第82話 原典

 エレミヤが審判者の剣ミカエルを構えながらフローディルに向かって突貫していった。いきなりの突進に少しだけ驚いた様子を見せたフローディルだが、冷静に魔力の盾を構えてエレミヤの刺突をいなしている。

 フローディルはまだエレミヤの動きを殆ど知らない。恐らく、エレミヤの持っている刺突剣がグリモアであることは理解しているが、あの攻撃力の出所がどんなところなのかはわかっていないはずだ。ただし、それは今のうちだけであって……恐らく5回も巻き戻したらエレミヤの動きを把握し、10回も巻き戻せば完全に見切るだろう。


「っ!? 掠っただけで私の剣を欠けさせるとは……一応、業物なんだがね」

「攻撃力の問題ではありませんから」


 審判者の剣が発光すると同時に、偽典ヤルダバオトに魔力が溜まった。


「巻き戻したぞ!」

「っ!」


 俺の声に顔を顰めたフローディルだが、冷静に発光する審判者の剣の剣先から放たれたビームを紙一重で避けて大きく後ろに下がった。

 あの剣……先からビーム出るのか。いや、多分審判者の剣そのものの能力ってより、エレミヤが魔力を飛ばしたってことなんだろうけど……大した初見殺しだ。


「……今のは、即死を狙ったんだけど」

「巻き戻しがなくても優秀な騎士だからな。生き残るぐらいの反応速度はあったんだろう……それに、あの男は巻き戻せればなんとかなると思っているから、平気で腕や足を犠牲にしてくると思うぞ」


 ずっと戦っている俺から言わせてもらうと、フローディルは自分の安全は二の次って感じの戦い方をする。特に、魔力が溜まっていつでも巻き戻せる状態になると顕著で、捨て身に近い形で攻撃してくる。いくらなんでも覚悟決まりすぎだろと思うのだが、あの男は平然とそんなことをしてくる。

 いくら時間を巻き戻そうとも、腕を切断される痛みは消えないだろうに……無限に繰り返すところといい、大した精神力だ……あんなグリモアを発現するってどんな人生歩んできたらそうなるんだよ。


「今、戻したということはそれなりに間が存在するってことかなっ!」

「そうだな」


 エレミヤは間髪入れずに突っ込んでいったので、俺は周囲の瓦礫を浮かせてフローディルに向かって投げつける。俺が近接戦闘しても、殆ど対策されているから、こうしてエレミヤの補助に回るのがいいのだが……最後の牙は残しておく。

 レイピアによる高速の刺突を、フローディルは盾で受け流そうとしているようだ。巻き戻すまでの時間をガン盾チクチクで稼ごうとするとか、いよいよ死にゲー野郎らしくなってきたな。とは言え、フローディルは既に俺と戦いで時間を何度も巻き戻して魔力量は限界に近いはず。アズライト石による貯蓄の魔力があったとしても、悠長に溜めている間にエレミヤは突っ込んでくるし、もう自由自在に巻き戻せるだけの余力はないはずだ。


「もらった!」

「くっ!?」


 俺が飛ばした瓦礫を破壊しながらなんとか戦っていたフローディルは、魔力の噴射による超加速を見せたエレミヤの突き攻撃に対して、超反応を見せた。今のは、恐らく俺が言わなくてもエレミヤも時間を巻き戻したのだと理解したはずだ。あれだけの反応は、事前に知っていないとできることではない。


「エレミヤ、ちょっと来てくれ」

「は? 今、ちょっと追い詰められていたところだったんだけど」

「怒るなって……聞きたいことがあってさ」


 正直、このまま繰り返されてもエレミヤの攻撃力がどんどんと下がっていくだけなので、無駄な特攻は避けて欲しいって思いはある。でも、それ以上に聞きたいことがある。


「アズライト石ってのを使って魔力を補填しながら戦っているらしいんだけど、どんな石か知ってる?」

「……確か、空気中の魔素を魔力に変換して溜め込むことができる石だったはずだけど……そんなものを使って巻き戻しているのか」

「そうそう……で、どんな石か知っておきたくて」


 それを知ることができればフローディル攻略の最後の一手になると思うんだが。


「アズライト石は、青色に光るのが特徴の石なんだけど……さっきも言った通り魔力を溜め込む性質があるんだ」

「その貯蓄の限界量は?」

「さぁ? 貴重すぎてそんなことを試す人がいない」

「そっか……なら、

「できる」

「ならいい」


 その石をぶっ壊せば、フローディルの時間逆行能力は不可能になる。それどころか、魔力が身体から失われすぎて、まともに歩くこともできなくなるだろう。それだけ人体にとって魔力は重要なものだ。


「作戦会議は終わりかな?」

「あぁ……アンタが時間をかけたくて仕方ないって状況がこれほど嬉しいとは思わなかったね」


 俺とエレミヤのひそひそ話を全く遮らずに待ってくれるのは、その分だけアズライト石に魔力を溜め込むことができるから。戦いの最中にべらべらと色々と語ってくれるようになったのも、全部そのためだろう。最初は全然会話してくれなかったのにな


「俺がアズライト石の破壊を試みる」

「できるのかい?」

「切り札はある……あんまりお前にも見せたくないけど、背に腹は代えられない」

「……なら僕が引き付けよう」


 助かる……俺が真正面から剣で挑んでも、多分不毛な斬り合いになるだけだと思うから、まだ完全には動きを見切られていないエレミヤが重要だ。

 エレミヤが踏み込むと同時に、俺も一気に距離を詰めてウルスラグナを振るう。エレミヤの攻撃は大袈裟に盾で受けるのに、俺のウルスラグナによる斬撃は余裕をもって紙一重で避けやがる。完全にこちらの間合いを認識してやがるな。


「貫け、審判者の剣ミカエル!」


 急にエレミヤがグリモアの名前を叫んだと思ったら、レイピア全体から光が放出されて剣先から極太のビームが放たれた。同時に、再び時間が巻き戻た熱を偽典から感じながら、フローディルが盾を犠牲にしながらビームを避けたのを確認する。


「見えた」


 俺はその攻防の中、フローディルの懐から溢れる魔力を注視していた。間違いなくあそこにアズライト石をしまい込んでいる。あれを破壊することができれば、30秒経っても時間は巻き戻せなくなる。つまり、俺たちの勝ちで確定するということだ。しかし、奴がアズライト石を持っている場所は胸ポケット。貫けば……フローディルの命はないかもしれない。

 ここで迷っている場合ではない。恐らく、この機会を逃せば……この男を完全に倒す機会なんて訪れないかもしれない。


 ならば……ここで確実に殺す。

 俺の持っている、で殺す。


「『原典デミウルゴス』」


 羽織っていたマント……俺のグリモア原典デミウルゴスが、瞬間的に形を槍に変え、胸ポケットに入っているアズライト石ごとフローディルを刺し貫いた。

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