりも、助かった人間の方が長期的に見れば多いだろう。

 それでも俺は自分のエゴを貫き、彼の命を奪った。そもそも、俺は彼のように人間を数で見ることはできない。10人死のうが、100人死のうが、その死んだ人には必ず家族がいて、失ったことを悲しむ人間がいる。為政者としては数で見るべきなんだろうが……そこだけが彼とは合わなかった。俺は所詮、ただの一般市民だしな。


「それにしても……フローディル内務卿をどうやって倒したのか聞いても? あの第1師団長ですら歯が立たないと言われていたフローディル内務卿を……」

「あー……まぁ、そこはどうでもいいだろ」


 彼が時間を逆行させることができたのを知っているのは、俺とエレミヤだけ。そこについて色々と語ることなんてなにもない。別にフローディルの名誉の為とかそんなことを考えている訳ではないが……なんか無粋な気がして。

 もっと大きな理由としては、下手に話せば必ず俺の持っている原典デミウルゴスの存在に辿り着くからだ。今は俺の右手にブレスレットとして収まっている原典デミウルゴスだが、こちらは偽典ヤルダバオトと違って誰にも話すつもりはない。正真正銘、俺の切り札だからな。


 偽典ヤルダバオトは俺、テオドール・アンセムの魂から発現したグリモアだが、原典デミウルゴスは俺の前世の魂……■■■■名前も思い出せない者の魂から発現したグリモアだ。

 グリモアは通常、1人の人間に対して必ず1つ。その人間の本質の部分を表すとも言われているが……俺はテオドール・アンセムと■■■■の魂が混ざり合った存在だ。故に、グリモアが2個なんて異常なことが起きている。

 父さんからグリモアについての話を聞いた時、即座に頭の中に出てきたのが2つの魂だった訳だな。そして同時に、グリモアは必ず1つであるという思い込みを利用すれば、必ず敵を殺すことができる武器になるとも思った。


 唯一、疑問に思っていることは……魂が混ざり合っているのならばグリモアは1つになるはずなのに、俺のグリモアは2つなのだ。それはまるで……テオドール・アンセムがちゃんと生きているかのようじゃないか? でも、俺の意識は俺のままだし、生まれてから一度だってテオドール・アンセムの存在を感じたことはない。よくわからないが……もしいるのだとしたら、この身体はちゃんと返してやらないとな。

 だって、テオドール・アンセムがしっかりと生きているのだとしたら、俺はただの死人なんだから。


「テオドール? なにをぼーっとしているの?」

「……いつからいたんだ、エリッサ姫」

「いつからって……さっきからアイビーと喋っていたじゃない」


 どうやら考え事をしている間に、いつの間にかエリッサ姫がやってきていたらしい。命を狙われたってことで、しばらくは表に出てこれないとかなんとか言ってた癖に、もう学校来てんのかよ。

 そもそも、クロノス魔法騎士学園は現在、全ての授業がストップしている状態だ。なにせ、学園の内部であんな事件が起きたんだからな。校舎の方も魔法とかの流れ弾で破損している部分もあるし、簡単には再開できないわな。


「さてと……俺は古書館でも引きこもるかな」

「また?」

「いいだろ? 色々と調べたこともあるしな」


 終末とか、グリモアとか……魂、とか。調べたいことは幾らでもある……俺は彼の命を奪い、その歩みを止めたんだから……せめてその分は前に進んでやらないといけないからな。


「……なんか、落ち込んでるのかしら?」

「建国祭が始まる前と比べて、大分落ち込んでいますね。多分……フローディル内務卿のことなんでしょうけど」

「心配ね」


 聞こえてんだよなぁ……エリッサ姫に心配されるようなことなんてないんだけど、一応は表面上だけでも立ち直ったように見せておこう。

 だりぃけど。

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