第80話 時の牢獄

 純粋な剣術能力で言えばこちらの方が上だ。それは戦っていれば理解できるし、実際に当初はこちらが剣術でも圧倒できていた。しかし……恐らく何度も繰り返すうちに俺が繰り出す魔法剣術の型、そのタイミングを取り始めている。何度も繰り返して俺のことを攻略しようとしているのだ……まさに死にゲーって感じ。


「あ、戻したな」

「……どうやって判断しているんだい、それ」


 剣をぶつける直前のタイミングで、時間が巻き戻ったのを感じた。

 どうやって判断しているのか、と聞いてきたということはあっているということだ。ちなみにどうやって判断しているのかというと、偽典ヤルダバオトに籠っている魔力量で判断している。まぁ……フローディルには言わないけど。


「また戻したな。どうやって俺が巻き戻しを理解しているのかわかったか?」

「どうだろうね。少なくとも、君は素直に聞いても教えてくれなさそうだ」


 そりゃあそうだろう。時間を巻き戻していること自体は喋ればインパクトを与えられるかなと思っているが、流石にそれの対策方法まで喋ったら馬鹿だろ。だが、それでもフローディルの優位性は変わっていないはずだ。なにせ彼は巻き戻した時間の記憶を持っているが、俺は感覚としてその回数を理解しているだけ。俺にとって時間は真っ直ぐ進んでいるが、恐らくフローディルは既に何倍もの時間を過ごしている。

 通常なら、そんな無間地獄みたいな能力は自身を破滅させると思うのだが、この男は涼しい顔をしながら平然と何回もその能力を行使している。


「……無限ではないだろう。グリモアは魂の発露ではあるが、使用するには己の魔力を消費するのは魔法と変わらない。そして……俺の偽典ヤルダバオトのように武器を発現させるグリモアに対して、アンタみたいに特定の現象を引き起こすグリモアは魔力の消耗が大きいはずだ」

「よく、調べているね」


 通常、グリモアは魂の形として武器や盾のような形で発現することが多い。俺の偽典や、エレミヤの審判者の剣ミカエルのような形で。アイビーの死の翼サリエルやヒラルダの海の槍ガブリエル、リエスターさんの慈悲の雷霆レミエルのように形は不定だがしっかりとそこに存在しているものも存在するが、あれも魂の形として理解できる。

 そんなグリモアの中にも、稀に形を持たず発現しても他人からは見ることもできないグリモアが存在するらしい。それが、フローディルが持つ時の牢獄サンダルフォンのような異質なグリモアなのだろう。


「無尽蔵に使えるグリモアなんて存在しない。アンタがどれくらいの回数巻き戻せるか知らないが……必ず限界はあるはずだ」

「そこでこれだ」


 ん? 俺の言葉に対して反論する訳でもなく、意気揚々と懐から石のようなものを取り出した。魔法に関してはそれなりに知識を持っているが、魔導具なんかは詳しくないから「そこでこれ」とか言われてもわからないんだが?


「これは大気中の魔素を魔力に変換してくれる、人間の人体と同じような役割を持っている「アズライト石」だ。これ1つで高位の魔法1回分の魔力を30秒で貯蓄することができる」

「……つまり?」

「これでグリモアに必要な魔力を補給しているという訳だ。貴重品だから数は……5個しか持っていないが」


 充分だろ。

 しかし……つまりこの男は時間をかければかけるほどに、魔力を回復することができるってことでいいのか? それは……なんとも面倒くさいというか。


「つまり、アンタの魔力が尽きたら回復するまでに30秒かかると」

「そうだとも……私のグリモアは燃費が悪くてね。このアズライト石を使っても1回巻き戻せるかどうかってところでね……5個全てを一斉に使ってようやく戻せるぐらいだ」

「へー……」


 追い詰めればインターバルができるようになると。だがそのことを俺に向かって喋る理由はなんだ? 喋ってもデメリットしかないはずだが。


「私はこれについて君に話しているのは、時間が欲しいからだ」

「時間? 巻き戻せばいいだろ」

「そんな簡単に言うんじゃないよ。それに……私は君がただ亜竜隊を差し向けてきただけとは思えない」


 あ、そっちね。

 まぁ……無策で西側諸国からの侵攻手引きしたらそれこそただの戦犯だからな。色々と準備はしているが……それについてフローディルは知りたいってことか?


「君が何を考えて亜竜隊を呼んだのか、拝見させてもらおうか」

「断る」


 なんで俺がフローディルに追加で手札を見せないといけないんだよ。さっさと片付けて終わらせるか、時間でも巻き戻してろ。

 偽典に溜め込まれた2回分の魔力を解放しながら、ウルスラグナからも斬撃を飛ばす。ひらりとこちらの攻撃を回避しながら笑みを浮かべているフローディルにイラっとしたが、ひらひらと逃げるなら色々とできることはある。


「はっ!」


 俺が魔法陣を展開したら、フローディルは露骨に警戒し始めたが……立っていた観客席を破壊しながら巨大な岩の剣を出現させる。フローディルに向かって岩の剣が伸びていった瞬間、偽典に1回分の魔力が溜まった。


「反応できなかっただろ!」

「くっ!? いちいち言わなくていい!」


 時間を巻き戻すことでこちらの攻撃パターンを理解して紙一重で避けていくフローディルに、巻き戻したことを言ってやれば、ちょっと怒った感じの返事が返ってきた。

 フローディルからすれば、強敵を相手に何度も繰り返すのはいつものことだろうが、それについて言及されるのは初めてのことでイラっとするんだろうな。だったらもっと言ってやる。

 魔力で足場を作りながら紙一重で岩の剣を避けているようなので、まだまだ魔力に余裕があるのかと思ったが、それ以外の魔法を使っている様子がないので、恐らく温存しているのだろう。30秒の時間を稼ぐことで時間を巻き戻せるということは、限界まで追い詰めれば時間を巻き戻してから30秒以内に倒せば勝てる……か?

 よくよく考えると、30秒で魔力が回復するのに巻き戻せる時間は2分なんだよな? それって無限ループできてないか? それに、時間を巻き戻すとアズライト石の魔力も戻ったりしないのか?

 うーむ……詰んでないか?


「…………そうか! 2分巻き戻すことができるなら、2分間避けきれない連続攻撃をすればいいんじゃないか!」

「君は……恐ろしいことを考える男だな」


 やりすぎると時間を巻き戻す中で無限に死に続けることになるが……殺さないように気絶させればいいのかな? どうやら、自分の意思で発動しているみたいだから、気絶した瞬間にリセットとかしないと思う。

 よし、無限ループ作戦でいこう。

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