第43話 やばい女

 学園の襲撃から半日が過ぎ陽が落ちて、世界は闇に包まれていた。学園内にはそれなりの数の街灯が存在しているが、魔力によって生み出された光はそれほど強くなく、俺が前世で味わっていたような夜を覆すような強烈な光ではない。

 襲撃があったせいで今日の授業は全てなくなり、騎士団が警護しやすいようにと全員が寮の近くへと集められていた。王都の方でも教団の殲滅作戦が始まっているらしく、時折爆発音のようなものが遠くから聞こえてくる。王都内でそんなド派手な戦闘していいのだろうかと思うが……テロリストを放置しておくよりはマシか。


「……こんなところで何をしているんですか?」

「アイビーか。お前の方こそ」

「夜の闇が世界を覆うこの時間は、私の独壇場ですから」


 影を操りその影に潜むことができるアイビーにとって、世界から光が弱まる夜は独壇場……確かにそうだろうな。


「学生は全員自室にて待機……そのはずですが?」

「だから、それはお前もだろ」


 俺が座っているのは、学園の屋上の縁……遠くに王都が見ることができる場所だ。王都から火の手が上がったりしてないのか気になって見ていたんだが……爆発音が聞こえてくるだけで特に火の手が上がったりはしていないので、多分問題なく殲滅作戦は進んでいるんだと思う。


「で、気になることがあったからここに来たんだろ? 話してくれよ……暇だからさ」

「また暇潰しに聞いてくださるのですか? 私の誇大妄想を」


 前回が誇大妄想じゃなかったからな……真面目に聞いてやろうじゃないか。


「私は以前、国の中枢に裏切者がいて、その人間の手引きでポルノード子爵家を唆して反乱を起こさせ、そこに第1師団と第5師団をぶつけたと予想しました。しかし……そこからの行動がおかしいんです」

「がら空きになった王都で行動した始めたのは禄に実力もない、聞いたこともない教団。学園を占拠したのに師団長が到着するまで全く行動することもない、無能集団」

「そうです。残っていたリエスター第3師団長と言えば『雷速』の二つ名で恐れられているというのに、それすらも知らないなんて……おかしいとしか言えません」


 すまん……その二つ名は俺も知らん。


「全てがおかしいんです。師団長1人なら相手にできると思ったのか、それともこの襲撃事態になにか意味があったのか……どちらにせよ、あの教団はただの使い捨てでしょう」


 ふむ……教団を使い捨てとして、やることはなんだろうか。それに、俺が王都の路地裏で出会った宗教の信者をもっと訓練されたような実力を持っていた。自爆用の魔法を持たされていた女は、俺が制圧して魔法騎士団に突き出したのだが……隙を見て舌を噛み切って自害したらしく情報を得られなかったそうだし。学園を襲撃した教団にはそこまで訓練された連中がいるようには、とても見えなかったが。


「軍務伯が言っていましたが、敵は王都を知り尽くしています。しかし……あんな無能集団にそんなことができると思いますか?」

「つまり、アイビーは教団を利用している別の組織があると。そして、その裏の組織を動かしているのが国の中枢にいる裏切者だと」

「……可能性が最も高いのは、宰相です」


 アルブレヒト宰相……モーグス軍務伯に働きかけることで軍隊を動かすことができる人間か。


「しかし、アルブレヒト宰相は国王から最も信頼を置かれている人です。そしてアルブレヒト公爵と言えば……現国王の甥にマークス・アルブレヒトのはずです」

「じゃあその男が裏切者だな」

「そんな単純な話ですか?」

「いや、それは知らん」


 あくまでアイビーの推測でしかないしな。ただ……そう外れているとも思わない。


「もし……本当にマークス・アルブレヒト宰相が裏切者だった場合……内務卿が許さないでしょう」

「内務卿?」

「最も国民からの支持されている内政の実質的なトップです。庶民の出自で愛国心が強く……元々は魔法騎士団に所属していた実力派でもあります」


 民衆に人気な庶民出の内務卿ね……確かに、そんな立場の人間は宰相がもし裏切者だったら絶対に許さないだろう。本当に裏切者で捕えられたら、間違いなく公開処刑にする。


「アルブレヒト宰相もフローディル内務卿のことを恐れていることで有名ですから。民衆からの支持も強く、自らの腕もある内務卿は、目障りな存在ではあるでしょうね」


 目の上のたん瘤って感じなのか。じゃあそのフローディル内務卿とやらが、今はどこで何をしているのかを知るのが先だな。


「先に言いますけど、フローディル内務卿は現在王都にいますよ」

「そうなのか。じゃあ、時間の問題じゃないか?」


 こんなガサツな襲撃計画なんて、すぐに首謀者まで辿り着くだろ。誰が最終的な裏切者かなんてわからないけど、俺がなにかするまでもなく片付くならそれでいい。


「と、まぁ……色々と語りましたけど、この学園にいる限りは全く問題ありませんね」

「……ねぇ、この感じ前もなかった? お前の誇大妄想を聞かされた直後に事件に巻き込まれなかった?」


 フラグなのか? お前はフラグを立ててその通りにことが進むようなグリモアでも持ってんのか?


「テオドールさん、それは錯覚ですよ。人間は直前に聞いた話題なんかが目につきやすくなってしまうんですよ」

「絶対にそういう話じゃないよな。もっと違う感じの話だよなこれ」


 明らかに違うだろ。


「心配性ですね。王国騎士隊を率いた軍務伯が直接出ているんですよ? 王都周辺の貴族たちも私兵を派遣しているそうですし、簡単に鎮圧されて明日の朝には首謀者逮捕の報が聞けますよ」

「国の中枢が関わっているとか言いまくってた奴が良く言ったな、えぇ?」


 こっちはお前の妄想が実はただの推測じゃなくて、どこかしらか情報を手に入れて俺に流しているのではって思い始めてるんだが?

 そもそも、この女は自分が平民出身ですよとか言ってる癖に、情報を持ち過ぎなんだよ。いくら影に潜むことができるグリモアを持っているからって、重要機密みたいなことまで知ってるってのは常習犯じゃなければ……嘘だろ。


「お前、まさか日常的に王城に潜り込んでるとかじゃないよな? 嘘だよな?」

「……なんのことですか?」

「お前の死の翼サリエルって周囲の人間に感知する方法ってあるのか?」

「そろそろ部屋に戻りますね。いないことがバレたら怒られてしまいますから」


 露骨に話題逸らして逃げやがった……色々な意味でやばそうな女だと思ったら、平然と王城内に侵入するやばい女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る