第51話 1年生最強

 それにしても、エレミヤの剣術は美しいとしか表すことができない。もはや芸術の域だろう。俺は戦闘に特化した効率的な戦い方をするニーナのような剣術も好きだが、芸術作品のような美しさを感じさせるエレミヤの剣術がやはり好きだ。なにより、ただ型に嵌まった攻撃を繰り出すだけではなく、細かな変化をつけることで敵に行動を悟らせないその技術に感心させられる。


「見た感じ、エレミヤの剣術の型は15ぐらいの基礎的な動きがあるみたいだな。その中から取捨選択していき、その場で最も有効な型を繰り出していく……が、エレミヤは型の終了時点から15の型をどれでも出せるみたいだな」

「そ、それって……なにが出てくるのか15分の1で予測しなくちゃいけないんですか?」

「剣術はそんなに単純な物じゃない。あくまで15の基礎的な動きがあるだけで、エレミヤは当然のように変化を加えて相手に次の動きを予測させないようにしている」


 戦闘中にそんな細かなことばかり考えているなんて、俺だったら頭が痛くなりそうなんだが……エレミヤはそれをやっていても特に問題ないんだから凄いな。


「彼ははまだ本気じゃない。テオドール、貴方もそれはわかっているはず」

「勿論だ。そもそもエレミヤの型は王国流片手魔法剣術……剣術の合間に魔法を挟み込むのが基本の動きだ」

「だが魔法は使っていない。つまり、エレミヤ・フリスベルグは……」

「だから、まだ本気じゃないって言ってんだ」


 そもそも王国流片手魔法剣術の始祖は、初代魔法騎士団団長アルフレッド・ビフランス。彼が大戦中に生み出したものだとされている。

 この大戦ってのが……人類ととの戦争なんだが……国家同士の戦争と違い、互いの種族の存亡をかけた戦争なだけあって数百年間も泥沼状態で続いていたらしい。戦いにルールはなく、出会えばどちらかが死ぬまで続ける……そんな血みどろの戦場で生まれた剣術は当然、相手を殺すことに特化している。

 王国流片手魔法剣術の最も優れた部分は、剣での戦闘中に隙を見せずに魔法を挟み込めることができる点にある。剣での打ち合いの最中に、魔法で不意をつけば必ず敵が殺せる……そういう思想の元に設計されている剣術なんだ。


 エレミヤの扱う片手魔法剣術は、大戦中ではなく戦後に派生した刺突剣や細剣に特化した型だ。戦後に生まれただけあり、殺傷そのものを目的として作られている訳ではないが、それでも根本にあるのは大戦での殺人剣……当然ながらその痕跡は見える。


「エレミヤ・フリスベルグが魔法を使ったら、アッシュはすぐに負けると……テオが予想しているのか?」

「いや、すぐには負けないんじゃないか? 柔剣術使いとは言え、アッシュだって魔法は普通に使える」

「そうか……」


 そう言えば、ニーナは魔法がクソ苦手だったな。多分、ニーナとアッシュの決闘では、単純に柔剣術だけで受け流したいと考えるアッシュが魔法を使っていなかったんだろう。


 アッシュの扱う柔剣術は、ガーンディ前男爵が魔獣狩りの最中に生み出した剣術だったのだろう。アッシュは相手の剣術を受け流すことに使用しているが、あれは本来魔獣の体格を活かした攻撃に対してカウンターとなるように作り出した剣術。相手の攻撃が重ければ重いほど、その重さを利用して返す剣術だが……そうなると当然、人間の剣術相手には不利にしかならない。だから、アッシュはそれを改良して対人間用の動きを完成させ。まだ……柔剣術は、未完成なんだと思う。

 エレミヤは数度の打ち合いで、恐らく理解している。だからわざと魔法を使わずにその剣術が完成されていくのを見ているんだ。


「……やっぱりあいつ、変態だわ」


 他人が強くなっていくのを観察して興奮している男とか、普通に考えて変態だと思う。しかも、一番嫌なのが……この戦いを見ていてそのことまで考えが回っているのが俺だけだろうという事実。

 俺は別にエリッサ姫のライバルでも、エレミヤのライバルでもねぇ。


「ちょっと羨ましいな……私も強敵と戦えたらどれだけ楽しいか」

「エレミヤに決闘挑んでみたら? 普通に受けてくれるでしょ」

「私の中で最も強いと思った男はお前だ、テオ」


 そりゃあ知らんわ。

 それにしても……あの2人いつまでやってんだ。教官も既に目がついていっていないのか、困惑した表情で2人の攻防を見守ってるぞ。


 エレミヤはアッシュの剣術が完成するのことを望んでいると言ったが、別に手加減している訳ではないようだ。魔法を使っていないので本気は出していないが、魔法以外の全ては本気のように見える。ならアッシュはさっさと負けそうなもんだが……先ほどから致命的な部分だけを受け流している。あれが直撃したら負けるな、とか……あれが当たったら立てないだろうな、みたいな攻撃を的確に受け流しているんだ。極限状態での集中力なのか、俺が前に手合わせした時とは比べものにならない動きだ。

 それは横にいるアイビーとヒラルダにも伝わっているのか、最初はエレミヤの動きだけを観察していた2人の視線は、次第にアッシュにも注がれるようになった。


「エレミヤが……笑った?」


 それでも圧倒的に押しているのはエレミヤなんだが……激しい攻防の中でエレミヤが笑った。それはいつもの優男風の優しい微笑みではなく……好敵手を発見したと言わんばかりの好戦的な笑みだった。

 その笑みを浮かべた次の瞬間に、エレミヤの動きが変わった。15の型の中に無かった剣術の繰り出されて、それに対応できなかったアッシュの剣が弾かれて喉元に刺突剣が突き付けられた。


「僕の勝ち、だね」

「……完敗だな」


 俺はこっそりとアイビーとヒラルダの方へと視線を向けたが、2人は特になにも思っていないらしい。だが……俺の目にはしっかりと今までの型に存在しなかった一撃が映っていた。


「そこまで、勝者はエレミヤ・フリスベルグ。序列の変動はなしだ」


 教官の言葉を聞いて、エリクシラが大きな息を吐いた。まぁ、確かに息つく暇もない戦いではあったが……お前が疲れてどうするんだ。


「わかりきった結果だったけれど、予想以上にアッシュ・ガーンディは強かった」

「そうですね……私が想像しているよりも強かったですね、アッシュさん」


 やはり、2人も気が付いていない。あの最後の動きはなんだろう……と考えていたら、エレミヤと視線が合った。数秒間見つめ合ってから、エレミヤはなにかに気が付いたのような顔をしてから微笑んだ。

 あれに関しては……内緒って訳ね。

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