第76話 決着

「おいおい、こんなことしてていいのかよ」

「いいも悪いもない、君はこの国にとって脅威となる」


 フローディル内務卿が急に剣を抜いてこちらに斬りかかってきた。亜竜隊と魔法騎士団が戦ってるのに、俺たちが戦っている場合じゃないと思うんだが……どうやらフローディルはそう思っていないようだ。

 右手には無骨な剣、左手には魔力で構成された簡素な盾、これがフローディルの戦闘スタイルのようだな。魔法騎士としてはごく普通の構えだが……踏み込みながら振るってくる剣の鋭さは、政治家らしくないな。


「ふっ!」


 思い切り踏み込んできたので反射的に頭を引いたら、ギリギリの距離を剣が通り過ぎていった。このまま俺とフローディルが戦ってもしょうがないんだが、反撃せざるを得ないな。

 俺は、フローディル内務卿を殺したくない。と言うのも、どれだけのことを考えていても愛国心を持って国を動かしていきたいと考えている人間を、殺してしまうのは駄目だろう。少なくとも、既得権益を貪るだけでなにもしない無能集団を抑えて、その上で政治家として有能な活動ができる人を、俺はフローディル内務卿以外に知らない。クーリア王国にとってアクラレン半島が重要な場所であるように、フローディル内務卿はクーリア王国にとって必要な人間だ。

 俺がしなければならないのは亜竜隊を止めて市民の被害を最小限にすること、そしてフローディル内務卿を殺さない程度に戦闘不能にすること。単純に殺すよりも遥かに難しいが……やってやろうじゃないか。


「くっ!?」


 俺がウルスラグナを抜いて放った斬撃を、受け止めようとしてから上手く受けながらして距離を取ったようだ。単純に力でぶつかったら、俺の方が強いってことだな。


「テオ!?」


 再び俺のウルスラグナとフローディルの剣がぶつかった瞬間に、父さんが慌てた様子でやってきた。剣を片手に返り血を浴びている姿から、既に何人かの敵を殺してきたらしい。


「やぁ、ミスラ副総長」

「ふ、フローディル殿……何故テオが内務卿と戦うことに!?」

「君の息子がこの──」

「──少し黙っていくれ」


 フローディルにそのまま喋らせても俺の不利益にしかならないので、申し訳ないが力で黙らせる。舌戦で俺がこの男に勝てる訳がないことなんて、何度かの会話で理解しているからな。

 ウルスラグナに意図して魔力を流し込むと、今まで使っていた鉄剣とは比べ物にならないぐらいするりと魔力が流れていくのを感じる。これが親方の言っていた魔力伝導率を最高にって奴か……確かに凄い技術だ。

 俺の持つウルスラグナに大量の魔力が流れ込んでいることを察したフローディルは、半身を逸らしながら俺の剣を弾いた。ウルスラグナから解放された魔力の斬撃は、闘技場を真っ二つにした。


「化け物めっ!」

「それはお互い様だろう」


 今の斬撃、本当ならばフローディルの左腕を斬り飛ばすはずだったが……反射的なのか、それとも意図してなのかはわからないが、魔力を横から叩きつけることで軌道を変えられた。ほんの一瞬の隙に魔力を思い切り叩きつけないとできないような芸当だが、普通にやってくるんだから化け物はお互い様だ。


「父さん、事情は後で話すから今は市民の安全を確保してくれ!」

「亜竜隊の排除を最優先に、魔法騎士団の全てを動かしてくれて構わない。なんとしても陛下をお守りしろ!」

「え? あ、はい!」


 戦っているはずの2人から似たような言葉を受けた父さんは、考えることを捨てて魔法騎士と亜竜隊が戦っている闘技場のど真ん中へと飛んで行った。

 父さんには是非頑張って欲しいものだ……俺の仕込みは西側諸国に亜竜隊を使っての襲撃を誘発させるだけじゃない。この襲撃はただの第一段階にすぎないが……次の作戦もこちらで完璧にタイミングをコントロールできる訳じゃないから、それまでの時間稼ぎをしてくれると嬉しい。


「自分がやったことだろう? 今更市民を心配するのかい?」

「アンタだってその陛下を殺そうとしただろう?」

「私は未遂だ」


 外患誘致も王族殺害も計画した時点で死罪だろうが。


 剣での直接対決は不利だと悟ったのか、フローディルは左手の盾を犠牲にしながら俺の肩を踏みつけて上に飛び、直上から魔法を放ってきた。だが、魔法騎士と戦うことを想定した俺が魔法対策をしていない訳がないだろう。


「なん、だと?」


 放たれた魔法を制服の上に羽織っていたマントで防いだら、フローディルは目を見開いていた。


「それは、なんだ?」

「特注品」

「ふざけるな……魔法を弾いたのか? そんな素材、ある訳がない」


 そりゃあそうだろう。でも、これに関してはから説明するだけ無駄だ。


「『偽典ヤルダバオト』」


 ウルスラグナを左手に持ち替えて、右手に偽典ヤルダバオトを発現させる。


「グリモアか……ここからが本気ということかな? どうやら私の命を奪わずに無力化しようとしているようだが……不可能だな」


 うわ、バレてる。


「私が死ぬか、君が死ぬか……そのどちらかだ」

「そうなって欲しくないから手加減してるんだけどな」

「それは……と言っているのか?」


 お、プライドが傷ついたか? 内務卿にそんな無駄なものはないと思っていたが……魔法騎士としての誇りはあったか。


「そんなこと言いながらもアンタはグリモア、見せてくれないのか?」

「……私のグリモアはこの場面では使えないな」


 なるほど、エレミヤと同じく条件型のグリモアか。ということは……その条件を満たすとこっちが一気に押し込まれる可能性もあるな。だったら……その前に片腕を貰って片をつける!

 俺が踏み込むと同時に、フローディルも盾を再構築してから踏み込んできた。剣での直接対決は分が悪いと理解しているはずだが、まさか真正面から来るとは思わなかった。


「悪いな」


 ウルスラグナでフローディルの剣を弾き、偽典によって魔力で構成された盾を裂く。魔力を断ち切る偽典の力を使えば、盾は存在しないのも同じ。俺のグリモアの能力を知らないフローディルにこれを防ぐ手立てなどなく……初見殺しで左腕を切断することに成功した。


「ぐっ!?」

「諦めろ、これでアンタの勝ち筋はなくなった。アンタは殺したくない……この国の未来の為にな」


 別に人を殺すことに抵抗はないが、この人がいなくなったらクーリア王国はそれこそ大変なことになるからな。ここで終わらせておこう。


「……本当に、君は強い。やはり私にとって最大の障害だよ」

「そりゃあどうも」

「だからこそ……私はそれを乗り越える」


 だからもう終わったって。









「『■の■■サンダルフォン』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る