第42話 脳筋軍務伯
俺の中で黒幕候補筆頭になっている軍務伯が、思ったよりもすぐにやってきた。まだ校庭の死体を片付け終わってなかったのだが、騎士を数人伴ってやってきた軍務伯は死体をちらりと見てからこちらに視線を向けた。
「その血の染み……内側からじゃない。外から血がかかっているように見える。君たちが、この馬鹿共を始末してくれたのかね?」
「えぇ……そうです」
偉い人と喋るのは嫌だって事前に言ってあったので、エレミヤが前に出て喋ってくれた。
「ふむ……今年の1年生は優秀だと報告では聞いていたが、ここまでとはな。半数はリエスター第3師団長が片付けたようだが、残りは生徒がやったと見える。中々、優秀な騎士じゃないか」
「このような片付けもできていない場所で申し訳ありません、モーグス軍務伯」
「いや、構わない。戦場に綺麗も汚いも無いからな」
軍務伯と聞いて、俺はてっきり軍を指揮する政治家だと思っていたのだが……やってきたモーグス軍務伯は、俺より二回りぐらい身長が高いムキムキの若い男だった。いかにも力だけでのし上がりましたみたいな見た目をしているが、この人が本当に黒幕なんだろうか。
「それにしても……アルブレヒト宰相の言う通りに鎮圧のため魔法騎士団を動かした瞬間にこの様とは……まるで仕組まれたかのようだな。この学園が襲撃されたと聞いて焦って出てきたのだが、まさか私が到着するよりも早く制圧されているとは思わなかった」
おっと? また怪しい名前が出てきたな……どこまで根が深い裏切り問題なのかわからないけど、アイビーの予想通り国の中枢部に裏切者がいることは間違いないだろうな。
「政治は私の専門ではないが、なにかしらの陰謀は感じる。だが今は、とにかくこの事態を収めることを最優先とするか。私自らが邪教の信者共を滅してくれよう」
「なんと……王国一の将と呼ばれたモーグス軍務伯が自ら?」
「たまには戦場に出ないと、腕が鈍ってしまうからな! リエスター師団長にはこの学園を守っていて欲しい」
あ、この人は頭の中が筋肉で出来てるタイプの人だ。策謀とか張り巡らせる人じゃないわ。今のが全部演技で、俺たちを騙すためにやっていることだとしたらとんだ狸だと思うけど、マジで言ってそうだからな……じゃあこの人じゃないか。
怪しいのは宰相……か?
「ちょっと待ってください。そもそも、モーグス軍務伯が出陣するほどのことが、王都で起こっているのですか?」
「そうか、それを説明してなかったなフリスベルグ公爵家の次期当主殿」
「エレミヤで構いません」
「ふむ、ではエレミヤ殿と。質問への答えだが……王都では、散発的な襲撃が相次いでいる」
魔法騎士団が王都にいないから、か。魔法騎士団の代わりに王国騎士隊がいるとエリッサ姫は言っていたが、王国騎士隊あくまで国王を守る側近の部隊のようなもので、魔法騎士団のように王都内を巡回している訳ではない。散発的、との言葉をあるから王国騎士隊では後手に回っているんだろう。
「主に襲撃されている場所は、教会と騎士団の詰め所、それから商会だな」
「教会は他宗教への攻撃、詰め所の破壊は騎士団の準備が遅れるように、商会は……金ですかね」
「そうだろうな」
ふむ……それだけ目的が分かっているのに手が回っていないと言うことは、人手不足によるものか、あるいは完全に国防側の動きが把握されているかだが、間違いなく後者だろう。
「奴ら、どうやら王都内を知り尽くしているようだ。路地裏、地下道、屋根の上……ありとあらゆる場所から出て来て消えていく。地下道を通ることがわかっているなら、地下道で待ち伏せをすればいいとも思って中に入ったのだが……何年前から準備されていたのか知らないが地図に記されていない地下道が幾つも発見された。もう迷宮状態だな」
用意周到だな……そうすると、ただの破壊行為が目的って訳ではなさそうだ。とは言え、そこまで複雑な理由がある訳でもなさそうなので……多分、なにかしらに操られる形で行動しているって感じかな。
「わかりました……僕は一度家に戻ります。この事態に父上が動いていない訳がないので」
「うむ……フリスベルグ公爵は行動が早いからな」
「テオドール、君はどうする?」
なんでそこで俺に聞いて来るのかな、エレミヤ君。
「俺はこの学園に残るよ」
「そうかい?」
「当たり前だろ。エリッサ姫にも言ったけど、俺は権力なんて持ってないただの小市民だからな。ここで事件が収まるまで震えて待ってるよ」
「……わかったよ」
なんだよ、そのちょっと納得してないですみたいな顔は。そしてエリッサ姫も同じような顔をするんじゃない。
「王城までは敵の手が及んでいないことはわかっているから、王城を拠点として邪教の信者共を蹴散らす。忙しくなるぞ」
「お気をつけて、モーグス軍務伯」
「うむ」
そのまま軍務伯は踵を返して歩いて行った。
「……僕は君のような実力者が、相応の立場を持てることを願っているよ」
「別にいいよ。今回の事件を見て、やっぱり魔法騎士になるのやめようかなって思ってるから」
「それは国の損失だな。魔法騎士だってこんな仕事ばかりじゃないさ」
でも、こんな事態が起きたら真っ先に動かされるのが魔法騎士だろ? 嫌じゃんね。
「アイビー……アイビー?」
「え? どうかしましたか、テオドールさん」
これからしばらくは授業が無くなりそうだなって思ってたら、アイビーが顎に手を当てたまま何かを考え込んでいた。魔法騎士団が派遣されたことに関する推測が当たっていたから、その続きを考えているんだろうが……ここでその話はするべきじゃない。
「さっさと集合しないと教師に怒られるぞ」
「あ、そうでしたね」
襲撃者は全員殺したから、もう一度点呼してから各自の寮に戻して外出を禁止されると思う。学園内をバラバラに動かれるより、寮で大人しくして貰っていた方が守る方も楽だもんな。
「エリッサ様、警護は私が」
「……わかりました」
エリッサ姫も、リエスターさんがそのまま警護につくらしいから大丈夫だろう。最後にちらっとこちらを見たのはなんの意図があったのか知らないけど、俺はただの生徒としてなにもすることはない。この事件の推測だって、半分ぐらいはただの趣味だからな。
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