第72話 とっておきの反逆行為
「あれでよかったのかな?」
「さぁ? でも、今から探した最善手なんて、ずっと前から準備していたフローディル内務卿の最善手には遠く及ばないと思うぞ」
殆ど何も決まらなかった会議の後、俺はエレミヤと2人きりで喋っていた。結局、どこまで行ってもフローディル内務卿の手のひら上にいる感覚というか……ただひたすらに無茶苦茶されている気分だ。
「もし……今から『終末の竜』の存在を証明出来たら、国王とフローディル内務卿のどちらも納得させることができると思わないかい?」
「思わないって言っただろ。あの男が目指す先と、国王が目指す先、そして俺が目指している先は全く違う。そんな簡単なことで止まれるほどに小さな話じゃない」
そうだな……御伽噺のような『終末の竜』なんかではなく、もっと差し迫った危機があれば……みんな団結できるのかもしれないが。
「……差し迫った危機?」
待てよ。
あの男が目指している先は結局は愛国心の先にあるんだろう? ならその愛国心を利用することができれば……勝ち目があるんじゃないか?
「なにか、思いついた?」
「あぁ……盤上遊戯の最中に机をひっくり返すような手には変わりないが、これならなんの問題もない」
「そんな手が?」
「ある……俺たちが滅茶苦茶本気で動かないと駄目かもしれないが」
「でも、本気で動けばいいんだろう?」
そうだ……なんにせよ犠牲は出る。フローディル内務卿の計画だって、王族だけを狙って殺すことなんてしないだろう……恐らく、多少の民間人の犠牲は仕方がないと考えているはずだ。それよりは……少なく済む。
建国祭が近づいてきた時期に、寮の俺の部屋に手紙が届いた。中身を確認すると、そこには工房の親方から武器が完成したから取りに来いと書かれていた。
急いで工房へと取りに行くと、そこには待ちくたびれたと言わんばかりの顔で腰掛ける親方の姿。
「よぉ、受け取れ」
「はや」
全ての展開を端折って適当に剣だけ押し付けてきやがった。
布に巻かれた剣を手に取ると、赤竜をイメージしたのか血のように真っ赤な鞘が出てきた。所々には金色の装飾で彩られているその剣は、通常の刀剣よりも長そうだ。
親方に促されるまま鞘から抜くと、月の光のような白い刀身が出てきた。
「銘はまだつけてねぇが……単純に名づけるなら赤竜剣、とかか?」
「なんかダサいですね」
「なら自分でつけろ」
え、そんなこと言われてもな……赤色の柄に煌めくような刀身を持っている両刃片手直剣の名前……全く思い浮かばないぞ。
こういう時は、適当に横文字の名前をつけておけばいいって日本人的な感性があるから……じゃあ、願掛けもかねて。
「ウルスラグナ、とか?」
「何語だそりゃあ?」
え? あ、アヴェスター語じゃないかな……知らないけど。
「まぁ、手に持つ奴が納得できる名前ならなんでもいいか。しっかりと腰につけておけよ……これから大きな戦いをするんだろ?」
「まぁ……建国祭ですし」
「違う。戦争に向かう兵士みたいな顔してるぜ」
あはは……親方、何者だよ。
確かに、今の心境は戦争を控えている兵士みたいなものなのかもしれないな……でも、別に嫌だって訳じゃない。できる限りのことはしてきたし、まだまだ当日まで続けるつもりだ。逃げることだけは、したくない。
「どうだ、アイビー……仕掛けは上手くいってるか?」
「半々、ですね……いえ、仕掛け自体は上手くいくと思いますが……その後に私たちが上手く動けるかどうか」
「だが方法はこれしかない。覚悟を決めておけ……エレミヤ、建国祭の方は?」
「順調みたいだね。ここ1週間、フローディル内務卿本人は大きな動きは見せていないよ」
「そうか」
第3師団がすぐそばにいる状況で目立った動きは流石にしないよな……ただ、あの男がそんな座して待つような奴ではないことは知っている。あの状況でも俺たちが掴めない何かをしていると思った方がいいな。
「アッシュは……なにしてんだ?」
「建国祭、俺は初戦なんだ。だからその準備をしてる」
「おぉ……頑張れ」
そりゃあ、フローディル内務卿がなにかを仕掛けるって言っても建国祭が全く進んでいない状況ではなにもしてこないだろうから、初戦で戦うなら準備が必要だな。
「エリクシラ、エリッサ姫は?」
「未だに納得してないみたいですけど……なんであの人、自分が王様になることで解決すると思ったんでしょうか」
「許してやれ……ああいう性格なんだよ」
「聞こえてるわよテオドール……全く、王族としては絶対に反対なのよこんな作戦」
「でも、これ以外にはない」
エリッサ姫の文句に対して、横から出てきたヒラルダは俺の作戦に全面的に賛成してくれていた。まぁ……彼女だってかなりの戦闘狂みたいなところあるし……そもそもグリモアを発現している時点でかなりの自我があるでしょ。コミュ障で人に向かって襲い掛かってくるのはどうかと思うけど。
「フローディル内務卿が私たちの作戦を読み切っていないとは言えませんが……どちらにせよこの作戦は始まってしまえば誰にも止められません」
「問題は、終わった後にバレたら即座に死刑にされかねないってことだな……内務卿を暗殺するのとどっちが悪いかって言えば、内務卿暗殺の方が俺はやばいと思うけど」
「同じくらいだと思います」
だよね……でも、そんなこと言ってるエリクシラだってこの方法しかないことは認めたからな。
「それにしても……よく思いつきましたね。普通の人だったら思いつきませんよ……」
「いや、思いついたって普通の人間はしないのよ。こんな明確な国に対する反逆行為なんて」
今回ばかりは認める。俺がやろうとしていることは国に対する明確な敵対行為であり、露呈すれば即座にこれに関わった人間全てが処刑されるだろう。
「知ってるかエリッサ姫、エリクシラ……バレなきゃなにやっても犯罪じゃあないんだぜ」
「……くず」
「知ってました。エリッサ様もお気をつけてくださいね、この男と関わると碌なことがありませんから」
「身に染みてるわ」
やかましい!
「失敗したら処刑か、国外亡命だな……」
「アッシュとかはできるかもしれないけど、僕やヒラルダなんかは爵位が爵位だけに、一族郎党皆殺しだと思うよ」
「……失敗しなければいいだけ」
ヒラルダの言う通りだ。どれだけ馬鹿でかいリスクがあろうとも、失敗しなければ問題はないし、バレなければ犯罪は犯罪じゃない!
「……国を救おうなんて言ってませんでしか?」
「やってることが真逆よね」
フローディル内務卿だってそうだろ。
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