第62話 鏖殺騎士

 俺が暗殺者を片付けても、当然ながら地竜とニーナの戦いは続いている。ニーナは積極的に建物を破壊しようとは考えていないが、地竜はそんなことお構いなしに攻撃している。攻撃と言っても……ブレスを吐いたり魔法を使ったりする訳でもなく、ただ純粋な質量による移動での攻撃だけだ。ただ……かなりの大きさと長さのある地竜が街中を移動するだけで、周囲の建物は簡単に破壊されていく。

 ニーナから手を出すなと言われているが……無理そうなら俺が倒すか。いや……王都でこれだけの騒ぎを起こしているのだから、すぐに魔法騎士団がやってくるだろう。ここは貴族の邸宅が建っているような場所ではないので、滅茶苦茶速く来るってことはないと思うが、王都内に竜種が出現したなんて大問題だから数分では来るだろうな。


「こんなところで竜に相まみえることになるとはな! その命、私が貰った!」


 少し様子を見るために近づいてきたら、超絶テンションが高いニーナの声が聞こえてきた。エリッサ姫だけ回収して少し離れるか……流石に暗殺者を追いかけるためとはいえ、災害のような破壊力を見せる地竜とそれに対して狂気とも言える笑みを浮かべながら戦う女の傍に置いていくのはやりすぎだったな。


「お待たせ、逃げるぞ」

「遅い!」

「文句言うな」


 地竜の突進によって崩落する建物から逃げていたエリッサ姫を再び横抱きにして、その場から離れた。


「なんで横抱きなのよ」

「いや、エリッサ姫は足が遅い……姫様だから」

「遅くないわ。貴方たちが速すぎるだけ」


 そんなことないよ。


「地竜はどうするの? このままだと王都の人たちにどれだけの被害が出るかわからないわ……貴方も私も戦わないと!」

「落ち着けエリッサ姫。これだけわかりやすい暴れ方をしていれば間違いなく魔法騎士団が飛んでくるだろう? ニーナが倒せなくても魔法騎士団が倒してくれる。この規模なら……間違いなく魔法騎士団の師団長が動くはずだ」


 魔法騎士団とはいえ竜種を相手にできる人間は少ないってことを、俺は課外訓練の時に学んだ。まぁ……数十人といれば赤竜ぐらいなら倒せるのかもしれないけど、鱗ではなく岩のような形をした甲殻を持つ地竜は厳しいだろう。硬度だけで言えば赤竜の鱗なんて話にならないかもしれない。


「この場所に一番近い魔法騎士団の詰所は?」

「……第5師団が」

「あー……」


 大丈夫かな、なんて俺とエリッサ姫の考えを肯定するように、遥か遠くから砲弾のようなものが飛んできて、周囲の建物ごと地竜を横から吹き飛ばした。


「おいおい!」


 爆風によって石畳が滅茶苦茶飛んでくるので、エリッサ姫に当たらないように飛んでくる破片を叩き落していく。なんで俺がこんなことしなくちゃいけないんだよ。


「なんで街中で砲撃なんてしてんだよ。しかも威力が半端なもんじゃなかったぞ」

「いえ、今のは砲撃ではなく……恐らく第5師団の突撃隊長『アリーナ』です」


 突撃隊長? 魔法騎士団にそんな物騒な隊とかあるのか……って思ったけど、第5師団って荒くれものが集まった野蛮な場所だったな。ならそんな頭が悪そうな隊もあるか。


「突撃隊長ね」

「……知らないのね。第5師団のアリーナと言えば、あらゆる場所に突っ込んでいき周囲の全てを破壊しながら敵を皆殺しにする……だから彼女は『鏖殺騎士』の二つ名で呼ばれているのよ」

「鏖殺騎士! なんか前に聞いたことある!」


 なんかクソ物騒な名前をした女性の魔法騎士がいるって聞いた!


「久しぶりに王都に襲撃があったと思ったら、クソみたいな弱小貴族の鎮圧中だった私の鬱憤を晴らさせろっ!」

「こいつは私の獲物だ! 邪魔をするな!」

「あぁ!? お前みたいなガキ冒険者が地竜なんざ倒せるかよ! さっさと家に帰って震えてなっ!」

「なんだと!?」


 あの……あれはいいの? エリッサ姫に目を向けても気まずそうに目を逸らされた。あんなのが魔法騎士としてそれないの地位にいるって本当なの? 王都の郊外に出てくる盗賊とかの方がもうちょっと理性あるんじゃない? それと張り合おうとしているニーナもおかしいんだけど。


「私も……情報としては知っていたけれど、実際に見るのは初めてなの。だから……その……」

「あぁ……うん」


 なんというか……大変だな。


「ガキが……どけっ! 爆砕の大刀アバドン!」


 遠目でちらりとしか見えなかったが、鏖殺騎士が虚空から大剣を引き抜いたように見える。つまり……あれが彼女のグリモアか。

 どう見ても身の丈以上ある大刀だ。アイビーも似たような大剣を使っているが、あっちは基本的にグリモアの影を主体に戦うから、振り回している姿はあんまり見たことないな。普段から影の中に隠しているみたいだし。しかし、鏖殺騎士は大刀そのものがグリモアなんだから、アイビーとは違って振り回したりするのだろうか。

 なんて……俺は魔法騎士のことを少し甘く見ていた。


「オラァッ!」


 自身の身の丈以上あるような大刀を軽々しく片手で振るい、突進してきた地竜の角に叩きこんでいた。


「はっ! でかい口叩いておいて斬れてないじゃないか! 私に任せろ!」

「死にたくなかったら引っ込んでなガキ!」


 全く効果がないように見えた一撃だが、地竜が旋回してもう一度鏖殺騎士に向かって突っ込もうとした瞬間に角が爆発した。


「あれは?」


 エリッサ姫に聞いても当然ながらわからない、と。まぁ……自分のグリモアを周囲の人間がみんな知っているとか、そんな状況の方がおかしいだろうからな。特に……鏖殺騎士なんて呼ばれている彼女は、基本的に見たことのある敵を全て殺しているだろうから。

 再び大刀を振り回して地竜の顎を叩き上げたところで、地竜の顎が爆発する。


「斬ったところが爆発する……いや、触れた部分が、か? しかも見た感じ自分の好きな時に爆発させられるのか?」


 単純だが強力なグリモアだろう……爆発の威力だけ見ても、それなりに離れた場所にいるこちらにまで爆風が届いてくるぐらいだ。どれだけ硬い甲殻で身を守ろうと、あんな爆発を何度も身体に叩きこまれたらひとたまりもないはずだ。だが……地竜はなにかに突き動かされるよう、鏖殺騎士とニーナに襲い掛かる。


「アタシに向かってくるってのか! いい度胸だ!」

「このっ! 私の獲物だ!」


 グリモアによる爆発によって地竜が再び怯んだ瞬間に、ニーナが思い切り双剣を地竜の首に叩きつけて無理やり甲殻を裂いた。

 多分……ニーナは自分があの鏖殺騎士と戦っても、絶対に勝てないことを理解しているのだろう。だから悔しさを紛らわせるためにあんなことをしている。


 俺も少し認識を改めなければならない。第5師団の突撃隊長がこれほどの力を持っているのならば……第5師団と第1師団の師団長は化け物だろうな。

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