第44話 そういう星の下に生まれたらしい

 翌日も寮の外に出ることを禁じられ、授業もないまま部屋で勉強でもしていろと言われた。どうやら、王都の方では教団の殲滅が終わっても中々問題そのものは片付いていないらしい。恐らくだが……教団の裏側にいる奴がわかって、その組織との戦いみたいなのが始まっているんじゃないかな。

 俺には関係のないことだと、また部屋を抜け出して古書館でだらだらと魔法の本を読んでいる。読んではいるのだが……中々どうして、集中することができない。


「……誰だ?」


 集中することもできずに古書館の中でぼーっとすごしていたら、急に古書館の扉が開いて人が入ってきた。当然だが、俺のように抜け出してきている人間以外に、このクロノス魔法騎士学園内で活動しているのは魔法騎士だけだ。でも、古書館の中に飛び込んできたのは、明らかに血に濡れた貴族のような服を着た男だった。

 見るからに怪しい感じなんだが……近寄らないことにはなにも始まらない。それに俺は、自分の好奇心を抑え込むことが下手な人間だ。こんな状況で血に濡れている人間なんて、興味が湧いてきて仕方ない。


「っ!? せ、生徒か?」

「貴方は?」

「わ、私のことはどうでもいい……外で賊に襲われてしまってね、しばらくここで匿ってもらえないか?」

「賊ってのは、オムニトルス教団のことですか?」

「あ、あぁ……そうだ」


 ふむ。


「オムニトルス教団は壊滅したと、聞きましたが?」

「それは……ざ、残党が残っていたんだ! それに襲われたんだ!」

「そうですか、ここまでの逃亡大変でしたでしょう

「そうでもない。私の魔法を使えばこの程度……はっ!?」


 ちっ! 思ったより勘のいい奴だ。俺の奇襲を避けやがった。


「きゅ、急に何をするんだっ!?」

「いえ、今回の一連の騒動、その首謀者はちゃんと突き出しておかないと、無力な小市民としては不安で夜も眠れないので」

「き、貴様っ!? 魔法騎士団の人間か!?」

「その言葉は自身が首謀者であると白状しているようなものですよ、アルブレヒト宰相。しかしその動き……モーグス軍務伯から受けた傷は余程痛いと見える」


 貴族が無様に古書館の床をゴロゴロと転がっているのを見るのも面白いが、これ以上の面倒ごとに巻き込まれる前にさっさと片付けてモーグス軍務伯にでも突き出しておこう。アイビーの言っていたことが本当ならば、内務卿がさっさと片付けてくれるだろう。


「私をアルブレヒト公爵と知っての無礼かっ!?」

「国賊に貴族の爵位は必要ないでしょう。そして、国賊に礼儀も必要ない」

「くそっ! たかが生徒風情が調子に乗るな!」


 怒り狂った様子で、宰相は腰のゴテゴテとした装飾のついた剣を抜いた。


「その腰の剣、飾りではなかったんですね。そんな過剰な装飾のついた剣なんて、富の見せびらかしかと思っていましたが」

「ほざけ!」


 向かってきたのでそのまま打ち合ったら、一撃で互いの剣が砕けた。


「ふん!」

「おっと」


 俺が持っていた剣なんて安物だから砕けるのはわかるが、あんなに豪華な装飾がついていながら簡単に砕け散るとは……本当にお飾りじゃないか。

 なんて考えながら素手で制圧しようと思ったら、宰相がおもむろに魔法陣を描いた。見たこともない魔法陣に俺の手が止まった瞬間に、周囲に散らばっていた宰相の剣の破片が一斉に襲い掛かってきた。


「これは?」

「これが我が宝剣の力だ」


 ドヤ顔をしながら宰相が手に持っている柄へと、剣の破片が集まっていき……再び剣の形に戻った。


「貴様の剣は砕けた。これで終わりだな」

偽典ヤルダバオト

「なっ!? 生徒如きがグリモアだとっ!?」


 剣が無くなったら速攻で抜くに決まってんだろ。宝剣と再び打ち合ったら、今度は砕けることなく偽典が宝剣を切断した。


「馬鹿なっ!?」

「切断したら戻せないんですか? 欠陥品ですね」


 そのまま偽典で腕を切断しようとしたら、近くにあった机をひっくり返してきたので、机を真っ二つに切り裂いたら……既に姿がなかった。

 そう言えば、魔法を使えばここまで逃げてくることに対した苦労はないって言ってたな。なにかしらのグリモアかとも思ったけど……俺の偽典を見た瞬間の動揺は、明らかに持っていない人間の反応だった。じゃあ、転移魔法でも使えるってのか? そんな馬鹿な。


「はー……どうすっかなぁ……」


 戦闘になったって言い訳はあるにしても、古書館の机を切断するのはやり過ぎたかな……でもあの状況じゃ仕方ないよなぁ……なんか言い訳できないかな。

 逃げた宰相を捕まえれば、有耶無耶にしてくれないかな。そうだな……そうしよう!



 古書館から外に出たが、対して騒ぎにはなっていないようなので、本当に単独で逃げて来たって感じなのかな。


「ひぃっ!?」

「ん?」


 学園内をさくっと探そうと駆けだした瞬間に、古書館の建物裏側から悲鳴が聞こえてきた。あの情けない声は間違いなく、宰相のものだろう。

 急いで建物の裏側に回り込むと、そこには血を流しながら座り込み、命乞いをするように地面に頭をつける宰相と……剣を手に持ちながら無表情でそれを見下ろす男。


「アルブレヒト宰相、貴方には失望した。貴方にはこの国に対するをまるで感じない。それじゃあ駄目だ……国を導く立場にいながら、そんな心構えでは、民はついてこない」


 金髪を揺らしながら熱弁する男は、アルブレヒト宰相に愛国心を説いているようだ。


「あの……その人に愛国心を説いても無駄では?」

「……君はこの学園の生徒かね?」

「まぁ、そうですね」

「では、君はこの国の民という訳だ」

「そう、ですね」


 え、なに怖い。


「民としての君に聞きたい。国を導く人間に、この男が相応しいと思うかどうか」

「相応しくは、ないんじゃないですか? 国を裏切った訳ですし」

「そうだっ! この男は、国を裏切り、民を裏切った。許しておける人間ではない」


 もしかして……この人が。


「い、命だけは許してくれっ! !」

「勿論だともアルブレヒト公爵。いくら裏切り者とは言え、公爵をそう簡単に処刑にしては問題が起きるからな……とは言え、まともな余生を送れるとは思わないことだ」


 やっぱり、この人がフローディル内務卿。愛国心を持つ民衆から支持される男か。


「く、くそ……くそぉっ!」

「なんでそこで俺に向かってくるんだよ」


 そこは真正面にいる内務卿に向かっていけよ。

 既に剣を失っているおっさんを制圧することは容易い。大振りな拳を避けてから腹に膝を入れ、そこから頬を殴る。


「ぶへぇっ!?」


 汚い声と共に、おっさんが吹き飛んでいった。結構強めに殴ったから意識はないだろうし……後は内務卿殿に任せよう。

 はー……相手に立場がなかったら初手で八つ裂きにしてたんだけどなぁ。


「あれがテオドール・アンセム、か。愛国心がまるで無い男だ……だが、奴は使える。この国の未来の為に……な」

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