第32話 訓練中

 一か月後に野外訓練があろうとも、授業はちゃんと受けなければいけない。まぁ、俺は別に野外訓練に向けてなにか準備しなくちゃいけないことがある訳ではないんだが……野外訓練の為に授業内容は実戦を想定したものに変わっていた。

 今までは結構基礎的なこと……それも王国の法律に関係することだったりしていたのだが、今は魔獣と戦う際に気を付けることみたいな授業をしている。まぁ……学園側としても、野外訓練で重傷になりましたとか言われたら困るだろうからな。


「はぁ……ねむ……」

「……ちゃんと集中して聞いた方がいいのでは?」

「いや、それはお前の横で寝てる女に言えよ」


 魔獣と戦うための注意点を説明するために、有名な冒険者が来てくれている関係で、珍しく魔法騎士科に所属する全生徒が体育館のような場所に集められている。当然だが、話の内容はかなり基礎的なことなので寝ている生徒が多い。

 派閥で集まって授業を受けているんだが、アイビーとアッシュは黙々とメモを取っているが、エリクシラは筆が進んでないし、俺は最初からメモする気なんて全くない。ちなみに、ニーナは腕を組んだまま寝ている。


「そもそも魔獣と戦う注意点で、相手はすばしっこいから気を付けろって……それ、魔獣じゃなくて普通の獣でもそうだろ」

「難しいことから教えてもしょうがないから」

「だからって、人間は歩きますよみたいな話されてもさ……なんの役にも立たないじゃん」

「……真面目に授業を受けないのはいいが、もう少し静かにしてくれないか?」

「へーい」


 エリクシラと2人で喋っていたら、普通にアッシュに怒られたので授業が終わるまで黙っておこう。アイビーはそんなことガン無視して一言一句間違わずにメモしてるけどな。アッシュのが板書を写す作業なら、アイビーのはただの議事録だろ。



「授業終わったからどっか遊びに行くかなー」

「私は古書館に」

「あ、私は用事があるので」

「……まぁ、いつも通りだな」

「おぉ? どこに遊びに行くんだ? 魔獣狩りか?」


 エリクシラ、アイビー、アッシュ、ニーナの順番に意味のわからないことを言っている。

 エリクシラの古書館とアッシュの訓練場はいつも通りのことだが、アイビーのにこやかな笑顔で用事ってすごい裏を感じるし、ニーナの魔獣狩りに関してはただの蛮族だ。


「協調性ないなぁ……まぁ、いいか」


 派閥としてはどうなんだって思うけど、個性的な連中を無理やりまとめる方がかえって危ないってこともあるから、いっそのことこのままでもいいのかもしれない。俺も好きなことをするから、他の連中も好きなことをすればいい……的な?


「暇なら俺と一緒に訓練場に行かないか? 例の件で、な」

「別にいいけど……例の件ってなに?」

「グリモアだ。それくらい察しろ」


 あぁ……そう言えば、アッシュはどうしてもグリモアを発現させたくて仕方ないんだったな。俺としても協力するのはやぶさかではないけど……俺1人で完全にアドバイスできるかわからないしな。


「へいニーナ、ちょっと付き合ってくれないか?」

「ん? いいぞ」


 ニーナはグリモアが使用できないし、単純な実力としても心強いので助っ人になってくれるだろう。俺だけだと、グリモアが使える人間からの視点しか立てないからな。



 普段からアッシュが使用している訓練場へとやってきて、既に数十分が経過している。グリモアを習得するための方法を色々と考えようって話だったはずだが……双剣を手に嵐のような連撃を放っているニーナと、それを柔剣術によって受け流そうと躍起になっているアッシュを、俺が黙って観戦していた。


「ぐぁっ!?」

「はっ! まだまだっ!」


 ニーナの連撃は並大抵のものではない。柔剣によって相手の攻撃を全て受け流そうって考えのアッシュにとって、反応しきれない連撃は苦手な相手になるだろうことは間違いない。ましてや、ニーナの剣は型に嵌まらない冒険者の剣術。その場で最適な型を選択する完成された剣術とは違い、ニーナの荒々しい斬撃に決まった形は存在しない。時には悪手としか思えないような角度での斬撃も放つニーナだが……決まった型を受け流すアッシュにとってはそれが逆にきつい。まさに……天敵。


「あ」


 ついに受け止め切れなくなったアッシュの木刀が、ニーナの蹴りによって弾かれて俺の目の前に落ちた。楽しそうな顔で木刀を喉元に突き付けるニーナに対して、アッシュは両手を上げて苦笑いで降参している。


「まいった……まさか、ここまで荒々しい斬撃をする魔法騎士がいるとは」

「私は別に魔法騎士を目指している訳じゃないけどな」

「……この実力で、か?」

「魔法騎士学園に入学して卒業すれば、冒険者としてもそれなりに有利なんだ。だから私は入学しただけで、国の騎士になんぞなるつもりはない」


 アッシュが信じられないものを見たって表情をニーナに向けるのはわかるんだけど、なんで君はその後にこっちに視線を向けたのかな? 別に俺はなにも入れ知恵なんてしてないし、俺は最近だと魔法騎士になるのもありかなーって思ってるぞ? 給料いいらしいから。


「別に魔法騎士になるとか、ならないとかの話はどうでもいいんだよ。問題はグリモアを使えるようになる手がかりとかありましたかって話」

「ない」

「そんな細かいことを考えながら剣が振れるほど器用じゃない」


 胸を張って2人してないって即答するな。そんでもって、ニーナはもうちょっと考えながら剣を振れ。


「そもそもテオドールはグリモアを見せてくれないのか?」

「いや、見せるのなんか嫌じゃん……切り札だよ?」

「テオ……そこでケチケチするな」

「いや、普通はするんだよ」


 なんで俺が悪いみたいな雰囲気になってんの? 普通はグリモアなんて他人に見せびらかしたりしないの。そんなことを平然とするのはエリクシラみたいな奴だけだよ。


「それで? どうやってグリモアって発現するの?」

「さぁ?」


 あー……これ、もしかして人選ミスったかな。俺は特殊な事情があるから生まれつきでグリモア使えるし、ニーナとアッシュは単純にグリモアが使えない。この中に、グリモアを意図して発現させた人間がいないってことだもんな。


「とりあえず、テオドールがどうやってグリモアを発動しているのかを知りたい。なんかこう……身体の内から湧き上がるような、みたいなたとえ話はないのか?」

「え? そうだな……俺は、グリモアの形を思い浮かべることで発動してるけど……多分、それは自分自身の魂の形をそのまま思い浮かべているだけ……なのかな?」


 いや、グリモアに関してはマジでさっぱりだからな……こればかりは古書を読んでも全く参考になることが書かれていないから仕方ない。古語でも読めたら、また違ったのかもしれないけど。

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