第57話 姫様を利用しよう

 先日、エレミヤがしていた内戦を企んでいる人間がいるという話……実に興味深い話ではある。俺は絶対に巻き込まれたくはないが、単純に王国が滅びるって話だけでみると面白い話じゃないか?

 俺が前世で生きていた頃には大きな戦争なんてなかったし、興味本位でしかないが国が滅びるほどの戦争というものには知的好奇心が疼く。興味があるだけで自分が巻き込まれるのはごめんだが。

 滅びそうとは言え……クーリア王国が泥船ならまだしも、体制だけでみるとそこまで脆そうな船ってわけではないので、沈む原因を見つけて秘密裏に始末したほうが、安心した人生を送れるってのは確かだと思う。


「人間は安心を求めて生きている生物だと俺は思う訳だ。安心の対極に位置するのが恐怖なのだとしたら、人間は恐怖を克服するために生きている……権力者が不老不死に拘ったりするのは、人間にとって最も強い原始的な恐怖が『死』にあるからだと俺は考える。その辺は『死の翼サリエル』なんてグリモアを持っているお前に言ったら、失礼かもしれないけど」

「そうですか? 私としては今の話、他人事だったんですけど」


 なんでだよ……そもそも、お前がいなかったら俺は1人でよくわからない哲学を喋っているだけの変人だろうが。アイビーがいるかどうかなんて知らずに適当に喋ったんだぞ……いたけど。


「それで? エレミヤの話はどう思った?」

「私は聞いてませんよ」

「言い訳はいいから」

「いえ、本当に聞いてません。だって私のグリモアよりも彼のグリモアの方が格上ですから」


 グリモアに格上とかそんな概念存在したんだ。


「本当に聞いてないならいいや……前に頼んだ通り、帝国の方を頼む」

「いいですけど……人のことを怪しいとか散々言っていたくせに、一番怪しいことをしているのは貴方ですよね」


 ほっとけ。



 学園内には比較的大人数の魔法騎士が警備の為に歩き回っていた。まぁ、あのカルト宗教テロ事件からそんなに時間経ってないしな……でも人手の無駄遣いだと思う。

 あのテロ集団は人柱のように使われた訳だが、わざわざ王都からそれなりに離れているこの学園を襲撃させたのは、学生の戦力を見極めるため……だったと俺は勝手に考えている。もしかしたら、誰にも知られていない秘密のなにかがこの学園に隠されていたのかもしれないが……多分そんなことはないだろうからな。


「テオドール、ちょっといいかしら」

「……エリッサ姫?」


 なんだろうか……また恋人ごっこの話か?


「最近……お兄様たちの仲が急激に悪くなったの」

「第1王子と第2王子のこと?」

「そうよ……以前から別に仲が良かったわけじゃないけれど……最近では顔を合わせるだけで一触即発の雰囲気で、私にまで流れ弾が飛んできたのよ?」

「その流れ弾、内容を当てて見せよう……魔法騎士なんて目指してないでさっさと結婚でもしろ、かな?」

「違うわよ。そんな酷いことを私に言うのは貴方くらいよ」


 あれ? 全然違うらしい……てっきり、どちらかの王子にそんなことを言われて嫌な気持ちになったーぐらいだと思ってたのに……なんだろう。


「学生の身分で遊んでいるお前は政治に首を突っ込むなって言われたのよ……テオドールに言われてから、自分がどれだけ馬鹿で夢見がちなお姫様だったのかは自覚したつもりだったけど……まさかお兄様たちにも思われていたなんて」

「あー……うん。今は政治に首突っ込まない方がいいよ」

「この間、私に王女の自覚を持てって言ったじゃない」


 こいつ0か100しかないのか? だから猪突猛進とか言われるんだよ。


「いいか? 最近王子たちの仲が悪くなったのは、次期国王の座を巡ってのことだ。現国王がなにかしらの事情で亡くなった時に、その王座を継ぐのは誰だ? 明確に決まっているわけではないだろう?」

「……そうね。元々はアルディーニお兄様が継ぐって話だったけれど、お父様は先に生まれたからという理由だけでは継がせられないと言っていたわ」


 まぁ、兄弟喧嘩の原因にはなるが、王様の言っていることは最もだ。歴史上賢王と呼ばれた人間の実の子供は大体無能だし、賢王と呼ばれた人間の養子は大体賢王なんだ。血筋で継がせるとあんまりいいことが起きないってことだが……だからと言って実の長男を冷遇するってのも難しいだろう。結果として、今みたいな喧嘩が起きる。


「でも、お父様はまだまだ現役だし……継ぐとかって話はまだ10年以上も後のことじゃないかしら?」

「普通に考えれば、ね。でもその王座がどうしても欲しい人間がいたら?」

「……お父様を、殺すわ」


 王族という血族には暗殺がついて離れない。権力を狙う者、遺恨を持つ者、金で雇われた者、頭のイカレた者……国王ともなれば狙ってくる相手は多すぎるぐらいだ。


「今は結構危ない時期なんだ。王位継承権が王族の中で最も低いからまだ狙われていないけど、ここで存在感を出しすぎるとエリッサ姫はすぐにでも殺されるか、他国に嫁がされる」

「……それって、じゃあそもそも帝国との縁談が話として上がったのは」

「君が王位継承権を持っているからだ。これはそういう話なんだよ」


 だからと言って、今まで通り無能を演じているのは駄目だ。存在感を出しすぎれば邪魔ものだと判断されて消されるが、何もできない無能だと思われてしまうと骨の髄までしゃぶり尽くされて不正の濡れ衣でも着せられて島流しにでもされる。


「権力闘争はいつだって薄い氷の上を歩くようなものだ……慎重に、確実に自分が歩ける場所だけを選択し続けるんだ……俺だって別に権力闘争に慣れているわけじゃないけど、確実に言えることは選択肢を間違えれば……エリッサ姫に明るい未来なんて一切来ない」

「む、難しいわね……」


 だが、逆に言えばエリッサ姫が絶妙なバランス感覚で踏みとどまれば……国を裏から操ろうとしている人間の計画を遅らせることができる。相手が狙っているのは第1王子と第2王子の共倒れで、王位継承権の争いを有耶無耶にすることだ。


「この間、俺は君に王族としての自覚を持てと言った。この国の為に自分の人生をかかけて嫁ぎでもしろと……だが、今は君の命をかけてこの国に残るんだ。それが裏から国を操ろうとする人間を倒す手がかりになる」

「国を裏から操ろうとする? ちょっと待って……そんな話がどこから出てきたの?」


 あ、やべ……この話はまだエリッサ姫にはしてないんだった。

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