第36話 偽典

 竜種……つまりドラゴンな訳だが、奴らの代名詞でもあるブレス攻撃にはいくつか欠点がある。

 まず、急激に広がる火炎で竜の視界すら遮ってしまうこと。特に、竜に対して人間の大きさは小さいのでブレス一発で簡単に人間の姿を見失う。それを補うための広範囲ブレスなんだろうが、竜より速い人間が相手の場合は意味ないだろう。

 もう一つの欠点が、溜めが長くて消費エネルギーが尋常ではないこと。魔獣は身体を構成している魔素を分解して魔力に変換することなんてできないから魔法が使えない。その代わりになにかしらの力を使って魔法のような攻撃を扱うのだが……その謎の力にも当然ながら限界はあるらしく、ドラゴンの場合はブレスを広範囲に高火力で放つとすぐに息切れする。

 つまりどうすればいいのか。そんなもん、竜よりも速く動いて息切れした瞬間に首を落とせばいいのだ。


 竜の口から吐き出された炎の塊を盾にしながら、視線を遮ってから足元の死角へと入り込み、その足に向かって剣を振るう。


「っと……」


 鱗に刃が通らない。まぁ……俺が持っている剣なんて変わったところがなにもない大量生産品の鉄剣だ。魔力で刃を保護して切れ味を高めようとも、竜の鱗を断ち切ることなんてできる訳がない。ただ、弾かれただけではなくしっかりと鱗に傷はできている。


「あ、あの少年……なんで生きて……」

「そこの魔法騎士さん、ちょっと剣を貸してくれると嬉しいんだけど……鱗を断ち切れる位に業物だと嬉しい」

「うわっ!? い、いつからそこに!?」

「それは別にいいから」

「む、無理だ! そんな上等な剣は持ってない!」

「そうですか」


 折角竜の死角に入り込めたのに……なんでドラゴンも倒せない剣を魔法騎士が持ってるんだよ。


「……ここから避難してくれませんか? あの竜は俺がなんとかしますから」

「そ、それは……」

「なんでもいいですから。俺を殺す気ですか? さっさと行ってください」

「……で、できない!」


 まぁ、そうだろうな。魔法騎士さんたちは俺たちが不正をしないか監視する仕事でもあるが、最も大事な仕事は俺たち生徒が死なないように守ることだからな。ただ、悪いが魔法騎士がいる方が俺の邪魔になるんだが……命には変えられないな。


「ふぅ……仕方ないか。せめて下がっていてくださいね」

「な、なにをする気だ!」


 そんなの一つしかないだろ。


「『偽典ヤルダバオト』」


 自身の内側から魂の形を思い浮かべ……それを形にしていく。自らの内部から取り出したグリモア……偽典ヤルダバオトは白く発光しながら宙を浮かんでいる。通常の片手両刃直剣と見た目になんの違いもない。


「ぐ、グリモア!? 生徒の中でも使える者は複数人いると聞いていたが……まさか序列250位の生徒が!?」

「今は246位ですよ」


 当然、グリモアというだけあってヤルダバオトには特殊な力はあるが……なによりも特殊なのはこの剣の切れ味だ。

 竜が再び口を開いてこちらに向かって炎を吐き出した。2連続って言うにはインターバルが結構あったから、やはりなにかしらのエネルギーを消費して撃っているようだ。


「悪いな。俺のこの剣は……お前の鱗なんて易々と切り裂くよ」


 再び炎を避けた俺は、先ほどと同様に足の下に潜り込んでから喉に向かって剣を振るう。魔力を込めながら振り抜いた偽典からは魔力の衝撃波が放たれ……その首を通り抜けて胴体と切り離す。


「なっ!? りゅ、竜種を一撃で!?」

「どんな切れ味があれば、あんなことが……」


 俺の偽典は刃の周囲が常に魔力で覆われ、それが目に見えないぐらいの速度で振動している。振動すると言うのは、それだけの威力を持つという事だ。まぁ……切れ味の秘密はそれだけじゃないんだけどな。

 とにかく、ドラゴンの首は落とした。これで野外訓練は充分な成果になるだろう……が、これだけだとエレミヤとかに負けそうだからもっと魔獣を狩ろう。


「この死体、任せてもいいですか? 別に俺はいらないんで」

「竜種の素材が、いらない……だと?」

「だっていらないじゃないですか。何に使うんですか、これがあるのに」


 俺には偽典があるので、別に竜種の素材で生み出された武器なんて興味もない。これよりも切れ味がある武器なんて他にないだろ。それだったら換金するぐらい……いや、換金すれば馬鹿にならない金になるな。


「やっぱり金になるんで貰います」

「……」

「なんですか、その俗っぽいみたいな目は。俺は平民なんですから金は常に欲しいんですよ」


 いいだろ、別に。



 竜種をぶち殺してからも色々な魔獣と戦ったが、あんまり強い魔獣は出てこなかった。恐らくだけど、俺が狩った竜がかなりの広範囲を縄張りとして持っていて、そこに近寄ろうとする魔獣が少なかったからだろう。


「やぁ、君は大丈夫そうだね」

「大丈夫そうって……返り血一つついてないお前の方がキモいよ」

「これはそういう戦い方なだけで、だから優れているって訳ではないんだけどね」

「そもそも、俺はお前と別方向に向かって走っていったはずなんだけどな」

「そうだったね」


 こいつ……マジにキモイわ。でも実力は確かだし、イケメンで性格もいいから基本的にはみんなから好かれているんだよな。ちょっと俺に対してキモいけど。


「君の派閥仲間は近くにいないのかい?」

「それ、お前が言う?」

「あはは……僕は派閥なんて組んだ覚えないからね」


 はいはい、確かに俺は意図して派閥を作りましたよ。


「他の連中って言ってもな……ニーナは多分好き勝手に暴れてるだろうし、アッシュはまず間違いなく真面目にやってるだろ? アイビーは俺も何考えてるかわからないし……エリクシラはひーひー言いながらも生き残ってんじゃないの?」

「君も実はあんまり興味ないでしょ」

「うん」


 まぁ、実力者しかいないから別に問題ないんじゃないかな。


「見つけた」

「え?」


 俺の背後から急に声がしたので、振り返ったら目の前まで槍が迫っていた。ので、普通に手で掴んでから足で蹴り上げた。


「ふっ!」


 蹴り上げた槍が金属音と共に空中で回転しているのに、持っていた相手はそのまま素手でこちらに突っ込んできた。流石に素手で襲い掛かってくるのは想定していなかったが、見てから攻撃をさばいて、その勢いを利用して後方に投げ飛ばしてから落ちて来た槍を掴んで石突を向けてから投げたら普通に掴まれた。


「あ、ヒラルダさん」


 槍を掴んだ時から気が付いてたけど、マジで序列2位の女に絡まれているとは信じたくなかったよ。

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