第40話 悪い予想ってのは結構当たる

「我々はオムニトルス教団……この学園は私たちが占拠した。学生諸君、それとこの学園に留まっていた魔法騎士諸君には賢明な判断をお願いしたい。我々、いつでも君たちを全滅させることができる戦力を有している」

「……本当に王都を襲う奴がいるのかよ」


 アイビーの妄想のような話に付き合っていた翌日、朝起きたら学園がテロリスト……いや、カルト宗教の連中に占拠されていた。何で俺は起こされなかったの理解できないんだけど、他の生徒はどうやらグラウンドに集められているらしい。


「オムニトルス教団……確か、魔獣を生み出したとされる邪神がそんな名前だったような……どうだったかな」


 ありがちな話だけど、マジで邪神を信仰している連中っているんだなってのと、本当に宗教に頭がやられた連中ってのは厄介だなって思った。


「外に出したので全員か?」

「いや、名簿に載っているが何人か見つかっていない奴がいる。この先の部屋にいるテオドール・アンセムもその1人だ」

「そこの部屋か」

「手早く調べろよ。今は第3師団長がいないからどうにかなってるんだからな」


 外から話し声がガンガン聞こえてくる。そういうのは中にいる奴に聞こえないように言えよ。


「テオドール・アンセム! 君にも暴れずに従って……いないぞ」

「外出中かもしれないな。この学園は特に外出届など出さなくても外に出られるらしいからな」

「ちっ! さっさと校庭に戻るぞ」


 自らの身体を風景と同化させる魔法。自分の身体が背景と同化するように光を屈折させる魔法だが……これが中々に便利なのだ。咄嗟に相手の視界から消えることもできるし、至近距離まで近寄られなければああやって人を騙すことにも簡単に使える。

 さて……問題はここからどうするのか。学校にテロリストがやってきて占拠されたら、それに対して謎の能力を見せてつけて学校を救う妄想なんて、それこそ前世の学生時代に何度もやったことだが……実際そうなった場合にどうすればいいのかなんて真面目に考えたこともないな。一先ず……ここで一番やっちゃいけないことは、自分だけ助かる為に全てを無視することだろう。

 あのカルト宗教の信者共の言葉を信用するのなら、唯一残っていた最高戦力とも言える師団長、リエスター・ノーブルはこの学園の近くにいない。恐らくだが……王都の方に行っているんだろう。王都からこの学園までの距離はそう遠くないが、それでも話を聞いてから馬で来るにもそれなりの時間がかかるはずだ。


「きゃっー!?」

「動くなと言ったはずだ! 自分が魔法騎士だからなんとかできるとでも思ったのか!? あぁ!?」


 どうやら、校庭の方では楽しいことになっているようだし……ちょっと隙を見てなんとか制圧できないか考えてみるか。一番楽なのは、リエスター師団長がすぐさま駆けつけて全部解決してくれることなんだけど……そのために人質として多くの人間を校庭に集めているんだろうしな。


「ようやく見つけましたよ」


 周囲に動く人間がいないことを確認しながら寮の中を歩いていたのに、急に背後から声をかけられたので躊躇うことなく偽典ヤルダバオトを抜いた。


「わっ!? ちょ、ちょっと待ってください、私です!」

「……アイビー?」


 振り返った先に立っていたのは、廊下の影から身体半分を出しているアイビーだった。死の翼サリエルにそんな使い方があったのか。影の中に身体を潜ませて移動してきたってことだろうな。


「私、少し用事で外に出ていたんです。帰ってきたらこんなことになっていて……それで、校庭の様子を見ていたら何人かいないことに気が付いたから、探していたんです」

「何人かいない? 誰がいなかったんだ」

「テオドールさん、エレミヤさん、それとエリクシラさんです」

「エリッサ姫は?」

「いましたよ。最前列で人質にされてましたけど」

「そりゃあそうか」


 この学園内で一番価値が高い人間って言うと、エリッサ姫だろうからな。逆に他の人間が殺されていないのは運がいい、か。


「テオドールさんはどうするつもりですか?」

「……エレミヤは知らないが、エリクシラは恐らく古書館の奥だ。俺はこのままなんとか敵の配置を確認してみる」

「それも私がやったほうがいいのでは?」

「どうせ影の中から外は覗けないんだろ」


 そうでなければ俺の前に現れてわざわざ上半身だけ出す意味はないし、もっと簡単に周囲の状況を把握できているはずだ。


「そうだ。オムニトルス教団って言われて、なんのことかわかるか?」

「オムニトルス……神話に出てくる邪神、ですか? 確か光の神との戦いに負けて封印されたとか……その教団と言われても、わかりませんね」

「そうか。ならいい」


 もしかしたら知る人ぞ知るカルト教団とかだったりするのかと思ったけど、そうでもないらしい。


 アイビーをそのまま見送り、寮の部屋を確認していくが……どうやら中に人はいなさそうだ。

 エレミヤが校庭にいないって話だが、俺と同じ様に隠れているのだろうか。


「これで恐らく全員だ。学園内には他に生徒はいない」

「あぁ……魔法で隠れているとかでもない限りはな」

「それはない。魔力ですぐわかるだろ」


 ふむ……校舎に向かう廊下に2人ほど突っ立って喋ってる奴らがいるな。1人は始末して、もう1人に色々と聞いてみる……いや、無駄か。あんなところでサボってる奴がまともな情報を持っているとは思えない。

 さっさと始末しようかと気を伺っていると、2人の近くの空間が歪んでエレミヤが現れた。


「なっ!? こいつどこから!?」

「ま、魔法か!?」

「『審判者の剣ミカエル』」


 速攻でグリモアを抜いたエレミヤは、信者が剣を構えるよりも先にその首を落した。


「ふぅ……」

「それが、お前のグリモアか」

「はっ!? あぁ……なんだ、君か」


 なんだ、とは何だこの野郎。

 審判者の剣ミカエルと言ったか……普段からエレミヤが使用しているものと同じ様に、レイピアにしか見えないのだが、一振りで2人の首を切断できる切れ味はレイピアのそれではない。


「僕の『審判者の剣』が気になるのかい?」

「まぁ」

「これは見ての通り、レイピアだよ。ただし……斬る者の罪の重さで威力が大きく変わってしまう剣だけどね」


 それは……かなり変なグリモアだな。


「誰がどうやって罪の重さを決めているのか、それは僕にもわからないが……僕のこのグリモアは悪人を前にしなければ抜くことができない。だから……ほら、この場には君しかいないから」


 エレミヤはそう言いながら、手の中から消えていく審判者の剣を見て苦笑いを浮かべていた。


「我がグリモアながら融通の利かない剣だよ」

「それがお前の精神の形ってことだろ。正義を信じてる癖に融通が利かないってことだ」

「これは手厳しい」


 だが……条件付きなだけあって無類の強さを持っているな。レイピアを横に振っただけで首が飛ぶとか……どんな威力してんだよ。

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