第63話 敵の一端

「ところで……あのグリモア、周囲を滅茶苦茶破壊している気がするんだが……よくあれで魔法騎士名乗ってるな?」

「……第5師団ですから」


 第5師団って魔法の言葉なの?


「そ、そんなことより、この状況を作り出した敵の話を!」

「敵……あぁ、暗殺者を向けてきた奴の話ね」

「敵は地竜すらも操っているとしたら……私たちが思うよりも強大な敵。国を裏から操るという言葉にも信憑性が増してきます」


 あ、信じられてなかったんだ。でも、事実としてエリッサ姫は地竜を操る暗殺者の姿を見てしまったんだから信じるしかないってことだな。


「エリッサ姫、君が思うよりも敵は強大だ。アイビーにも協力してもらって情報を集めているけど、敵は中々尻尾を見せない。俺たちは今、後手の状況に追い詰められているんだよ」

「アイビー……あの……もしかして、王城に侵入して──」

「このままだと敵に好き勝手にやられてしまう。その前になんとかしないと……」


 今、なんかちょっと口を滑らせた気がするけど、気のせいってことにしておこう。

 今日、エリッサ姫とデートに来たのは、アイビーからの監視の目がないからってのも理由の一つなんだ。何故ならば、アイビーは俺の依頼で王城に侵入してある人物の周辺を探ってもらっているからだ。まさかそのデート先で暗殺者に襲われるとは全く思わなかったが……敵もこちらのことをしっかりと認識していることだけは理解できた。


「エリッサ姫、君が狙われたのはもしかしたら……帝国に嫁がせるなんて話をする必要がないくらいに事が進んでいるからなのかもしれない」


 いや、どちらかと言えば……嫁がせるという話を出しながら暗殺するのが目的か。

 今、エリッサ姫は2人の王子に対して敵対している訳ではない。そうすれば当然ながらただの妹で王族な訳で、害する意味は強くない。精々、相手に勝った時に邪魔にならないから消しておくか程度だが……俺が雇われの暗殺者だったら絶対に頷かない依頼だ。ただし、帝国の皇子に嫁がせる話が正式に進んでいる状態で殺せれば……状況が変わってくる。


「君が死ぬことで帝国との仲を進めることができる。エリッサ姫が暗殺されてしまったから結婚の話はなくなってしまったが、こちらは王族を嫁がせようとするだけの意思があると見せるんだ」

「意思……見せたところで意味は」

「無いわけがない」


 エルグラント帝国とクーリア王国では状況が違いすぎる。


「結婚はできなくなってしまったが、皇子が次期皇帝になることをクーリア王国は全面的に支援することを示せる。立場は対等であると言葉で言っても、歴史的に見てエルグラント帝国よりもクーリア王国の方が立場は上だ。エルグラント帝国は必ず頷く……なにせエルグラント帝国は、西側諸国と停戦している訳じゃないんだからな」


 クーリア王国は隣国、クロスター王国との戦争に実質的に勝利している。だからと言ってはなんだが、クロスター王国は今後数十年はクーリア王国に強く出ることができない。しかし、エルグラント帝国は西側諸国との戦争が未だに小さな規模で続いている。もう百年以上続いているが……エルグラント帝国と西側諸国は引くに引けなくなっているんだ。

 戦争中のエルグラント帝国は、当然ながら西側諸国からの輸入なんてできる訳がない。そうするとエルグラント帝国はクーリア王国から物資を輸入しなければ立ち行かなくなってしまう。あそこはそういう島国だ。


「ようやく少し見えてきた……敵の狙いはクーリア王国を弱くすることではなく、ことだったんだ」

「つ、強く? 強くするために王族に反旗を翻すなんて……そんなことがあるの?」

「あるからこうなっている」


 てっきり俺はクーリア王国を滅ぼしたいとか、王家に復讐をしたいとかそっち方面だと思っていたが……敵の狙いはクーリア王国を強くすることだ。

 クーリア王国は歴史的に戦争が多い国だ。クロスター王国との戦争、エルグラント帝国と西側諸国への介入、そして数百年前までしていた魔族の国家との戦争。クーリア王国は戦争と共に発展してきた国だ。


「ここ最近、クーリア王国は戦争なんてしていない。それは前国王と現国王が穏健派だからって面もある。だからこそ、近年では軍縮の声が内部から上がっている」

「……やっぱり王城内に侵入してるわよね?」


 しかし、魔法騎士団によって強さを確立し、生き残り続けていたクーリア王国は軍縮しても生きていけるだろうか。恐らく、数十年は生きていけるだろう。しかし100年後は? 数百年後は?


「裏から操っている奴はこの国が弱くなっていくのが許せないのだろう。エルグラント帝国との関係を対等なものではなく、確実に下にすることで支配し、軍備が整えばなにかしらの理由をつけてクロスター王国へと進行する。そして将来的にはエルグラント帝国を起点として西側諸国と戦争をする」

「そんな戦争ばかりして……なんの得があるのよ!」


 悲しいことだが……戦争しなければ国家は発展しない。少なくとも、クーリア王国はそうすることでしか発展を経験してきていない。


「どれだけの血が流れようとも、こいつは止めようとしない。なにせこいつにあるのは復讐心ではなくだ。裏から国を操ることでこいつは自分の愛する国を世界で最も強い国にしようとしている」


 質が悪い。人間は正義の為ならばどこまでも残酷になることができるし、どれほどの犠牲を払っても愛国心の為ならば国民は納得する。人間は正義に酔いしれる時こそ、もっとも暴力的で全てのリミッターが外れる。

 戦争は悪であると人は言う。だが、国家の防衛は正義だ。ならば……防衛の為の先制攻撃は正義なのか悪なのか。正義は人の判断力を狂わせる……傍から聞けば矛盾しまくっている言葉でも、それが正義ならば国民は容易く流されていく。


「……最悪、魔法騎士団と全面的にやりあうことになるかもしれないな」

「それは……勝てない戦いではないの?」

「勝てない」


 俺やエレミヤがどれだけ強くても、1人の人間が戦える数はたかが知れている。一騎当千なんてものはまやかしに過ぎない。ましてや、向こうには師団長なんて化け物が複数人いるんだ……勝てる訳がない。


「ただし、真正面から戦ったら、だ」


 人が正義の為に酔いしれ、悪を討つのに暴走するというのならば……こちらからも正義をぶつけてやればいい。人は正義に酔いしれようとも、敵が悪ではなく正義だと分かれば躊躇う。そこを突き進めるのは……狂人だけだ。

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