第59話 誰だって嬉しいものは嬉しい

「誤魔化されたと思っているのなら大間違いよ。ちゃんと全部話してもらうまで聞きますから」

「えぇ……」


 全部誤魔化したと思ったのに、数日後に再びエリッサ姫に問い詰められていた。ここが学園内だったらさっさと誤魔化して逃げられるんだが……何故か俺はエリッサ姫と共に王都内をデート中なので逃げることも無理そうだ。

 背後の柱の陰からこっそりとこちらの様子を窺っているエリッサ姫の派閥にいる人間と、反対の背後の建物の陰にはエリクシラとニーナの姿も見える。どっちも隠れてるつもりらしいけど……普通にバレバレだからな。俺にバレずに尾行するならアイビーみたいに影にでも潜んで来い。


「……さっきから視線を感じるような」

「気のせいじゃないか? ほら、お姫様だから目立つんだよ!」

「そ、そうかしら……私服だからバレてないと思うけど」

「いやいや、エリッサ姫の高貴で美しい雰囲気は服装を変えたぐらいでは誤魔化せない……ですよ」

「あ、ありが、とう……貴方に褒められるのも、案外嬉しいわ」


 流石にバレてると知ったら派閥の人たちがかわいそうなので誤魔化しておこう。

 実際、エリッサ姫は制服から着替えて庶民っぽい服装に変えただけでバレていないと思っているが、街を歩く周囲の人たちからは何度も振り返られているのを見ると、普通にバレているけどみんな口には出さないでくれているんだろう。もしかして……以前からそうやって街に出かけたりしているのだろうか。


「それで、国の裏から──」

「わーっ!? こんな街中でそんな話するとか正気か!?」

「っ!? ごめんなさい」


 流石に理解してもらえたか……そんな話を白昼堂々と喋っていたら裏から消されるよ。


「それで? なんでこんな街中まで出てきたのか聞いてもいい……ですか?」

「恋人ってことにしていいから別に無理して丁寧な言葉なんて使わなくていいわ」


 おぉ……まぁ、丁寧って言っても最低限以下だと俺は思うけど……それでも偽装恋人として歩いているとそういうこともできるのか。何回も言うけど、偽装でも恋人になったつもりなんて一切ないけど。


「ちょっと商会まで受け取りにいかなければいけない荷物があったのと……貴方と会って喋りたかったからよ」

「俺と?」

「そう……貴方のこと、私は何にも知らないもの」


 そりゃあ……そうだろう。よくわからないエリッサ姫の眼力で俺がグリモアを使えることしか、まともな秘密なんて喋ってないからな。でも、別にエリッサ姫になにかしらの秘密を教えるメリットなんて俺にはないから……別に話すつもりもないんだけど。


「貴方、母親は?」

「……農業やってる」

「郊外住みってことかしら? 一般的な話ね……父親は?」

「一応、魔法騎士やってる」

「本当なの? それは結構……優秀じゃない」


 俺としては普通に下っ端団員やってるってイメージなんだけど、確かにこの国だと魔法騎士団に所属しているだけでとんでもないエリートって感じだよな。言うなれば、残業まみれじゃないホワイト霞ヶ関、中央省庁職員みたいな。


「ん? なら余計に疑問なのだけれど……なんで魔法騎士の父親を持ちながら魔法騎士に一切の憧れがないのかしら。普通は父親の職業に興味を持ったりとするものじゃないかしら」

「普通はね。俺は普通じゃないの」


 普通じゃないって自分で言うと、ものすごくイタイ奴みたいな感じするけど、生まれた時から自意識がはっきりしてる人間が普通だったら怖いから普通じゃないで正解だと思う。

 まぁ……普通じゃないと一言で表すと簡単なもんだが……時間外労働と休日の少なさを子供のころから目の当たりにしていたら普通に成りたくないなーと思うだろ?


「将来的には母さんの農業継ぐのもありかなー」

「……序列10位の農業志望」

「うるせー」


 魔法騎士科じゃないと授業料が無料にならなかったんだから仕方ないだろ。そもそも授業料無料なんて話が俺にきてなかったら、クロノス魔法騎士学園になんて入学してないわ。


「まぁ……貴族でもない貴方の進路は、自分で決めればいいものね」

「嫌味か? 姫様もそんな皮肉が言えるようになるぐらいには成長してくれてうれしい限りです」

「純粋にちょっと羨ましいなって思っただけだったのだけれど……捻くれてるわね」

「そりゃあもう……最近は心労がかかるような物事ばかりで」

「わからなくもないけど……貴方、本当に庶民なの?」


 俺は一応そのつもりだよ。でも、全部無関心に生きていけるだけのドライさも俺にはなかったってことだな、くそったれ。


「あ、ここよ」


 結局俺しか自己紹介してなくないか? 今度ちゃんとエリッサ姫の自己紹介聞かないと納得できませんねぇこれは。

 エリッサ姫が指を差した方へと視線を向けると、こじんまりとした建物に『バララ商会』と書かれた看板が掲げられていた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 王族が受け取るものがある商会なんて言うから、てっきり滅茶苦茶でかいギラギラした建物とばかり思っていたんだが……もしかして、第2王女だから結構質素な生活を送っているとかなんだろうか。でも、国王はかなりエリッサ姫のことを可愛がっているっていうからそんなことはないと思うけど……怪しくない? もしかして悪質商法にでも騙されてるのか?


「あら、エリッサ様!」

「預かってもらっている荷物なのだけれど」

「はい、勿論丁寧に保管してありますよ」


 バララ商会の建物に入ったエリッサ姫に対して、商会の受付の人間は笑みを浮かべながら普通の対応をしていた。今の対応から見て、エリッサ姫は普段からこの商会を使っているのだろう。初見でたまたまこの商会を使っているだけだったら、店の人間がこんな軽い反応になるわけがない。


「はい、こちらですね」

「ありがとう……テオドール」

「ん? 俺関係あったの?」

「あるわよ」


 へー。


「これは?」

「……貴方に、贈り物としてあげようと思ったのよ」


 マジ? エリッサ姫が俺に?


「なんで?」

「色々と相談に乗ってもらっているし、大変な目にも遭わせてしまってばかりじゃない。だからせめて感謝の証として……それに、貴方はこういう明確な報酬があった方が嬉しいでしょう?」

「そりゃあ誰だってそうでしょうよ」


 形的に中身は本かな? 貴重な魔導書とかだったら嬉しいなぁ……いやぁ、エリッサ姫の味方をしておいてよかったぜ!


「露骨に嬉しがってるいるわね……現金な男」


 人生ってそういうものだよ。

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