第31話 呆れられた

 この国に国教は存在しない。なんでも、数十年前までは国教が存在していたらしいが、その宗教が国に対して反旗を翻そうとしたため、当時の国王に弾圧されたのだとか。それ以来、この国では宗教って存在そのものに嫌悪感を抱く国民が多くなり、国教以外にもひっそりと存在していた小さな宗教なんかも逃げて行ったらしい。今でもその歴史を感じさせるものとして、荒廃した教会が街中に幾つか存在している。

 国教は存在しないし、国民は宗教そのものに対して嫌悪感を抱いているが……心の底では神の存在を信じている。まぁ……簡単に言うと、ちょっと神様のことをマジで信じている人が多い感じの日本みたいな宗教観をしている訳だ。たかが数十年の話なので、ひっそりと隠れて信仰している人はいると思うけど。


「それで? その相手が宗教絡みだって確信はないのよね?」

「ない、な」

「ないなら別にいいじゃない。それを調べるのだって魔法騎士の仕事なんですから」

「まぁ、確かに」


 王女であるエリッサ姫になんとなく街中であった出来事を話したら、別に気にすることではないと言われてしまった。巻き込まれた俺からすると滅茶苦茶気になることではあるんだが……まぁ、魔法騎士の仕事だってのは本当のことだな。


「そんなことより……貴方の派閥」

「エリクシラの派閥な」

「実質のトップは貴方じゃない」

「いや、違うが?」


 確かにメンバーの勧誘してたのは俺だけど、派閥の頭になった覚えはないぞ。


「別にトップが誰でもいいのよ……今度の野外訓練で貴方達は派閥で動くのよね? そうだとしたら、派閥同士がぶつかった時に面倒なことになるでしょう?」

「なるか? 潰し合えばいいじゃん」

「……野外訓練は魔獣と戦うことを想定しているのであって、生徒同士でのいざこざは禁止よ」


 そうなの? てっきり魔獣退治に邪魔しに来る奴は全員蹴散らせ的な話かと……でも、確かに野外訓練してたのにいきなり対人戦するのは意味わからないか。それだったら普通に学園内でやればいいもんな。


「ん? いざこざが禁止なら別に面倒なことになんてならないだろ」

「なるから言ってるのよ。毎年必ずと言っていいほど派閥同士の問題が起きるらしいわ」


 へー……でも、それって気を付けてもなんにもならなくない? 俺とエリッサ姫が派閥同士で出会っても絶対に争わないようにしようねって言っても、派閥の生徒が勝手に争い出すかもしれないってことだろ?


「そもそも、エリッサ姫は自分から派閥率いていくのか?」

「無秩序に放置された集団になるぐらいなら、私がまとめた方がマシよ。私は別に、派閥なんて結成した覚えはないんだけど……」

「あはは、ウケる」


 そんなこと真面目に考えて学生やってるの、多分エリッサ姫だけだと思うよ? 少なくとも、エレミヤと序列2位の辺境伯令嬢ちゃんは全く派閥なんて気にしてないって言うし。

 前々から思ってたけど……エリッサ姫はちょっと魔法騎士ってものに拘り過ぎていると思うの。もっと自由に考えてみればいいのにってのは、何も背負っていない平民だから言えることなのかな?


「とにかく、派閥を率いるつもりならしっかりと管理しなさい。特に、ニーナ・ヴァイオレットは」

「嫌いなの? ニーナのこと」

「き、嫌いだとか好きだとかそういう問題じゃありません。確かに苦手な人間ではありますけど。決して個人の感情を持ち出している訳では」

「嫌いなんだ」


 まぁ、わからんでもないよ? だってあの女、頭が暴力で支配されているんじゃないかってぐらい野蛮で、全てが実力で決まると思っている、ある意味では魔法騎士らしい性格してるから。エリッサ姫みたいに、なんでもかんでも細かく決めなきゃやってられない人にはとことん合わないだろうな。

 ぶつくさ言いながらも離れていったエリッサ姫の背中を見送っていると、いつの間にか俺の背後に人が立っていた。


「なにしてんの?」

「いえ、王女様と貴方がどんな会話をしているのか、少しだけ気になったので」


 怖いから普通に声かけてくれないかな。いつも通りニコニコと胡散臭い笑みを浮かべたままのアイビーに、ちょっとびびった。

 実力者として派閥に引き入れたはいいけど、何考えてるのかわからないってのは変わらないから怖いんだよな。最近はアッシュの方にも色々とちょっかいかけてるみたいだし。


「そう言えば、野外訓練っていつ?」

「……なんで魔法騎士科の主要な行事を覚えていないのか理解に苦しみますけど、今から大体……一か月後ですね」

「ほーん」

「興味なさそうなら最初から聞かないでください」


 ごめんって……そんなに怒ることないじゃん。というか、エリクシラも言ってたけど、みんなそんなに一年中の行事がいつとか覚えてんの? 真面目だなぁ……俺は全く覚えてないぞ。


「野外訓練にむけて、今から派閥内で色々なことをする必要があると思いますが」

「あるの?」

「…………エリクシラさんと相談しますね」


 やべぇ……普通に呆れられた。普段から胡散臭い笑顔を浮かべているはずのアイビーにすら、何言ってんだこいつみたいな目で見られてしまった。


「はぁ……実力だけ見て派閥に参加したのは失敗でしたかね……まさか派閥の頭とも言える彼がこの程度なんて」

「全部聞こえてるからな。そして派閥の頭はエリクシラだから」

「お飾りですけど」

「エリクシラはお飾りじゃないだろ。剣が使えないだけで魔法での戦力は充分にあるんだから」


 魔法騎士としてはどうかと思うが、普通にそこら辺の生徒と戦ったら余裕で蹴散らせるぐらいの実力はあるぞ? それに加えて、家柄もよくて誰もが名前を聞けばわかるぐらいなんだから……これ以上に派閥の頭に丁度いい人間が他にいるか?


「彼女が人の上に立ち、しっかりと活動できると本気で思っていますか?」

「そりゃあ……まぁ……人間、慣れればなんでもできる、だろ?」

「できると、思っていますか?」

「……まぁ、難しいかもしれないけど」


 いや、認めるよ? 確かにエリクシラを派閥の頭にして大丈夫かなーって最初は思ったけどさ……初期のメンバーが俺とニーナだぜ? 頭が暴力なニーナは論外で、学校行事の日程すらまともに知らない俺が派閥トップ? 笑えない冗談だぞ。

 エリクシラが派閥のトップになったのは、家柄もあるけど……ただの消去法だ。

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