第60話 暗殺者

「さ、荷物は貰ったし今日は普通に帰りましょう……別にこのまま王都を散策してもいいけれど、貴方はあまり好きではないでしょう?」

「流石」


 俺のこと結構知ってますね、エリッサ姫。知らないなんて嘘だったんじゃないの? なんて冗談はおいておくとして……背後からつけていた生徒たちはいつの間にかいなくなって……いないけど、何故かニーナとエリッサ姫の派閥連中が喧嘩を始めて、エリクシラが必死に止めようとしていた。すまんエリクシラ……そのまま犠牲になってくれ。

 エリクシラが犠牲になってくれていることを確認してから、俺はハンドサインだけでエリッサ姫に内緒話をしようと言った。あんまり上手く伝わていないようだが……とりあえずついてきてくれたので良しとしよう。


「人の気配がない裏路地に連れ込んでなにがしたいのかしら?」

「国を裏から操ってるって話を──」


 しようと思ったのだが、虚空から突然現れたローブの人間がエリッサ姫を狙ってナイフを投げてきたので素手で弾いた。


「……お取込み中なんだが、後にしてもらってもいいか?」


 エリッサ姫からまさかのサプライズプレゼントを貰って頂点まで上がっていたテンションが、急激に下がっていく。なんて無粋な連中だ……せっかく今日は高いテンションを維持したまま眠れると思ったのに、なんでこうも空気が読めないのか。


「貴様は……処分対象ではない。どけ」

「テオドール・アンセム……俺の名前だ。処分対象じゃないのは間違いないのか?」


 俺の質問を無視して、今度は俺に向かってナイフを投げてきやがった。俺は処分対象じゃないとか言ってた癖に普通に攻撃してくるじゃねーかと思ったが、俺が掴んだナイフの先にはなにやら液体が塗りつけられていた。少しだけ鼻を近づけて匂いを嗅いだら、つんとした匂いと共に鼻の感覚がおかしくなった。


「麻痺薬とか?」

「眠っていろ」

「これ麻酔か! 匂いだけで神経にくる麻酔とか、多分殺傷目的以外で使っちゃだめだと思うぞ!」


 そんな強力麻酔を生身で受けたら普通に死ぬわ!


「ちょっと失礼!」

「キャっ!?」

「少し我慢しててくれよ!」


 敵の狙いは明らかにエリッサ姫なので、状況を上手く理解できていない彼女を横抱きにして屋根の上に向かって跳躍する。人通りがなくて迷路のような複雑な構造をしている裏路地で、ああいったアサシンと相対するのは完璧不利。ここは逃げの一手だ。

 真正面から戦っても別に負ける気はないが……周囲の建物を壊さずにエリッサ姫を守りながら暗殺者と戦えってのは中々に厳しい。屋根を走っていると、後詰の為にいたのであろう他の暗殺者たちが飛び出してきた。全員がローブ姿で顔も見えないが……これが以前に王都の裏路地で出会ったカルト宗教の信者と同じ所属の人間であることはわかる。


「なぁ、この状態から相手にだけ当てられる魔法とかない?」

「そんな便利な魔法なありません!」

「だよね」


 仕方ない……この状態でなんとかするか。

 最初に襲い掛かってきたのがこの集団の中でリーダー的な役割なのか、他の連中よりも一歩下がっている。なら俺がするのは、あいつを生かしたまま捕らえて洗いざらい話してもらうことだ。つまり……他の連中はいらない。


「少し荒っぽくなるぞ」

「の、望むところよ!」


 エリッサ姫を横抱きにしたままだからできることは限られるし、本気で走る訳にもいかないが敵の総数はリーダーを除いて6人……なんとかなる。

 先走って一番前に出てきた奴が投げ来たナイフを、足で蹴って1人の身体に突き刺す。あれだけ強力な麻酔だ……たとえ暗殺者として麻酔に対する耐性を強めていても全く効果がないなんてことはないはずだ。ついで、俺の動きを見て近づいてきた奴の首を両足を挟んでへし折る。これで残り4人。


「一斉にかかれ」

「姫」

「本当にやるのね? わかったわよ!」


 リーダーの指示通りに4人が同時に襲い掛かってきたが、俺が横抱きにしているエリッサ姫がそれよりも先に魔法を放った。

 エリッサ姫が発動した魔法は相手の魔力を感知してそれなりの精度追尾するミサイルのような魔法。効果のわりには初歩的で使いやすい魔法だが、追尾性能はそれなりなのでこんな暗殺者どもにはまず当たらない。しかし……統制された動きには当然ながら乱れが生じる。


「悪いが……俺は勝てればそれでいいって主義でな。卑怯とは言ってくれるなよ」


 靴の裏に仕込んであった風魔法の魔法陣を起動して、追尾魔法から逃れようとした奴の首を切り落とす。


「そ、そんなことができるの?」

「便利だよ。使い捨てだから後でまた魔法陣を書き直さないといけないけど」


 だが、暗器としてはこれほど厄介なものもないはずだ。事実、今の俺の魔法を見て暗殺者は迂闊に間合いを詰められなくなった。靴の魔法は使い捨てだと言ったが、俺が使用したのは右足の靴だけだ。もしかしたら左足にも仕込んでいるかもしれない……いや、それ以外の部位にも強力なものを仕込んでいるかも。疑心暗鬼に陥った人間の思考ほど、誘導しやすいものはない。

 俺が左足を振り上げたら、暗殺者は俺の魔法を警戒して飛び退いた。


「はぁ!」


 しかし、魔法を放ったのはエリッサ姫。指から放たれて魔法は固められた魔力が高速で直線に飛び、物体を貫通する魔法。銃弾みたいなものだが、流石に銃弾ほどの速度はない。普通の魔法騎士なら見てから回避もできるだろうが、俺の魔法を警戒して飛んだ暗殺者にそれを避ける術などない。


「残り2人……ん?」


 ここまで数を減らせれば真正面から戦っても勝てそうだと思ったが、下から爆発音が鳴り響いた。

 暗殺者たちと同時に、俺とエリッサ姫もその爆発音に意識を持っていかれたが、すぐさまその原因を把握できた俺は誰よりも立ち直るのが早かった。一番近くにいた暗殺者に首に対してナイフを投げ、相手がそれを慌てて弾いたのでナイフに刻んだ魔方陣を発動させて人体ごと爆破した。

 俺が魔法を発動させて爆発するのと同じタイミングで、下から爆発音と共に上がってきた暴力装置ニーナは、即座に状況を把握してリーダーではない方の暗殺者の首をねじ切った。どんな握力してんだよ。


「さて……これでお前だけだ」

「で、どういう状況だテオ?」


 あ、状況把握してなかったわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る