第81話 殺すという覚悟

 無限ループ作戦、方法は単純にフローディルが避けきれない状態を2分間作り続けること。まぁ……過程が単純なだけで難易度は滅茶苦茶高い。実際、フローディルはグリモアがなくても騎士としては優秀な能力を持っているので、多分無限ループにハマる前に脱出して逃げると思う。

 があればいいんだけど……そんなものは聞いたことがないしな。


「なぁ、グリモアを封じる方法ってあるのか?」

「……それを今聞かれて、仮に知っていたとして教えると思うのかい?」

「だよなぁ」

「知らないが」

「答えるのかよ」


 そんでもって知らないのかよ。


「グリモアを封じる方法があったらどれだけ楽だろうか……私もそれは今までの人生で何回も考えてきたよ。ボールス師団長と戦った時も随分と苦戦させられて……何度も巻き戻したものだ」


 おい、やっぱりこいつ第1師団長と戦って一蹴したって時もグリモア使ってんじゃねーか。俺のグリモアが特別なだけで、普通は時間が巻き戻ったことにも気が付けないんだから、初見のはずの技を平然と見抜かれ、しかも絶対に回避不可能なタイミングでカウンターを仕掛けてくるんだぞ。時間が巻き戻っていることを知らなかったら対処の方法もないだろ。


「っ! 君のそのマント、随分と万能だね」

「羨ましい?」


 急に懐に潜り込んできたんだが、もしかしてさっきまでに巻き戻した中で俺の新しい癖でも見抜かれたかな。びっくりして急にマントで剣を防いだら、甲高い金属音と共にフローディルの剣を弾いた。


「魔法を弾き、物理的な攻撃すらも弾いてしまう素材……そんなものはやはり存在しない」

「そりゃあないだろうな……なんかの魔法で強化してるかも」

「いや、それにしてはあまりにも……不自然だ。君は普段からそのマントを羽織っているだろう?」

「いや、普段からは言いすぎだろ」


 学校生活中はあんまり羽織ってないぞ。こんな赤色で派手なマントを日常生活でもまとってる奴とか嫌だろ。スーパーヒーローでもないんだから。


「……グリモアを無効化する方法を考え出せばいけるか?」

「何を言っているのかさっぱりわからないが、そんなものが簡単に作り出せるのかい? グリモアは発現者の魂そのものと言っても過言ではない。決して壊れることはなく、常に発現者の味方となる」

「魂に干渉さえできれば、行けるんじゃないか? たとえば……魂ごとこの世から消し去るとか」


 俺の発言を聞いた瞬間にフローディルが一気に下がって、ドン引きって感じの視線を向けてきた。時間を巻き戻していないってことは……単に俺の発言に引いただけ?


「君、やっぱりまともな感性をしていない」

「そりゃあ……怒った方がいいのか?」

「魂を消し去る……簡単に言っているが、それは死後の安寧すらも脅かす発言だ。君のその考え方は……あまりにも惨い」

「そうか? 


 ソースは今の俺自身。

 俺は先天的な魔法の才能と、後天的に磨いた剣術の才能があるからまだ普通に過ごせているが、片方でも欠けていたら楽しく生きていけるような世界じゃないぞここは。最低限度の人権だってないようなもんだし。奴隷制度は存在しなくても、奴隷みたいに使われて死んでいく人間もいるし、魔獣に襲われて死ぬとかいう理不尽なことも起こりえる。あんまりいい世界とは思えないな。


「まるで死後の世界を体感したことがあるかのような言葉だが……今は置いておこう。しかし、魂を消し去るということはその人間がこの世界に存在していたことそのものを消し去る行為に他ならない。命を奪うよりも重いことだと思うが?」

「死ぬのも消えるのも同じだろ。どっちにしろ生きている人間には関係のないことだ」

「……君のその死生観がどこから来るのか、興味がある」


 さぁ? 1回死んでみたらいいんじゃない? 生と死なんて思ったよりもくだらないものだって実感できるかもしれないな。

 ウルスラグナから魔力の斬撃を不意打ち気味に放っても、即座に反応されて避けられた。偽典ヤルダバオトの魔力は……溜まっていない。多分、左手から放たれる魔力の斬撃そのものを見切られているな。なら、こっちは殆ど使えないか。

 マジでそろそろ俺も切り札を使うことも考えた方がいいのかもしれない。ただ、使う条件として……絶対に巻き戻せない状況でしか使えない。だってバレたらマジで負けるもん。


「ん?」


 どうするべきか迷っていたら、偽典に溜め込まれている熱量が増した。つまりこれは……時間が巻き戻ったということだ。だが、今の俺は別になにかしようとしていた訳ではないし、はっきり言って膠着状態みたいな感じだったと思う。

 ちょっと疑問に思ったら、フローディルはおもむろに盾を展開して、彼の背後から飛び出してきたエレミヤの剣を弾いた。


「くっ!?」

「残念だったね」


 不意打ちを見もせずに避けられるなんて考えていなかったであろうエレミヤが、空中で態勢を立て直す前にフローディルが動こうとしたので、ウルスラグナから斬撃を飛ばして下がらせた。


「ごめんテオドール、今ので仕留められると思ったんだけど……」

「いや、仕留められてたさ」


 エレミヤの手に握られているのは審判者の剣ミカエルだ。通常ならば不意打ちで一撃受けただけでも即死するレベルの力を持っているはずだが……それを受けてもなお時間を巻き戻せるだけの余力があるか。


「2対1か」

「卑怯とは言わないでくださいね、フローディル内務卿。貴方がそれだけのことをやとうしている」

「言わないが……外患誘致は君にとって罪ではないのかな?」

「罪ですよ。だから僕はこうして剣を握っている」


 ふーむ……エレミヤにはさっさと伝えておくか。


「奴のグリモアは形が存在しない特殊型、時の牢獄サンダルフォン。能力は魔力を大量に消費することで最大で2分間だけ時間を逆行させることができる。お前の不意打ちは、1回目は当たっていたよ」

「……時間の逆行なんてどうやって防げばいい」

「俺のグリモアなら……なんとかタイミングだけは知ることができる」


 そりゃあそうだよな。普通の人間ならまず勝てないって思うわ。


「……発動する前に殺せば?」

「殺していいのか? あの人以外に内務卿が務まりそうな人間なんて、全く思い浮かばないんだけど」

「君が死ぬか、フローディル内務卿が死ぬかを選ぶんだったら、僕はフローディル内務卿を殺す」


 そんなに俺のこと好きなのって茶化したら殴られそうだな。

 そっか……まぁ、仕方ないのかもしれないな。これだけ強大な力を持っている奴に、手加減して生かすなんて無理か……覚悟がないのは、俺だったかな。

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