第61話 地竜

 なんで状況把握してないのに建物を破壊しながら普通に参戦してくるのか……獣かよ。助かったと言えば助かったけど、別に俺だけでもなんとかなったんだが……いや、それより下でエリッサ姫の派閥とギャーギャーやってたのはどうなったのだろうか。


「テオが戦っていた敵だから殺したんだが、まずかったか?」

「別にダメな訳じゃないけど……これからはちゃんと状況を把握してからやってくれよ? 誤って貴族を殺したとかシャレにならないからな?」

「安心しろテオ。そこまで見境がなくなった覚えはない」


 本当か? 正直、俺が貴族に絡まれて一方的に攻撃されてたら、急に上から出てきてぶち殺しそうな感じだったけどな。


「それで? こいつは……表の人間ではなさそうだが?」

「さぁな……誰が雇ったのかも知らないけど、殺し屋って感じだろう。いや、雇われじゃなくてそういう風に育てられた人間かもしれないな」


 多分だが……裏で糸を引いている奴は雇った人間なんて信用しないだろう。金で動かせる人材で物事を動かすような奴なら、多分とっくの昔にことを起こしているはずだ。

 俺が以前に路地裏で出会ったローブの女は、明らかに自らの主である存在を神の如く崇拝していた。俺はてっきりカルト宗教みたいなものかと思っていたんだが……これはもしかしたら宗教じゃなくて、ただ自分の使い勝手がいいように洗脳しているだけなのかもしれない。そうだとしたら……この人間たちに生きてきた証なんて存在しないだろう。そんな証拠を残すほど、甘い相手ではない。


「殺していいのか?」

「……本当は生かして情報を抜き取りたいところだけど、多分喋りはしないだろうし、自決用のなにかを仕込んでいるはずだ。それを奪われても、舌を噛み切って死ぬような連中だろうな」

「そ、そんなことが……可能なの?」

「ありえるな。人間は、絶対な誰かに支配されていれば普通にそんな風になってしまうからな」


 お、ニーナにもなにかしら思い当たるようなことがあるのか、エリッサ姫の疑問に対して苦虫を嚙み潰したよう表情で肯定した。


「こいつが誰かに支配されている人間なのだとしたら、情報を聞き出そうってこと自体が無駄だ。直接脳内を覗き込むような魔法でもないとな」

「……古代魔法ならいざ知らず、現代の魔法じゃ無理だな」


 古代魔法なんてどうやって実現したんだよってぐらいの魔法がゴロゴロ存在しているからな。古文書とかに描かれているからって本当に実在した訳ではないって否定する人もいるが、世界の各地には現代の魔法では再現不可能と言われるぐらいの痕跡が残っていたりするんだ。

 脳内を直接読み取るなんて、そもそも脳のメカニズムもよくわかっていないのにできるものなんだろうか。まぁ、できないから拷問なんてものが存在しているんだが。あったら拷問なんてする必要すらないからな。


 それにしても敵は動かないな。俺とニーナを両方相手にするのが不可能であることを理解しているのだから、さっさと逃げ出してもおかしくはないと思うんだが……もしかして応援が来たりするのかな。


「ん? なんの音だ?」


 相手がなにか怪しい動きでも見せるのかと警戒していたのだが、ニーナがなにかの音を感知して地面に視線を向けた。しかし、俺とエリッサ姫にはなんの音も聞こえないので顔を合わせて首を傾げてしまった。


「なんの音も聞こえないが……どうした急に」

「いや、なにか……掘削するような音が」

「時間だ」


 急に喋ったと思ったら、おもむろに背中を見せて逃げ出した。仕方がないので追いかけようと思ったら、今度は俺とエリッサ姫にも聞こえるような爆発音……というより、建物全体を揺らすような振動で屋根に手をついた。


「なんだ!?」

「こ、この揺れはなに!?」

「まさか……敵か!」


 掘削するような音とか言ってたニーナが真っ先に敵だと疑って、屋根から飛び降りようとした瞬間に、建物を破壊しながら地面を突き破ってなにかが飛び出してきた。

 それを見た最初の感想は「でかい」だ。


「なんじゃこりゃ!?」

「地竜っ!? こんな海辺の王都に!?」


 地竜って言うらしいが、エリッサ姫の反応を見るに王都に出てくるものではないらしい。まぁ……こんなものがこの辺に出てくるって話があったら、多分王都なんてできていないよな。

 地竜と呼ばれているが……どう見てもちょっとかっこよくなったミミズ、あるいはごつくなった百足がいいところだろう。脚が大量にはえているわけではないが、竜と言われても納得できん。


「竜かっ! 面白い!」


 あ、ニーナの冒険者魂に火がついたらしい。

 竜に挑むことは、冒険者にとって誉であるらしい。その結果竜に殺されようが、冒険者たちの中では羨ましい死に方をした言われるのだとか……野蛮すぎないか?

 ニーナが俺が課外訓練で赤竜を殺したことを聞いて、羨ましいとずっと言ってたいたのでここは任せてもいいのだろうか。俺はこんなミミズのようなクソ長いモグラ野郎はどうでもよくて、暗殺者を追いかけたいんだが。


「テオ、手を出さないでくれ!」

「あ、じゃああっち追いかけてるわ。エリッサ姫はここに置いていくから」

「え? ちょ、ちょっと!」


 暗殺者を街中で追いかけるのは至難だと思うが……顔を見られないようにローブを着込んでいる人間を追いかけるのは楽勝だ。まぁ……顔を見ていないから途中でローブを脱ぎ捨てて人ごみに入られたら追いかけられないかもしれない。だが……ここから大通りまではそれなりに距離がある。その間までに……追いつく!


「逃がすか!」

「ちっ!?」


 大通りに逃げようとしたところを空中で掴んだので、地面に叩き落とした。1対1の戦いになれば負ける気など全くないので、ボコボコにするだけだ。

 親方から貰ったお弟子さんの試作品は初めて抜くが……軽い感じで俺の好みだ。速度で相手を圧倒する俺にとって、重厚感のある剣なんて必要ない。

 暗殺者は俺が剣を抜いたのを確認してから、距離を取るようにしてナイフを構えた。暗殺用のナイフしか持っていないから、接近されると不利だと思ったのだろうか。ナイフを持っていたら普通は懐に潜り込んだ方がいいと思うけどな。暗殺の仕方を教わっても、1対1で戦う方法は教わってないのかもしれないな。


 勝負は一瞬。俺が一歩踏み込んだのを見てからナイフを投げてきたので、それを避けて後ろに回り込んでから胸を貫いただけ。俺の動きに目がついてこれていなかったのは、ずっと見えていた。だからさっさと殺すならこれでいいと思っていた。

 何が起こっているのか理解できていないのか、少しだけ首を左右に動かしてから暗殺者は倒れた。

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