第78話 決着´´

 そう言えば、奴は今のところグリモアを発動させていないが……条件は何なのだろうか。発動条件が存在するグリモアは必ず能力が凶悪なものになるから、注意しなければならない。あの未来予知染みた動きが、もしかしたら奴のグリモアかもしれないけど。


「……?」


 一度剣を打ち合ってから、フローディルはあっさりと退いた。なんというか……本当に拍子抜けするぐらいにはあっさりと退いた。さっきまでガンガン攻めてきてたのに、なんでこうも弱腰になるのかわからん。

 それに加えて、違和感がある。フローディル内務卿はとんでもない実力者で、魔法騎士としてとんでもない力を持っていて、第1師団長すらも単独で一蹴できるぐらいだって聞いたんだけど……打ち合っている感じそこまでの実力は感じない。確かに完成度の高い片手魔法剣術だと思う。しかし、師団長に勝てるレベルかと言われると……頷けない。まぁ、あのがあればそれもひっくり返るんだけど。


「……難しいな、どうしても君を崩せない」

「それは……どうも?」

「やはり君は強い。掠り傷程度しか与えられなさそうだ」

「じゃあここら辺で終わらない?」


 本音を言うと、さっき頬に掠り傷を貰った時点ですっごいやめたくなってる。やっていて負けることはないだろうが……なにか不意の一撃を受けそうな感じがびんびんするからな。

 さて……フローディルも動かなくなったし、これからどうするか。俺としては、そこそこに終わらせてからさっさと次に行きたいんだが、動かなくなっただけでフローディルは別に諦めた訳じゃなさそうだしな。



「『■の■■サンダルフォン』」



 ん? 今、時計の針が動くような音がした気が……気のせいか? 闘技場にそんな時計があるなんて見たことないし……と言うか、この混乱状態でそんな音が聞こえてくるとはとても思えない。

 そう言えば、奴は今のところグリモアを発動させていないが……条件は……あれ? なんかさっきもこれ……言ってなかったか?


「……勝ち筋は見えてきたね」

「マジ?」


 フローディルの勝ち筋が見えたってことは、こっちは負けるかもしれないってことじゃん。あの未来予知みたいなグリモアらしき能力をなんとかしないと、こっちの動きが読まれて負けちゃうよな。

 自信満々で踏み込んできたフローディルは、やはり盾を再展開しない。やはり俺のグリモアのことは完全に把握されていそうだ。


「少し卑怯な気もするが、悪く思わないでくれよ」

「分身か」


 は? なんで俺が今からやろうとしていることがわかるのかな? これも未来予知の能力か? だが、どれだけ未来が見えようとも対応できなければ無意味なんだから、このまま押し通す!


「君の分身魔法は、自身の魔力に簡単な命令を与えるものだ。つまり、所詮は最初から君が思考している通りにしか動くことはない」


 なんで中身まで知ってんだよ。しかもように喋りやがって。

 と言うか……さっきから俺の攻撃が読まれている気がする。最初の打ち合いでは明らかに様子見って感じではあったが、ある地点から急にこちらの動きに対応し始めて、今はもう完全にこっちの動きを読み切っている。俺と分身の同時攻撃も、回避と防御に集中することで凌がれている。しかも、偽典ヤルダバオトを持っている俺の攻撃は剣で受けることなく避け、分身の持つウルスラグナを剣で無理なく受け止めている。

 こちらの手の内が全てバレているのは流石にショックだな。奴によほどの諜報員がいるのか、それとも本当に神の如きグリモアの力で未来予知でもしているのか。


「無駄だ。既に君の攻撃は見切った」

「見切るの早くないか?」

「個人差があるんじゃないか?」


 そんな成長期みたいな。

 フローディルが回避に専念している理由は、俺の分身魔法が予め対象を指定して、自動追尾しながらプログラムした動きしかできないことを知っているから。そしてそのプログラムした動きが終われば、自動的に消滅する。

 分身が消滅して、地面に向かって落ちるウルスラグナを手に取って二刀流で攻撃するが、フローディルは最小限の動きだけでそれを避けて剣を突き出してきた。


「っ!?」

「今のは、それなりに深いんじゃないかな?」


 あの野郎……こっちの動きに合わせて剣先を置いておくことで、自分から突っ込ませやがった。おかげで脇腹に剣が結構深く刺さったじゃねーか……どうしてくれんだよ。


「さて、どうする?」

「悪いが、魔法は苦手じゃないんだ」


 自己再生能力を高める治癒魔法を使う。これで数秒もすれば出血は止まるはずだ……あんまり激しく動くと傷が開くかもしれないが。


「……驚いたな、自己治癒の魔法も使えるのか」

「何を驚く必要がある。お前は俺のなんでも知ってるだろ?」

「知らないさ。何でも知っていたら、とっくに殺し切れている」


 そう言われれば……そうだな。じゃあフローディルの強さはその適応能力にあるとか? だがこちらのグリモアや魔法の中身まで知っているのは流石におかしいよな。だって俺は分身魔法を誰にも見せたことがないんだから。なにより、あの「何回も見てきた」みたいな落ち着きようが凄い違和感だ。


「傷を治癒したということは、まだ戦えるという意思表示かな? 何度でも受けてあげようとも」

?」


 初めの違和感は、あの未来予知みたいな戦い方だ。こちらの戦い方を熟知して、その上でこちらの思考の死角を的確に狙うかのような戦い方……盾を爆散させたこと、俺のグリモアを知っていたこと、分身魔法を見抜いたこと。

 時計の針の音……何度でも……まさかこいつ。


「なるほどね」

「どうした?」

「随分と、インチキ能力じゃないか内務卿……時間の逆行か?」

「…………驚いたよ。私のグリモアを見抜かれたのは初めてだ」


 だろうな。

 こいつ……一定地点からやり直しているのか、それとも単純にもっと広い範囲でやり直しているのかは知らないが、とにかく時間を逆行させている。タイムリープってほど壮大なものではなさそうだが、こいつが俺の動きや魔法を知っているのは、実際に経験しているからだ。

 フローディル内務卿のグリモアは時間の逆行だ。エレミヤと同じ条件型だと思い込んでいたが、単純にあの状況では有効的な使い方にならないって話だったらしい。


「やれやれ……どうやって戦えばいいのやら」

「参考程度だが、どうやって私のグリモアをどうやって見抜いたのか聞いてもいいかな?」

「……たまたまだよ」

「なるほど、ならもう一度巻き戻せば今度はバレずに済むかな?」


 は? おいおい……まさか巻き戻せば記憶がついてこないから、今からもう一回巻き戻して俺がグリモアの正体を気が付いていない状態に戻すって言うのか?


「冗談じゃねーぞっ!」

「では、過去でまた会おう」


 このまま巻き戻されたら、次は脇腹じゃ済まなくなるぞ! なんとかして止めなくては、俺の命が刈り取られる!



「『時の牢獄サンダルフォン』」



 時計の針が動く音がした。

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