第30話 好奇心は猫を殺す
アッシュ・ガーンディから必ず派閥に所属するとの返事は貰えなかったが、それなりの好感触だったのはいいことだ。アッシュが所属してくれるなら、これで派閥のメンバーも5人……最低レベルに達した、って所だろうか。
「……ん?」
学園の授業が休みの日に、適当にぶらぶらと王都を歩いていると……路地裏に駆けこんでいく人を見かけた。明らかにボロボロの恰好をしていたりするなら、スラムなんかで生きている人なのかなって思えたけど、明らかに高そうな服を着ていたから少し気になった。
頭の中にある王都の地図で路地裏から続いている道を検索しても……なにも引っかからない。とは言え、気になっただけだから別に深く入っていく必要ないかと思い、その場を後にしようとしたのに、その足を止めてしまった。
「はぁ……」
さっさと離れようと思った瞬間に、物音と共に小さな悲鳴が聞こえてきてしまったのだ。面倒ごとに首を突っ込んでいくのは賢い行いではないと頭では理解していても、人間の好奇心と言うものは簡単に止められるものではない。ちょっと見るだけ、中の様子を伺うだけって言い訳をしながら路地裏に入っていくと……人間が飛んできた。
「おっと……で、なにこれ?」
飛んできた人を叩き落す訳にもいかないので抱きとめてやったが……既に虚ろな瞳をしながら血を大量に流していた。まだ温かいが……既に死んでいる。
これはなんなのかと、俺の目の前で血の滴る剣を手にしている黒い布で顔を隠している2人組に聞いても、当然ながら返事なんてある訳がない。
「あー……見なかったことにして、逃げてもいいかな?」
「……始末しろ」
「はい」
「マジ?」
女性なのか男性なのかわからないように聞こえる声で、片方が指示をした瞬間に血の滴る剣を持っていた方が襲い掛かってきた。なんの問答もなく殺しに来るとは流石に思っていなかったので、初手の突きを足で蹴って後ろに下がった。
「さっきの奴が上司? 男か女か声で判別できなかったんだけど……もしかしてそういう魔法?」
「……」
「おーい。返事をしてくれると嬉しいんだけど……1人でこんな風に喋ってたら変人だと思われるだろ? どっちにしろ、この国の魔法騎士から逃げられる訳ないんだから、俺に喋っておいた方がよくないか?」
「よく、喋る」
会話をする気は最初からないらしい。
指示をした方は既に闇に消えてしまったし……俺ができることは魔法騎士にこいつと、この小金持ちっぽい男の死体を一緒に突き出すことだけか。
「やれやれ……本当は、学外で剣を抜いちゃいけないって校則があるんだけどな。バレたら序列が下がっちまうんだぞ?」
左の腰に差していた片手剣を右手で抜いている最中に、こちらを殺そうと突っ込んできたのでその剣を左手で掴む。まぁ、動きからして暗殺者っぽいから、人体急所を狙ってくることはわかっていた。特に首なんかは搔っ切ればそれで終わるから、最初に狙ってくるだろうとヤマ張ってたんだけど……見事に当たったな。ただ……暗殺者ってのは、相手に剣を抜かれたら終わりな職業だと思うんだ。
「あんまり街は破壊したくないんだ。暴れてくれるなよ」
「っ!?」
こっちの迫力に圧されたのか、一瞬だけ動揺したので左手に魔力を集中させて剣を半ばからへし折った。剣を折られ、即座に逃げようとしたので太ももに向かって折った刃を投げて貫通させずに残し、振り向いて魔法を発動させようとした右腕の腱を切断した。
これで足は使えず、右腕も動かせない。片腕と片足……失ってしまえばまともに戦うことはできないはずだ。
「この王都でこそこそやってるってことは、組織としてはかなり大きいんだろうな。そうでなきゃ、魔法騎士が目を光らせてる場所で犯罪なんてしないだろ。それで? 君は末端なのか、それとも信頼を得ている暗殺者なのか……聞きたいのはそれだな」
剣を首筋に当てながら質問する。こういうのは本来魔法騎士の仕事なんだろうが……狙われたからには相手の情報は知っておきたい。どこから情報が流れて、俺のことを邪魔に思って消しに来る奴が現れるかもわからないんだから。
こうやって座り込んでいるとわかるが、この黒ローブの暗殺者は女だな。悔しそうにしながらも目は反抗的で……なにかに迷っているようにも見える。
「末端か」
「……」
「そうじゃなきゃ、自殺用の毒薬を飲み込むかどうかで迷ったりしないだろ」
「何故、それを?」
「見ればわかる」
無理矢理口の中に手を突っ込んで、歯の内側についていた毒薬らしきものを取り出す。女は咳き込んでいるようだが、死んでないだけマシだと思え。
「ふむ……これ、魔法で保護されてるのか? なんの毒だ?」
「……」
「まぁ、別に喋らなくても刻まれている魔法陣を見れば大体どんなものかわかるけども」
「魔法陣を……お前、何者、だ?」
「クロノス魔法騎士学園のしがない新入生だよ」
スパイものとかでよく歯に毒薬を仕込んで自決するって話は見るけど、まさか本当にやっている連中がいるなんて思いもしなかったな。なんてのほほんとしながら魔法陣を眺めていたら……これがなんなのか理解した。
「噛み砕いてから魔力を流し込むと起動するようだが……これ、毒じゃないな」
見ればわかる。これは毒じゃあない……もっと極悪非道なものだ。だが、俺が毒であることを否定した時の反応を見るに、なにも知らされずに自決用の毒であると教えられていたんだろう。
「これ、魔力を流し込むと……お前を尋問している人間ぐらいは殺せるような爆破魔法だな。範囲は……小部屋1つってところか?」
明らかに尋問してくる相手を道連れにするためのものだな。ただ、毒薬ならまだしも自爆用のものだと言われて大人しく嚙み砕く人間はいないから、暗殺者として誇り高い死がどうとか言って、毒薬って偽ってるんだろうな。
「だから、どうした」
「ん?」
「情報を吐いて裏切るぐらいなら、私は死を、選ぶ」
マジか。ガンギマリって感じの目だな。人間がここまでガンギマリで死を恐れなくなるのは……宗教だろうな。
「はぁ……関わらなきゃよかった」
さっさと魔法騎士に突き出して俺は学園に帰ろう。今ならまだ俺は無関係な人間ですって通せるかもしれない。それに、この女の自爆用のものは取り出したんだから、魔法騎士が拷問みたいな形で情報は聞き出してくれるだろうな。よし、そうと決まれば俺はさっさと帰ろう。善良な市民としてこの女の残っている足と腕の腱を切断してから通報しておこう。
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