第35話 野外訓練

 派閥内で色々と訓練したり、たまに冒険者として魔獣退治なんかをして金を稼いでいたりしたら、すぐに課外訓練当日になった。


「諸君、今日はクロノス魔法騎士学園、課外訓練当日だ。このダイハード平原には普段通り魔獣が大量に生息している。その中で、時間制限の中で好きなだけ魔獣を狩ってくれて構わない……ただし、一度でも教師や魔法騎士に助けられたものはその時点で失格とする」

「……普段通りに魔獣が大量にいるのってどうなんだ?」

「仕方ないことですね。ダイハード平原は遥か昔から魔獣まみれであると言われてますから」


 だから、それが駄目なのでは?


「歴史上、何度もダイハード平原の魔獣を駆逐して王都を広げようとする軍事行動はあった。しかし……魔法騎士団を動かして魔獣をどれだけ狩ろうとも、まるで生まれてくる『なにか』があるのではないかと思うほどに、魔獣は増えたらしい。それが、幾度も繰り返された訳だ」


 つまり、倒しても倒してもそこら中から魔獣が湧き出てくる場所ってことでいいのか? それはそれで怖すぎないか?


「こうしてクロノス魔法騎士学園の野外訓練に使用されるようになったのも、ある程度減らそうとした行動が元なんだが……結局は効果が無くて形式だけが残っている形だ」


 まさに焼け石に水って感じね。

 そうすると、このダイハード平原ではどれだけ暴れても魔法騎士や学園に怒られることが無いってことなんだな?


「じゃあ、ちょっとマジにやるか」

「あぁ……いいぞ! 私も燃えてきた!」

「ニーナさんは、いつものことですよね……」

「俺は元から真面目にやるつもりだ。テオドール、君にも負けるつもりはない」

「派閥で動くって話は何処に行ったんですか!?」


 すまん、エリクシラ。好き勝手にやっても許されるなら、好き勝手にやりたくなるのがこの派閥の連中なんだ。


「では、野外訓練を始める!」


 教官のその宣言と同時に、複数人が飛び出した。ちらりと周囲を見ると、ニーナ、アイビー、エレミヤ、ヒラルダがほぼ同じタイミングで飛び出していたし、ワンテンポ遅れてアッシュや他の生徒が飛び出していた。一瞬だけ目があったエレミヤはとても嬉しそうな顔をしていたので、反対方向に俺は逃げた。

 5人がほぼ同時に飛び出していたが、全員が道中のモンスターをバラバラにしながら向かっているので、後続の連中とは大きく差ができるだろうな。


「あはははは! 私の方が先に行くぞ!」

「……いいけど、頑張れよ」

「は?」


 俺の横を通り抜けて調子良さそうに駆け抜けていったニーナは、上空から降りてきた翼の生えた牛人のようなモンスターを前にぽかんと口を開けて呆けていた。降りてくるのが俺には見えていたが、クッソキモそうなのでニーナに譲って俺は別の魔獣を探そう。


「ちょ、ちょっと待て!? 私を置いていくな!」

「派閥関係なくやるんだろ? 頑張れ」

「おぉい!?」


 キモイだけで別に苦戦するほどの強さではないだろうが。キモイ魔獣だから戦いたくないなんて細い神経もしていない癖に。

 ニーナを置き去りにして走っていると、ある法則のようなものに気が付いた。教官が立っていた開始地点の付近には、小さいスライムや狼のような魔獣しかいなかったが、開始地点から王都とは逆方向に走れば走るほどに、大きく強力な魔獣ばかりとなっている。


「……マジか」


 法則性があるんだな、なんて考えずに走っていたら目の前に飛び出してきた魔獣を見て俺の足が止まり、思わず呟いてしまった。飛び出してきたというよりも、俺がいつの間にか近づいてしまったのだろう。

 空を飛ぶための巨大な翼、身体を覆い尽くすようにびっしりと生えている鱗、そこらの魔獣とは比べものにならないぐらいに鋭利な牙、天に向かって伸びる角。魔獣と人類に呼称される存在中でも頂点の扱いをされている……竜種。

 紅蓮の炎の如き赤い鱗を身に纏う竜は、縄張りに入った俺のことを明確に格下の生物であると見下しながらも、容赦などする気もないらしい。


「え、竜種っ!?」

「ど、どうなってんだ!?」

「とにかく逃げろ!」


 俺の背後からやってきた生徒たちも、竜種を見て一斉に踵を返した。当然だ……竜種とは冒険者の中でもトップクラスの限られた人間だけが狩ることのできる存在。王都の近くに生息していることがわかったら、すぐさま魔法騎士団による討伐隊が組まれるほどの相手。少なくとも、学生が相手をしていい魔獣じゃない。


「なにをしている!? 君も早く逃げたまえ!」

「逃げる? 何を言ってるんだ? こいつを狩れば、野外訓練では文句なしの高評価だろ?」


 俄然やる気が湧いて来たぞ。こんな強敵がいるのならば、俺も全然楽しめそうだ。

 俺が剣を手にした姿を見て、臨戦態勢に入ったのがよほど気に入らなかったらしい。すぐさま雄たけびを上げながらその強靭な爪で俺を切り裂こうとしてきた。だが、そんな緩慢な動きの攻撃が当たるほどに俺は鈍くない。


「あの生徒、戦い始めたぞ!?」

「どうなっている……ただの学生の、はずなのに」


 ただの学生であるはずの俺が竜種と戦い始めるなど、ただの自殺にしか見えないんだろうが……俺はマジで討伐する気だ。実際、全く勝算が無い訳ではないし、これを狩れば野外訓練では文句なしの評価を貰えるだろうと思っている。だがそれ以上に、俺はエレミヤたちに負けたくないのだ。

 馬鹿は死ななければ治らないと言われるが、俺の負けず嫌いは死んで転生しても治らなかったらしい。治らないのなら、いっそのこと貫き通してしまえばいい。


 魔獣は基本的に魔法を扱わない。何故ならば、魔獣の肉体はそもそも魔素で構成されているから。人間のように体内で魔素を魔力に変換することなんてできないのだ。なにせ、身体が魔素そのものなんだから、魔力に変換してしまえば身体を失うことになる。だから、魔獣は魔法が使えない。

 ただし……魔法とは別の奇跡は扱うことができる。原理は全く解明されていないが、人間とは全く別の方法で魔法と同じ様な効果を発動させているのだ。まぁ……冒険者からは違いがわからないって言われて魔法って呼ばれているみたいだけど。


「ま、まずい……ブレスが来るぞ!」

「君、逃げるんだ!」


 爪の攻撃が全く当たらないことを理解したのか、竜は大きく息を吸い込んでこちらに向けて口を開いた。竜種の代名詞とでもいうべき、ブレスの構えだ。

 まぁ……相手をしているんだから対策ぐらいあるに決まってるだろ!

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