第37話 海の槍

 加速する槍が俺の手足を狙って繰り出されるが、全部をさばくのは面倒なので首を狙って手刀を繰り出したら、刹那の瞬間に避けられた。

 海色の髪を振り回しながらヒラルダ・ミエシスはこちらに明確な殺意……は感じない?


「ちょ、ちょっと待って。なんで俺襲われてんの?」

「何故……貴方が貴方だからです」

「え? なにどういうこと?」


 もうちょっとコミュニケーションしてくれると嬉しいんだけど。敵意は感じる、けど殺意は全く感じない。その癖、俺の身体をしっかりと狙って攻撃してくるからマジで殺したくないのか殺したいのかよくわからない。


「もうちょっと真面目に喋ってくれないか?」

「……」

「え、エレミヤー?」

「え? 僕に言われてもなぁ……実はヒラルダさんとはあんまり喋ったことが無くてね」

「つっかえねぇ」

「僕に対してはなんか辛辣じゃない?」


 当たり前だろ。だってお前も俺に対してだけキモいじゃん。


「ふぅ……どうやら真面目に相手はしてもらえないようですね。仕方ありませんね……では」

「では?」

「『海の槍ガブリエル』」


 マジかこの女。平然とグリモアを抜きやがったぞ。

 言葉と同時に、ヒラルダの周囲に水球が6つ浮かび上がり、それが回転しながらどんどんと細くなっていき……槍の形に変わっていく。


「いきます」


 宣言と共に、周囲を浮かんでいた6つの槍が自由自在に動きながらこちらに向かって襲い掛かってきた。槍の動きはかなりの速度だ。しかも、そんな槍とは別にヒラルダの動きは全く変わりなく襲ってくるので、槍だけではなく単純にヒラルダが7人に増えたようなもんだ。


「速度と数でこちらを圧倒してくるタイプのグリモア……いや、違うな。槍の長さはそれぞれ違うから、恐らく自由に形を変えることができるグリモアか」

「っ!」


 剣一本で槍をなんとかさばきながらヒラルダのグリモアを推察していたら、どうやらあっていたらしくて『海の槍』の形が変わった。さっきまで細くこちらを攻撃してくる6本の槍だったのに、それが集まった1つの大きな塊になってから雨のように降ってきた。


「痛っ!?」


 雨になったと思ったら、針のように小さな槍になって襲い掛かって来てやがる。

 人間は雨を避けて歩けるだろうか……いや、そんなことは不可能だ。俺の身体を貫通するほどの威力がある訳ではないが、単純に針が肩に刺さると痛いだろうってことだ。しかも、その針は俺の身体に突き刺さったままって訳ではなく、すぐに上の水球に吸収されて再び雨として降ってくる。

 略式の魔法でなんとか防ごうと思ったが、槍の雨の中でもヒラルダは全くなんの影響もなさそうに突っ込んできた。自爆覚悟の攻撃かと思ったら、ヒラルダが俺に近づいた瞬間に、刺さるように降っていた槍がただの水に変わっていた。


「性格の悪いグリモアだなっ!」

「わ、悪くない!」


 え、なんでそんな反応するの……もしかして性格悪いって言われるの気にしてるの。まぁ、いいや……自分を巻き込まないように自分の周囲に近づいて来た時は柔らかい水に変化するようにしているってことは、俺がヒラルダから離れなければいい訳だ。


「そうと分かれば離さずに戦ってやる」

「っ!?」


 離れると攻撃してくると言うのなら、インファイトで戦ってやればいい。


「なら、こうするだけ」


 インファイトで戦えば雨が攻撃にならないと思ったが、よくよく考えれば雨で攻撃するだけのグリモアなんじゃないから、固めてそのまま攻撃してればいい訳か。しかし、離れると今度は雨で攻撃してくるのか?

 再び6つの槍の形になった『海の槍』は、俺の周囲を回り込むように動きながらヒラルダの動きを補完しようとしている。


「くそ、仕方ないな……『偽典ヤルダバオト』」

「これはっ!?」

「あれが……テオドールのグリモア!」


 宙を浮かびながらこちらに襲い掛かってくる海の槍を『偽典』で切り捨てる。


「私の槍を、簡単に?」

「とんでもない切れ味……いや、それだけじゃない」


 エレミヤとヒラルダは、俺の持つ偽典の異様な切れ味の違和感に気が付いたな。細かく振動しているから切れ味が鋭いってのは本当だが、それ以上の特殊能力があるから、水の槍が簡単に断ち切れる。

 ヒラルダはその謎を解明しようと躍起になってひたすらに槍を投げてくるが、それを全部切断していくと、すぐに気が付いたようだ。


「……操れない?」

「俺のグリモア偽典ヤルダバオトの能力は、魔力を断ち切って吸収する。グリモアとして生み出して操っている水も、俺が魔力を吸収すれば操ることもできなくなる」

「魔力に対する特攻とでもいうべき武器……これが、テオドール・アンセムのグリモアか」


 エレミヤに見せるの正直嫌だったが、ヒラルダに絡まれるのはそれ以上に嫌だったので仕方ない。それに、ヒラルダのグリモアは俺の想像以上の力を持っていたから、対抗する為には俺もグリモアを抜くしかなかった。

 生徒同士の戦いは禁止されているのに、平然とグリモアを抜いて戦っているってことは無視するが……ヒラルダから絡んできたから許してくれ。


「魔力を吸収する……しかし、再びグリモアを発動させれば」

「わからないのか? どれだけ動かしても、雨のように細かくしても無意味だって言ってるんだ。このまま続けてもお前じゃ勝てない」

「それは私がこのまま戦えばって話でしょう? 私にだって戦う方法はあります」


 まぁ……別に戦う方法がなくなった訳ではないからな。グリモアを無力化したってだけで、魔法が使えなくなった訳でもないし槍が使えなくなった訳でもないんだからな。ただ……こちらがグリモアを抜いているのに、それに対してグリモアを使わずに俺と戦えるつもりだと思っているのが舐めているって思うだけだ。

 片手で魔法を発動させながら槍を持って突進してきたが、偽典で魔力を断ち切ってしまえるということは、魔法を殆ど無効化できることと同義だ。つまり……槍だけで俺に勝てるつもりってことか?


「ちょっとムカついて来たから、マジでやるぞ」

「上等!」

「はいストップ! 何をしているんですか!?」

「……エリクシラ?」


 そろそろマジで殺し合いに発展しそうな中に、エリクシラが俺とヒラルダの間に割り込んできた。ほぼ自殺行為だと思うが……そういう謎の度胸があるよな。

 邪魔が入っても攻撃してくるんじゃないかと思ったが、ヒラルダはぴたりと動きを止めてから、槍から片手を放した。


「はぁ……」


 なんだ……もう終わりか。

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