第69話 頭脳担当

「……つまり、戦わなければいけない相手がフローディル内務卿だったと?」

「いや? 別にそうは言ってない。ただ、俺とエレミヤが追いかけていた相手がフローディル内務卿だったってだけで、ただ普通に生きているだけの王国民からするとそこまで敵って訳でもない……まぁ、絶えず戦争をしている国かもしれないけど」

「それは充分敵では?」


 それがそうでもないんだな……実際は。


「自分が死ななければ自国の利益になるのなら戦争してもいいって考えの人間は、存外多い。そう考えるとやっぱりフローディル内務卿は厳密には敵ってことにはならないんじゃないか?」

「どっちの味方なんですか」

「俺はフローディル内務卿の敵だよ」


 当たり前だろ。そもそも顔を合わせて敵だって宣言されたのに、今更俺がフローディル内務卿と敵対しない訳がない。それこそ南のアクラレン半島を全部俺にくれて、更に爵位でもくれて一生悠々自適に過ごしてもいいって言うのなら聞いてやってもいいけど……それでもムカつくものはムカつくからな。


「……わ、私は自国の利益になるのなら戦争も……無理です」

「そりゃあそうだろう。そもそもエリクシラはビフランス家の人間だから、戦争が始まったら当然ながらある程度の責任を負わされることになるぞ」

「そうなんですよ! だから嫌だけど敵対するしかないんです!」


 ビフランス家は初代魔法騎士団団長の血筋なので、未だに魔法騎士団に対して強い影響力を持っている。故に、本当にフローディル内務卿のクーデターが成功して富国強兵政策として他国との戦争が始まれば、間違いなくなにかしらの責任を持たされる。そこを見逃すほど、フローディル内務卿は甘くないはずだ。


「戦力を出せと言わないまでも金や物資、なんなら戦争指揮も任せられるかもな、ビフランス家の現当主は魔法騎士の称号も持っている訳だし?」

「ふうぇ……なんでこんなことに……」


 まぁ、巻き込んだのは俺だけども、そもそも生まれ持った血筋というのは変えられるものではない。そこに厄介な運命が絡みついていようとも、そこから逃れることは簡単ではないのだから。


「どちらにせよ、エリクシラは俺たちと来るかフローディル内務卿につくかの2択しかない。見て見ぬふりをするには家の爵位が高位すぎるからな」


 これが新興のガーンディ家ぐらいだったら、そこまで大事にはならずに隠居なんかもできるかもしれないが、ビフランス家はね。

 同様に、フリスベルグ家も無視することなんてできないが……どうやらエレミヤとその父親であるロバート・フリスベルグ公爵は、敵対者と事を構えるつもりらしい。王族が一斉に死んでしまえば自分に国王の座が転がり込んでくるというのに、ロバート公爵は全く興味もなく、国王への忠誠を優先するらしい。いい人というか……エレミヤの父親というか。


「アイビーとニーナは……平民だから選択肢はあるんだけどな」

「貴方も平民ですよね?」

「身分はな? でも、もう目をつけられてるから無理」


 それに、俺は自分が住んでいる国が戦争を始めるなんて嫌だね。いつ巻き込まれるかたまったものじゃないし、俺がどれだけ強かろうとも国を滅ぼすことなんてできないんだから、いつ死ぬかもわかったものじゃない。絶対に戦争は反対だ。たとえ国が衰退することになろうとも、戦争しなければ維持できない国なんて滅んでしまえばいいと思っている。


「……わかり、ました……なんとか協力します。なにをすればいいんですか?」

「戦闘に参加して欲しい訳じゃない。ただ、エリクシラには俺たちの参謀、みたいな形になって欲しいんだ」

「参謀、ですか?」

「そう」


 俺とエレミヤの時点で既に戦力として充分な力を持っている。そこにフリスベルグ家とビフランス家、なによりエリッサ姫の後ろ盾を得ることができるので、真正面からフローディル内務卿を叩いても言い訳は幾らでもできる。後は……あの男に対抗するための頭脳だ。


「本当はエリクシラだけじゃなくてアイビーにも頼むつもりだったんだけど、彼女がフローディル内務卿に付くというのならそれも尊重してやらないといけない」

「平民だから?」

「俺も結構な無茶ぶりばかりしてたし」


 まぁ……こう言いながらも、アイビーが向こう側に行ったら俺達には勝ち目が全くないんだけども。


「……彼女は、貴方についてきてくれると思います」

「どうして?」

「そういう女心がわからないところも含めて、彼女は貴方のことを評価していますから」

「関係ある?」


 なんで俺がデリカシーないからって理由でアイビーが味方になってくれるの?


「頭脳労働ってことなら幾らでも力になりますけど……ビフランス家の落ちこぼれと、国内随一の政治手腕を持つフローディル内務卿で戦わせる気ですか?」

「大丈夫。ビフランス家の落ちこぼれは優秀だよ」


 なんだかんだ言って、エリクシラのことを俺は評価している。自分のことを卑下するようなことも多いけれど、彼女はグリモアを発現出来るぐらいには我があるからな。

 褒めてるよ?


「で、何を知りたいんですか?」

「うーん……まず、相手の狙いが俺の予想通りなら建国祭なんだ」

「王族が集まるからですね。それに、国民の前でいい演説もできそうです……王族が殺されたけど、国として纏まっていこうと」

「んん?」


 国として纏まっていこう?


「普通に考えて、国を自分の思い通りにしたかったら国民からの支持は手放そうとはしません。私なら、そうですね……エリッサ様と婚約しようとしていたエルグラント帝国の皇子が差し向けた事だと言って、帝国に敵対心を持たせてからそれを理由に進行、征服します」

「……」


 えげつないこと考えるなぁ……もしかしてフローディル内務卿のスパイだったりする?


「エルグラント帝国を征服したら次はクロスター王国です。適当にエルグラント帝国と手を組んでいたとか言えば、理由にはなるでしょう。その流れのままクロスター王国を征服し、私たちは平和を勝ち取ったと宣言して戦争を終えます」

「エルグラント帝国とクロスター王国を早々に征服する理由は?」

「後に回すと国民から反対されるからです。人間が動くには負の感情という燃料が必要ですが、負の感情っていうのは中々長続きしないようにできていますから」


 なるほど……だから、王族が殺されたって理由をつけて電撃戦を仕掛けてしまおうと。


「確かに、電撃戦をするなら怪物級の強さを持つ師団長を複数人抱えているクーリア王国が有利だろうな。少数精鋭の圧倒的な質で奇襲攻撃のように押しつぶしてしまえばいい」


 しかも、エルグラント帝国は西側諸国と戦争中でそこまで余裕がある訳ではなく、クロスター王国も国土がそこまで肥沃ではないので、数十年前までしていたクーリア王国との戦争の傷が完全に癒えている訳ではない。


「……やっぱり言ってることえげつないよな」

「私に言わないでください」


 私ならって言ったじゃん。

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