第65話 軽いお話
「雨か……」
今日は天気がよろしくない。雨が降っている時も、魔法騎士科の訓練はなくならないのが面倒なところだな。室内で幾らでも訓練はできるって話らしい。まぁ……実際、魔法騎士になったら屋内でも戦うことはあると思うから、練習しておいてなんの問題もないとは思うが……雨の日ぐらいゆっくりさせてくれとも思うわけで。
色々と文句は言ったが、別に訓練そのものに不満はない。ただ……今日は授業に出られない用事があるってだけの話だ。なにせ……内務卿さんが俺に会いに来てくれたからな。
「……失礼するよ」
「どうも……フローディル内務卿殿」
「そう身構えなくてもいい。君の授業の欠席もこちらから色々と説明しておいたから、欠席扱いにはなっていないはずだ」
おー……公欠にしてくれたってことか。それは実にありがたいことだな……この男が会いに来ること自体が嫌なんだが。
「さて、では早速本題に入りたいのだが、いいかな?」
「勿論です」
「ありがとう」
一々絵になる人だな……イケオジって奴か。でも、見た目はそんなに年齢を重ねているようには見えないんだよな……確か実年齢は30後半って話だが、どうみても20代に見えるぐらい若々しいのは、髭を生やしてないからか?
飲んでいる紅茶のように赤みがかった茶髪に視線を取られていた俺に対して、フローディル内務卿は苦笑いを浮かべているが、そんなに変なことした?
「……私は現在、君に手を焼かされていてな」
「俺、なにかしましたっけ?」
「したとも。最初に出会ったのは……王都の路地裏だったか? あの女は私のお気に入りだったのだが……呆気なく君に制圧されてしまった。それに最近のエリッサ様暗殺の妨害。地竜を倒されてしまうのは想定外だったよ」
ふむ。
「それで?」
「……取引をしないか? 私は君の実力を高く評価している。少なくとも、庶民であるからと舐めた見方をしているこの学園のカスどもよりはな」
おー……なるほどね。
「何故、俺に正体を教えるようなことをするんですか? 黙っていれば正体なんてわからなかったかもしれない……いや、そんなことより、正体を隠していれば俺を簡単に暗殺できたかもしれない。国の裏側を知った人間はそうやって始末していくのがいいでしょう?」
「言ったはずだ。私は君の実力を高く評価している、と……既得権益に縋り国を弱体化させていく蛆虫たちよりも、だ。それに、君は一連の黒幕が私だと気が付き始めていたはずだ」
まぁ、正直こいつしかできないだろうなとは思っていた。
愛国心か。
「取引の内容は?」
「これに関する件にこれ以上、首を突っ込まないでもらいたい」
「ほぉ?」
「無論、その為の条件はある程度受け入れようではないか。たとえば……君が大切に思っているエリッサ様にはこれ以上危害を加えない、とか」
へー……つまり、この男は俺がエリッサ姫を守りたくて行動していると思われているのか? まぁ、確かにフローディル内務卿から見ると、2人きりでデートしていたし暗殺者からも守った訳だからな。
「確かに、エリッサ姫は美人で頭以外はいい女ですから、あんまり危害を加えられるのは嫌ですね。俺としても好感度がようやく稼げて来たって感じですから」
「……前言を撤回しよう。君はエリッサ様のことをなんとも思っていないようだね」
酷いな。エリッサ姫と俺の利だったら自らの利を取るってだけで、俺はエリッサ姫のことをそれなりに大切に思っているぞ。知り合いの女性の中で恋人にするなら、エリッサ姫って選ぶくらいには大切だと思っている。
「君が望む条件を教えてくれ。金、女、勲章、土地、爵位、安全、地位、なんでもいい」
「なら、南の半島を全て貰いましょう。それぐらいなら手を引いてもいいですよ」
俺の要求と同時に、温和な笑みを浮かべていたフローディル内務卿の顔から、笑みが消えた。
クーリア王国にとって南の半島は金や銀のような貴重な鉱石から、日常魔導具に使用される魔法水晶まで産出される国の生命線だ。故に、あそこには常に師団単位で王国軍隊が監視の目を光らせ、周囲の土地を有力貴族たちに与えて守らせている。
「ふざけているのか?」
「アンタこそ」
金、女、勲章、土地、爵位、安全、地位……確かに俺の利となるものばかりだ。特に金と安全は他には代えられない価値がある。これが普通の取引なら間違いなく頷いたんだが……そもそも最初から与える気がない人間とは話していても無駄だ。絵に描いた餅で喜ぶほど、俺は馬鹿じゃない。
「アンタ、俺に手を引けと言って条件を飲み込ませ、事が済んだら俺を始末して踏み倒そうって気だろ」
「……」
「そうだよな。アンタは恐らく、当初は俺のことを将来的に使える人間だと判断して、味方に引き入れようとしたが……好き勝手に動いてエリッサ姫を守る姿を見て、味方にするのは不可能だと考えた。だから始末しようとしている」
「驚いたな。君にそこまで妄想する頭があるとは」
はっ。
「俺は、国に興味はないが情はあるんだ。そんでも持って、俺の情は基本的に身内にしか向かない」
「やれやれ……これだから愛国心も無く力ばかりを持った獣は……」
「認めるよ」
やり方は酷いが、国の未来を憂いて愛国心を持っているフローディル内務卿に対して、自分の力を好き勝手に使って自分の利ばかりを考える俺、確かに獣だろうよ。そして、世間的には恐らくフローディル内務卿の方が正しい。
「悪いが俺は民衆の正義なんてどうでもいい。俺は俺の邪魔になる奴を許さないだけだ」
「ならば君が目指す先にはなにがある? このまま衰退していき、そのうちどこかの国に滅ぼされるのが望みか?」
「アンタは性急すぎるな。国を変えるにはもっと時間が必要だ。力で捻じ曲げて作り上げた栄華、必ず綻びが生じて破綻する」
「ならば、君は対抗できると言うのか? 彼方から来訪する終末に」
「終末?」
なんだ? なにを言っている?
「交渉は決裂だな。私と敵対するということをもう一度深く考えることだな……君のような実力者ならば、いつでも私の味方になることを認めてあげようとも」
「よく言う。アンタならその場で殺すだろ」
「ふ……思考が似通っているのかもしれないな」
冗談でもやめてくれ。
「最後の忠告だ。国を思う気持ちが少しでもあるのなら私の言葉に耳を傾けることだな。この国はこのまま行けば……あっさりと滅びるぞ」
「それは国の偉い人が決めることだな。たとえ腐っていようとも、民衆がまだ何も言っていないんだから体制は変えられない。それが王権ってもんだからな」
「……クズが」
「おー、口が悪い」
さっさと出てけ。
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