第45話 気の抜ける授業中

「巻き込まれたの最悪……宰相が黒幕でさっさと左遷されるらしいけど早くない? 裁判とかまともにやってないの?」

「さぁ?」

「国の宰相ともあろうものが国に対して裏切り行為を働くとは……断じて許すことができないな」

「次の宰相は誰がやるんだろうか……フローディル内務卿とか、やってくれないかなぁ」

「フローディル内務卿なら信頼できるんだけど」


 おーおー……学園内でも色んな話が飛び交ってるな。

 首謀者であるアルブレヒト宰相が捕まったことで、事件は一気に沈静化して、今日からまた授業始まった訳だが……当然ながらあんな事件があった後だと誰も集中してない。まぁ、前で授業している教師ですら動きがぎこちないんだから、特に注意されることもないが……それにしても、インターネットがある訳でもないのよくもまぁ色々な噂が簡単に広がるものだ。


「……まさか宰相が首謀者だったとはな。テオドール、君も聞いたか?」

「え? あぁ……うん……ちょっとした伝手でな」

「伝手? 噂になっているだろう」


 やべ、俺もちょっと気もそぞろだな。アッシュにちょっと疑われちゃった。


「まぁ、王国としての損失が大きいかもしれないが……こう言ってはなんだが、アルブレヒト宰相は血筋だけで公爵と宰相の立場を持っていた人だから。内政の面で言えばなんの問題もないかもしれん」


 ひっでぇ言われよう。本当のことなんだろうけど、仮にも国の宰相で公爵な筈なんだけどな……成り上がりの新興男爵にすらこんなこと言われているようでは話にならないだろ。


「それにしても……内務卿は今回の事件を受けて、国の軍事力を強化するべきだと国王様に進言したらしい。確かに今回の件は、王都内の治安維持を魔法騎士団に頼り切っていたからこその出来事だが……少し性急な気がする」

「軍事力を強化、ね……そんなことをして周辺諸国との関係が悪化しなければいいけど」

「悪化はしないでしょう。その為に、外務卿と第2王子を隣国のエルグラントに向かわせたんですから」


 急に横から入ってきたアイビーに、アッシュがびっくりしている。この女、グリモアのせいなのか知らないけど普段も神出鬼没だからな。びっくりするのもわかる。

 なんでアイビーが外務卿と第2王子が隣国に向かっていることを知ってるのかは無視するが、外務卿が隣国に赴いているってのは、結構重要な情報だと思う。


 エルグラント帝国と言えば、海を挟んだ西側の島にある帝国で、国土はクーリア王国の半分以下しかない島国だが、軍事力だけで見るとクーリア王国に匹敵、もしくは超えているのではないかと呼ばれている帝国だ。

 昔、エルグラントは更に西側にある大陸の国々に植民地のように支配されていたのを、クーリア王国が独立の手助けをしたことがあるらしい。それ以来、エルグラントが帝国になろうとも、有効な関係を築いているのだとか。数十年前に地続きで東側の隣国であるクロスター王国と戦争をしていた時には、エルグラントからかなりの支援をしてもらっていたから、クーリア王国もエルグラント帝国のことを対等な相手として見ている。


「今回の事件がどのような意図で起こされたのか、そこが大切だと思うんです」

「どのような意図って……アルブレヒト宰相が王権を狙って起こした事件、ではないのか? 少なくとも俺はそう認識しているが」

「アッシュさん、事はそんな単純なものじゃないんですよ?」


 おぉ……アイビーが言うと全部本当に聞こえてくるからやめてくれ。


「面白そうな話をしているな。私も混ぜろテオ」

「……いや、ニーナが混ざってもどうにもならないだろ」


 政治的な話とか全く興味ないでしょ君。


「ちょっと、授業中よ。少しは静かにしようと思わないのかしら?」

「それは周りにも言えよエリッサ姫。俺らよりうるさいこと喋ってる連中ばっかりだろ」

「遠回しに言ってるのよ。そんな国の機密にも関わっていそうな話をこんな授業中にするな、と言っているのよ」


 それは一理あるな。


「だってよアイビー」

「ですが、これはエリッサ様にも関わる大事な話ですよ?」

「……だとしても、よ。私たちの話を聞いて民衆が不安に思ってしまったらどうするの? 国民に対して推測でしかないことを伝えて、余計な不安を与えるのは賢い者のすることじゃないわ」


 おぉ……エリッサ姫が珍しくちゃんと王族らしい威厳を出している。普段は結構ポンコツな印象を与えるようなことしかしてない癖に。俺がその民衆でることを除けばな!


「では、やめておきましょう。後で集まってお話ししましょうか」

「え、なんか怖いから嫌です」


 横でずっと無視しようと頑張っていたエリクシラが拒否した。まぁ……エリクシラは今回の事件に限らず、基本的に面倒ごとに巻き込まれるのを嫌っているからな。


「あんまり騒ぎばかり起きたら、学園に通えなくなっちゃうじゃないですか……その……最近ようやく私も魔法騎士になれるのかもって思い始めたところなので、巻き込まれるのは嫌です」

「……仕方ありませんね、テオドールさん」

「なんで俺がリーダーだろみたいに聞いて来るの?」


 おかしいでしょ……今の流れでなんで俺なんだよ。


「テオドールさんがアルブレヒト宰相を捕らえたと、聞きましたが?」

「本当か!?」

「……テオドール、貴方本当なの?」


 アッシュとエリッサ姫が即座に反応してきた。

 ちらりとアイビーの方へと視線を向けると、いつも通りの胡散臭い笑みのままだ。こいつ……俺が古書館で宰相と戦闘して、そのまま内務卿に引き渡したところまで見てやがったな。


「そんな事実はない。だって宰相を捕らえたのは内務卿だろ? 自らでそうやって宣言してたんだから、疑う余地はないだろ」

「そういうことにしておきましょうか」

「テオドール、後で話しましょう」

「えー」


 エリッサ姫と2人きりで話すの嫌だなー……だって明らかに今の話の追及でしょ?


「は? テオは今日私と決闘の予定だが? 順番を抜かすなら私とやるか?」


 え、聞いてない。


「決闘? それはテオドールと貴女の序列を入れ替えるという話?」

「違うが? テオはあまり序列を上げることを好まないから、ただの手合わせだがなにか? まさかエリッサ姫は、テオと2人きりになりたいから呼び出すのか?」

「そ、そんな訳ないでしょうっ!? こんなガサツな男となんで2人きりになりたいなんてっ!」

「エリッサ様、授業中は静かにお願いします」

「…………すいません」


 教師に注意されて、周囲の視線が自分に集まっていることに気が付いたエリッサ姫は、顔を赤くして机に突っ伏した。

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