第79話 分岐

「……勝ち筋は見えてきたね」

「マジ?」


 フローディルの勝ち筋が見えたってことは、こっちは負けるかもしれないってことじゃん。あの未来予知みたいなグリモアらしき能力をなんとかしないと、こっちの動きが読まれて負けちゃうよな。


命まで届く」

「は?」


 いきなり何言ってんだこいつ。

 それにしても異質な強さだ……魔法が強いとか剣術がやばいとかではなく、ことごとく俺の先を行くような力は、国を手玉に取るだけのことはある。こいつの力は……ヤバすぎる。


「ふっ!」

「くそったれが……あっつ!?」

「なに?」


 こちらに向かってきたフローディルを迎撃しようと思ったら、急に右手に持っていた偽典ヤルダバオトが滅茶苦茶熱くなったのでフローディルから逃げるように距離を取った。

 偽典を放して手を見ても、火傷はしていないけど……やっぱり微妙に熱を持っている。


「なんなんだよ……こんなこと今まで一度も……あったな」


 そういえば、普段から基本的に使用しないことを心掛けているから忘れていたけど、俺のグリモアである偽典ヤルダバオトは刃の周囲に細かい魔力を振動が存在し、それによってとんでもない切れ味を生み出している。更に、偽典は能力を解放することで周囲の魔力を吸収して溜め込むことができるのだが……実はその吸収限界が結構浅い。具体的に言うと、宮廷魔術師なんかが使う攻撃魔法5回分ぐらい……わかりにくいな。とにかく、それなりに簡単に上限まで溜まってしまうのだが……その吸収限界にまで達するとさっさと放出しろと言わんばかりに、偽典は熱を発生させる。


「やれやれ……テオドール・アンセムのグリモアながら、じゃじゃ馬だな」


 グリモアが持ち主に攻撃してくるってなんだよ。

 だが……俺はここまでの戦闘でまともに魔法を吸収させていないと思うが……何故偽典はここまでの魔力を溜め込んでいるのか。それがわからないな。

 フローディルもさっきまではガンガン攻めてきていたのに、急にこちらを警戒するような動きを見せたまま動かなくなったし……なんなんだよ。


「仕方ないな……はっ!」


 偽典にいつの間にか溜まっていた魔力を、闘技場の上空を飛んでいる亜竜隊に向けて解放する。限界まで魔力を溜め込んだ偽典の斬撃は、結構な威力になるのだが……亜竜隊は間一髪のところで避けたようだ。やっぱり西側諸国のエリート部隊も馬鹿にならないな。


「……何故、今まではこんなことは起きていなかったはずだが」

「どうした? ぶつぶつと」

「まさか、そのグリモアは……魔法を無効化しているだけでなく、魔力を吸収して溜め込んでいるのか?」


 あれ? 俺のグリモアの能力を完全に知っている訳ではないようだ。てっきり、俺はどっかから情報が漏れたことで、俺のグリモアの完全な能力を知っているとばかり思っていたのだが……案外知らないことも多そうだな。

 それにしても……さっきからなんか偽典に触る度になにかを思い出しそうになるんだけど……なんなんだろうか、この感覚は。すっごいモヤモヤするから、戦っている最中はやめて欲しいんだが。


「君は想像以上に危険だ。私のグリモアの能力を正確に把握し、対応してくる可能性がある……慎重にやらねばならない」

「グリモア? 使ってないだろ」

「ふっ!」


 急に人の話を聞かなくなったな。

 剣がぶつかり、偽典の攻撃は防ぐことなく絶対に避ける。ウルスラグナに魔力を流せば、露骨に魔力の刃を警戒し、俺が魔法を放てば簡単に対応される。

 この男……魔法陣から俺が使う魔法を認識しているのかと思ったが、俺がどのタイミングでどんな魔法を使うのか知っている感じだ。なんというか……癖を見られているというか。なら、ちょっと奇抜な魔法を使ってみるか。


「そら!」

「……ふざけているのか?」


 手の平から水鉄砲を発射する魔法だぜ。子供がよく遊びで使ってるだろ?

 水鉄砲の魔法に威力なんて存在しないので、当たってもなんの問題もないことは理解しているはずだ。だが……今ので確信した。


「っと……」


 フローディルと距離を開ける。偽典を握りしめると、少しだけ熱を感じる……また知らない間に魔法を吸収したらしい。

 やっぱり、そうだな。


「特定地点までか、あるいは決まった秒数か……時間を逆行させているな、フローディル」


 驚いた様子を見せないな……だが想定内って感じの反応ではない。


「驚かないってことは、違う時間軸の俺もアンタのグリモアの正体に辿り着いてたらしいな。でも、その時間も巻き戻すことで気が付かなかったことにした」

「……君はどこまで」


 偽典が俺の知らない間に魔力を溜め込んでいるのは、フローディルのグリモア発動に反応しているから。つまり、俺は時間逆行を認識していなくても、偽典はその能力を無効化して記憶し続けている。


「さっきの攻防で時間を逆行させた回数は……多分5回ぐらいか? 俺がどの攻撃の後にどんな魔法を放ってくるのか予測できなかったんだろう。そして、最後に巻き戻したのは俺が水鉄砲を放った時……多分、初見のアンタは顔に水鉄砲をそのまま受けて困惑している間に俺の攻撃で四肢のいずれかを失った」

「……そうだ。まさか生活魔法ですらない水鉄砲を撃たれるなんて思ってもいなかったよ」


 だろうな。その反応を確かめたくてわざわざ水鉄砲を放ったんだからな……怯めば推理が違ったってことで攻撃、顔を動かして簡単に避けるならやはり俺が何をしているのか予め知っているということになる。


「……そうか! 君のそのグリモア、私の『時の牢獄サンダルフォン』まで無効化して吸収しているのか。だから君は通常ならば記憶に残るはずのない時間逆行を小さな違和感として残し続けている。グリモアは魂の発露、グリモアが逆行を記憶しているのならばその魂を持つ君にも、小さな違和感となって残っていく訳だ」


 そうなの? まぁ……やけにさっきから時計の針の音が耳に響くと思ったが……まさかグリモアを発動した音だったりしたのか?


「はぁ……平凡とは言わないが、師団長を単独で下せる実力って言いすぎだろと思ったが、まさか無限に繰り返すことで勝利していたとは……誰も気が付かない訳だな」

「そうだな……私の剣と魔法は、常人が努力した先に存在する程度のものでしかない」


 だが、幾度となく繰り返してきた時間の流れによって、彼はその凡人の剣を極限まで高めている。恐らく……通常の人間ならば精神が崩壊してもおかしくないぐらいの時間を、今までの人生で体感しているはずだ。


「……戻せるのは恐らく自らが設定した特定地点までだろう」

「その通りだ。私の時の牢獄サンダルフォンは自らが設定した特定地点までしか戻すことができず、設定できるのもかなり頑張って2分程度前までだ。世界の運命を変えるなどとてもとても……」


 2分程度……ということは、俺に能力が知られていることを良しとしているのか?


「君の考えている通り、もう君に対してグリモアの能力を隠す必要はない。なにせ、隠したところで君は暴いてしまうからね」

「……そもそも通常の人間ならいつ時間を巻き戻されたのかも理解できない、か」


 やれやれ……とんでもない奴を相手にしてるな、俺は。

 まさかフローディルが勝つまで続ける「リアル死にゲー野郎」だったとは思わなかったが、どうするべきか……通常の相手なら心を折るまでとかできるんだが、こいつはもうそんな段階とっくの昔に通り過ぎてるだろうし、マジで勝てないかもしれないな。

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