第29話 柔剣術
「じゃあいくぞ」
「あぁ……いつでも構わない」
「そうかい」
まずは普通に踏み込んで縦斬り。アッシュはそれを剣で受けて、こちらのことを観察しているように見えるのだが……なんだか剣で受け止められた時の感触がおかしかった。剣を剣で受け止められたら、もうちょっと衝撃が返ってくると思うんだが……滅茶苦茶軽かった。
「どうした?」
「いや……なんでもない」
考えてもわからないので、取り敢えず連撃を入れてみる。縦、横、縦、縦、横……連続で斬撃を向けてみるが、やはり全てを剣で受け止められる。弾かれるとか、そのまま避けられるとかではなく、例外なく全て剣で受け止められる。
なんというか……まるで剣で切り裂けない柔らかいものに向かって、ただひたすらに斬りかかっているような感触だ。糠に釘、暖簾に腕押しって感じの言葉がぴったりと合う気がする。
「ふっ!」
ちょっと速度を急激に上げてみても、やっぱり剣で受け止められる。
「ふむ……君の剣はどうも独学のようだな。通常の流派ではありえない角度からの斬撃が幾つかあった。勉強にさせてもらうよ」
「勉強?」
勉強するってことは……なにかしらに応用しているってことだよな。剣の角度で応用……受け止める? もしかしたらと思って、フェイントを織り交ぜながら視線を上に誘導し、死角から突きを放ったら……アッシュの剣がくるりと回転して簡単に逸らされた。
「……柔術?」
「似たようなものだな。俺のこれは、斬撃を受け流す柔剣術とでも呼ぶべきか」
斬りかかっても感触が上手く返ってこないのは、衝撃を上手く受け流されていたから。さっきからこっちが悠長に斬りかかっているのに、相手から攻撃してくることが無いのは、型が全てカウンターでできているから。アッシュ・ガーンディの剣術は、相手の攻撃を受け流して致命の一撃を叩き込むカウンター特化型だ。
受け流しからのカウンター特化型と言っても、簡単にできるものじゃない。相手の剣の速度や威力なんかを完璧に理解して、そこから自分が振るう剣の速度を微調整しなければできないはずだ。常人には不可能なはずのその柔剣、それを可能にしているのが……一見すると細身だが、しっかりと鍛えられている全身のしなやかな筋肉だろう。
「……やっぱり、序列が上の方の奴は面白いな」
「っ!?」
俺が更に一歩踏み込むのと同時に、アッシュは俺の斬撃を受け止めることなく避けた。
目もいい。今の俺の斬撃は、魔力を大量に込めたもので、これを受け流すには相応の魔力をぶつけて相殺しなければならない。一瞬の判断でそれが不可能であると断定したから、アッシュは避けたのだ。
「エレミヤ・フリスベルグの言っていたこと、妄言ではなかったらしい。君は……俺より強い」
「まだ、わからないだろう?」
カウンターが主体の相手に対して俺ができることは、先ほどのようにカウンターするには難しい攻撃をするか……カウンターを差し込むことができないぐらいの超高速で連打するか。
試しに高速で斬撃を数度放ってみらたら、最後の一撃だけを受け止められた。こちらがどれだけの連撃をするのか、刹那の瞬間に判断して見切ったということだろうか。人間離れした動体視力と頭の回転の速さだ。
「略式『火炎』」
「おっ!?」
次は魔法を混ぜ込みながら攻撃でもしてみるかと思ったら、先手で略式魔法を放ってきた。虚を突かれれば当然俺が後手になるのだが、カウンターを主体とした柔剣使いのアッシュに攻めることなんてできるのかと思っていたら……お手本通りのような綺麗な片手魔法剣術で攻撃された。そりゃあ……片手魔法剣術を完璧にカウンターできる人間が、自分で使えない訳ないよな。
「まいったな……ほぼ完璧な攻防一体の魔法剣術か」
「そうでもない。今のだけで俺が持つ致命的な弱点には気が付いているだろう?」
ふむ……アッシュが自分で言う致命的な弱点ってのは、攻め方も守り方も単調って部分にあるだろう。攻めは模範的な片手魔法剣術で、守りはカウンター一辺倒。これではトリッキーな武器を扱う人間や、そもそも型なんて存在しないような荒々しい魔獣なんかにはどうしても弱くなってしまう。かといって、あのしなやかな筋力からは片手魔法剣術特有の力強い踏み込みがどうしても浅くなってしまう。つまり、ある程度以上の実力を持つ相手に対してどうしてもジリ貧になってしまう。
そんな実力不足を解決してくれるのが、個人が固有で持っているグリモアなんだろうが……アッシュにはそれが使えない。
「……俺が思うに、グリモアってのは利己的な奴ほど発現すると思うんだ」
「急にどうした?」
「グリモアは魂の発露であるのならば、集団の中に溶け込んで自分を律する人間には……一生使えないと思う。魔法騎士に使える奴は多いのは、結局実力主義で個人主義な連中が多いからなんだろうなって」
アッシュにはそれが無いように見える。他に俺の知り合いでグリモアを使えないって言うと、エリッサ姫やニーナがそうだな。ニーナは一見すると利己的に見えて、実はそういう細かいことを重んじるタイプだと思う。冒険者でありながらルールを気にしすぎるのはそういう所だろう。逆に、丁寧な態度をしていながら裏工作とか平気だやるアイビーはグリモアを発現している。
「それは、校則違反のように見える装飾品を身につけている自分への言い訳か?」
「ん? この指輪? これは装飾品じゃないけど……それはいいんだよ」
いいだろ別に。そもそも校則に明記されているのは、学業や魔法騎士としての活動に必要のない装飾品が駄目ってだけだから、これは魔法騎士としての活動に使えるからいいんだ。
「……そろそろやめようか。このまま続けていても、俺はお前に勝てない。それは打ち合っている俺が一番良くわかっている」
「本当に?」
「自分の無力さを認めること……そうしなければ人間は成長しない」
なるほど、確かに。
「それに……お前のような男が所属している派閥というのに、興味が湧いて来た。どのような人間が所属しているのか」
「あー……個人主義だぞ? いるのもニーナとアイビーだし」
「……ニーナ・ヴァイオレットとアイビー・メラルダスか? ますます理解できない集まりだな。だが、実力派ではあるらしい」
おぉ……これなら、最初から2人の名前を出しておけばよかったな。
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