第68話 『終末』
結局、フローディル内務卿が言っていた「終末」とやらの正体はわからないな。エレミヤとアイビーにもそれとなく聞いたけど、それっぽい回答は返ってこなかった。
エレミヤやエリクシラ派閥の人間にもフローディル内務卿が敵であることを告げるべきかと思ったが、まだ早いと考えた。と言うのも、エレミヤは相手が誰であるかわかった瞬間に突貫していきそうな危うさがそれとなくあるからだ。あの男は優等生みたいな雰囲気しておいて、実は善悪をきっちりと訳ないと気が済まない人間だ。だからあんなエゴの塊みたいな、善悪ジャッジメントするグリモアが魂から生えてくるんだろうけど。
エゴによってグリモアが発現するのならば、間違いなくフローディル内務卿はグリモアを持っている。というか、何故か相手がグリモアを持っているのかどうか判別できるエリッサ姫から見ても、彼は持っている側らしい。
「うーん……」
「唸りながら本を読まないでください」
久しぶりにゆっくりと古書館でだらだらできる日だったので、フローディル内務卿の言っていた「終末」とやらを調べてみようと思ったのだが……そんな曖昧な検索で引っかかる訳もなく。調べてみようと思った10分後には暗礁に乗り上げていた。
「あー……終末かぁ」
「終末?」
「そうだ。本の虫のエリクシラなら終末って言われてなにが思い浮かぶ?」
「その、本の虫って表現はすごいムカつきますけど……終末ですか」
お? 終末という言葉を聞いたエリクシラは、おもむろに立ち上がって本棚の中から歴史書らしきものを幾つか取り出した。
「これですかね」
「……古代文字は読めないんだが?」
「挿絵です」
エリクシラの指に誘導されるまま本の挿絵を見ると、そこには黒い竜のようなものが描かれていた。口からは炎を吐き出し、その下には逃げ惑うような人と崩れる建物が描かれている。これは……確かに終末とも呼ぶべき絵だろうな。
「これは?」
「古代文字で書かれているので詳細はわかっていませんが、西側諸国のものらしいです。古代文字で書かれた本の中でも、これはかなり厳重な魔法によって保護されていたのだとか」
「でも古書館にあるじゃん」
「これは模写です」
うん、知ってた。
「それで? それってただの物語かもしれないってことだろ?」
「そうですね。これを最初に発見した人もそう思っていたそうですよ」
誰もが考えることだな。
「西側諸国の大陸中心に空いている穴をご存知ですか?」
「知らん」
「……」
そんな呆れたような目で見られたって、西側諸国は敵国だからって話だけで育ってきただろ? 実際に世界地図が存在している訳でもないし。
「クーリア王国が存在するこの大陸と同規模な大陸でありながら、西側諸国が細かく国が分かれている原因が、その中心部の穴なんです。中心には国一つ分ぐらいの穴が存在して、底が存在しているのかすらわかっていない状態で、しかもその穴からは定期的に魔獣が湧いて出てくるんです」
「え、やば」
「そうです、やばいんです。その穴をなんとかしようって話で、西側諸国は国家群としてまとまっているんですよ……その国家群でエルグラント帝国と戦争している訳ですが」
人間もやばいな。
「で、その穴がどうしたの?」
「この古書に描かれている場所が、その穴なんです。つまり……その巨大な穴は1体の竜が作ったものではないかと、言われているんです」
おー……でも、それって結局はその穴を見た人が勝手に創作したっていう、よくある民間伝承じゃないの?
「その穴の付近には昔から存在する小さな村があって、そこの村長さんは代々口伝だけでその竜について語り継いできたそうです。それがこの本に描かれた『終末の竜』です」
スケールでか。地球は平らで亀が支えてる並みにデカイ話じゃん。
「フローディル内務卿が言っていた「終末」がその『終末の竜』とやらだったら、いきなり神話の話したぶっ飛んだおっさんってことになるのか?」
頭おかしいな。
「なんでそこでフローディル内務卿が出てくるのか知りませんけど、本当に『終末の竜』が存在しているとすると、人間は簡単に滅ぼされてしまう存在なのかもしれませんね」
うーむ……もしかしたら、フローディル内務卿はなにかしらの情報網でその存在を確信し、最終的にはそんな存在が来ても勝てるような国を作りたいと思っているのかもしれないな。
ふーん……無理じゃね? だって単独で大陸に大穴を開けるような怪物だぜ? 俺が倒した赤竜なんて目じゃないわ。
「もし、古代文字が解読できるような日が来たら……この本に描かれている『終末の竜』も存在が認められるかもしれませんね」
「古代文字かぁ……」
いや、今はどうでもいい話なのかな。だって古代文字を解明して、その『終末の竜』とやらに対抗する力を得たとしても、恐らくフローディル内務卿は止まったりしないだろうから。なんなら核兵器のようにその力を他国にちらつかせながら侵略するぞ、あの男は。そして平然と国民の前で「この力のお陰で民の犠牲も少なく敵を倒すことができた」と言うんだ。大した愛国心だな……反吐が出る。
あの男が愛国心を持っているのは本当。あの男の言うとおりにしていればクーリア王国が安泰なのも本当。だが、その間に他国で犠牲になる人々の数は……計り知れない。だが、それでもあの男は止まらないだろう。なにせ国民の支持があるから。
「自国の不幸を他国に擦り付ける、か」
「はい?」
「なんでもない」
言いたいことはわかる。俺だって他人の不幸か自分の幸福を選べと言われたら、間違いなく自分の幸福を選択する。人の幸福とは相対的なものであり、相手が不幸であればあるほど、自らの幸福が際立つというものだ。
「……やっぱりムカつくな」
全部あいつの言う通りってのはダメだわ。
「エリクシラ、教えておきたいことがあるんだけどさ」
「……な、なんですか? その怪しい笑顔は!?」
それはアイビーにでも言っておけ。
「大事なお話だよ。大丈夫……ちょっと聞いたら二度と引き返せなくなるだけだからさ」
「それは駄目なやつなんですよ! 絶対に私には言わないでください!」
「だから大丈夫だって。派閥のみんなにも教えるからさ」
「ひぃ!? 私に逃げ場ないじゃないですかっ!?」
あはは! 派閥のトップになったことを後悔しろ。
「……古書館ではお静かに」
すいません。
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