第50話 柔剣術と刺突剣

 訓練場を貸切ることができたので、エレミヤとアッシュの戦いは静かな場所で堂々とできることになった。訓練場なら、観戦の為に俺たちが遠巻きに見ることができるスペースも充分にあるし良いと思う。そもそも俺が最初は観戦する気が無かったってことを置いておけば、完璧だろう。


「なぁ……結果も見えてるのに俺が見る必要ある?」

「団体行動ぐらいしてください。魔法騎士になったら団体行動が基本ですよ?」

「それは授業中にいくらでも練習できるじゃん。これは個人的な話だろ?」


 魔法騎士団に入団したからってプライベートまでなくなるなんてことはないんだから、別にこの決闘だって眺める必要はない訳じゃん?


「そんでなんでしれっとヒラルダは平然と俺たちと一緒に観戦する構えなの?」

「エレミヤ・フリスベルグの対策を講じるために、彼が決闘する時は必ず見に来ているから」


 ストーカーでは?


「付きまといなんかの行為は普通に魔法騎士に捕まりますよ?」

「ん? 別に普通だと思うが……学園の女子生徒はよくエレミヤのことを追いかけているだろう?」

「あれはまぁ……うん」


 ファンクラブみたいなもんだから。


「いつでも大丈夫だよ……って言っても、君は受け身の剣術だったね」

「そうだな。自分で攻撃する方法も勿論あるが、今日はエレミヤ・フリスベルグ……君の剣術をしっかりと確認したい」

「うん。いいよ」


 それにしても……エレミヤは余裕があるよな。自分の手の内を晒したところでなんの問題もないと思っているのか、それともそれこそが高位貴族としての役目と考えているのか。多分どっちもだよな。


「えー……序列1位エレミヤ・フリスベルグと序列33位アッシュ・ガーンディの決闘を始める。互いに求める条件は無しとのことだが……規定により、アッシュ・ガーンディが勝利した場合には序列が変動するものとする」


 エレミヤがそこら辺にいた教官をつかまえてきて、立会人にしてたけど……あの教官の表情はまたかって感じのものだったから、多分エレミヤはいつもあんな感じで適当な教官を立会人にしてるんだろうな。


「では、始め!」


 教官の号令と共に、エレミヤがレイピアを抜いて一瞬で間合いを詰めてアッシュに向かって突きを一撃。これで勝負がつくんじゃないかなと思っていたが、アッシュは反射的に剣を持っていない左手で突きを受け流した。


「……今のは凄いな。魔力を左手に集中させて硬度を上昇させて受け流したのか」

「ガーンディ男爵家の柔剣術……噂には聞いていたけれど、あの鋭い突きを素手でいなすとは思わなかった」

「私と戦っていた時も素手でいなされたことはなかった」


 タイミング的には、素手でしかいなせなかったんだろうな。それだけ、アッシュが脳内で想像していたエレミヤの速度よりも、実物のエレミヤは遥かに速かったんだろう。


「今の一撃でわかった。君は……序列1位に相応しい男だとな」

「そうかい? まだ始まったばかりだろう?」

「ふっ……これが序列1位か」


 アッシュは今の一瞬だけで彼我の差を理解しているようだった。まだ柔剣術をまともに見せていないし、エレミヤの魔法剣術だってまともに見えていないのに……それだけアッシュの状況判断能力が高いと言うことなのだろうか。


「人間にはどうしても必ず癖というものが生まれる。呼吸をする時、瞬きをする時、攻撃する時、防御する時……俺の柔剣術はそのあらゆる行動を分析することで受け流す技術。俺の前ではあらゆる事象は受け流され、返しにその威力を乗せて反撃とする」

「うん。素晴らしい技術だと思う……流石は剣一本で貴族にまで成り上がったガーンディ男爵家の当主だ」

「だが……当然ながら人間には反応できる限界の速度がある。いや、意識が反応できたとしても身体が追い付くにも限界速度がある。俺の柔剣術の限界はそこだ」


 まぁ、考えてみれば当然なのだが、柔剣術で受け流すには相手の攻撃よりもアッシュが先に行動する必要がある。そうしなければ受け流すことなんてできないし、反撃する意味もない。ガーンディ男爵家の柔剣術によるカウンターは受け流した相手の攻撃の勢いをそのまま上乗せして返す。攻撃を受け流さずに先出しする柔剣術は、ただの斬撃だ。

 あの一瞬で、アッシュはエレミヤの本気を受け流すことが自分にはできないことを悟った。それはつまり……ガーンディ男爵家の柔剣術が一切通用しないことを意味する。


「だが、この限界は! 俺はこれからもっと成長し……必ず君の剣を受け流して反撃する!」

「……いいね。君のこと、気に入りそうだ」


 負けを認めながらも不屈の闘志を見せるアッシュを前にして、エレミヤの雰囲気が変わった。さっきまでの優男風の雰囲気は霧散し、残ったのはクロノス魔法騎士学園1年生最強としての風格のプレッシャーだけ。外側から観察しているだけの俺たちにも、その圧力の一端が伝わってくる。

 エレミヤの発する圧量に、ニーナは震えながら笑い、アイビーは胡散臭い笑顔を消して真顔に、エリクシラは身体を震わせながら小さくなり、ヒラルダは不機嫌そうな顔をしていた。


「来い!」


 力強いアッシュの言葉と同時に、エレミヤは踏み込んだ。


「見えないですよっ!?」

「凄まじい連撃なことしかわからん……これが序列1位か!」


 エレミヤの苛烈な連撃は、俺が授業中に何度も見せてもらった魔法剣術の型とはまるで違う。根本は同じだが、突きに特化した王国流魔法剣術……刺突剣専用の型って感じの動きだ。


「凄いな……初めてエレミヤの本気を見るが、あれだけの本気を出しながらアッシュの人体急所を狙わないように攻撃している」

「腹が立つぐらいに強いでしょう?」


 何度も戦った仲なんだろうが……ヒラルダはエレミヤが本気を出した瞬間に目つきが変わったな。恐らく……ヒラルダもアッシュと同様に、エレミヤを本気で下したいと思っている人間なんだろう。


「見えるんですか!?」

「見えるよ。なにも言ってないけどアイビーも見えてるぞ」

「ふふ」

「なんでそこで笑うんですか……」


 ニーナもぼんやりとしか見えていないらしいが、アイビーとヒラルダ、それと俺にははっきりとエレミヤの連撃が見えている。


「魔法は使用していないが、ただ闇雲に連撃を放つだけではなく、絶妙に攻撃の間に大きな隙を作ることでアッシュが受け流すことを防いでいる。ただ型に沿った攻撃って訳じゃなくて、アッシュの柔剣術まで計算に入れた細かな戦い方だ」


 針に糸を通すような細かな剣術だな。まぁ……どうやらエレミヤのレイピアは特注品らしく、通常のレイピアよりも更に細い。下手な人間が扱えばすぐに折れてしまいそうだが……そんな繊細な武器で平然と連撃を繰り出すとは、末恐ろしい奴だ。


「……そこまで細かくは見えないんですけどね」

「そうね……テオドール・アンセム、やはり貴方が只者じゃない」


 あれ? みんな見えてるってさっき言ったじゃん! 急に梯子外さないでよ!

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