第28話 ガーンディ男爵家当主

「アッシュ・ガーンディ男爵は、数年前に新たに貴族として名を連ねたガーンディ男爵家の当主なんです。先代の当主は魔法騎士だったらしいんですけど、なんでも強大な魔獣を単独で打ち倒し、国王陛下を守ったとか……謙虚で素晴らしい人だったから男爵としての地位を特別に与えられたとか言われてますけど、詳しい経緯は上の方の人かしか知らないと思います」

「……普通はその先代当主とやらが1代限りじゃないのか?」

「私もそう思ったんですけど、色々とあったみたいで……そのまま叙爵されたみたいです」


 へぇ……戦争も起きてないのに、魔法騎士が新しい貴族にねぇ……なにかありそうだけど、それの口封じのために叙爵したとか?


「で? 先代当主は?」

「病に倒れたらしいです。生きてはいるみたいですけど……もう剣を握れることは、ないんじゃないかって」

「だから息子がその爵位を継いで、魔法騎士として名を上げるためにこの学園にってことか」


 まぁ……必死なんだろうな。父親の武勇で成り立っていた貴族としての立場が、たった数年で大きく揺らいでしまったんだから。下手に無能を晒せば、すぐに爵位を取り上げられる。爵位を失った貴族の行き着く先は……悲惨なものだろう。


「面白い生徒ってのはどういう意味だと思う?」

「どういう意味……さぁ? 確かに、現役当主の学生って部分を見ると面白い生徒ってことになるかもしれませんけど……それがなんで面白いのかは私にはわかりません」


 現役当主だから面白いのか、序列56位でありながらなにか意外性があって面白いのか……または、そもそも人間性とかが面白いのか。


「そのアッシュ・ガーンディとかいう男は普段何処にいるのかと知ってる?」

「彼なら普段から訓練場にいるよ。周囲の人が心配するぐらいに真面目で、努力家で自分に厳しい生徒だからね」

「……なんでお前はそう俺の前に何度も出てくるのかな、エレミヤ」

「なんでって……同じ学園の生徒なんだから仲良くしないとね」


 ストーカーかよ。

 温和な笑顔を浮かべているが……エリクシラはその姿を見て、俺の後ろに隠れるように逃げた。

 整った顔立ちから温和な笑顔を常に浮かべるイケメン君だが、どうにもエリクシラからの印象はよろしくないらしい。まぁ、その金眼を細めて俺の中にある何かを見つめるようなその視線は確かに不快だが。


「ガーンディ男爵はとてもいい人だから、君にとっても素晴らしい刺激になってくれると思うよ」

「それは……喜んでいいのか?」

「勿論だとも」


 おいおい……このイケメンが言うってことはかなり面倒な人間だったりするんじゃないか? というか、なんでこうも俺の行く先々にこの男は現れるんだよ。

 ただ、エレミヤの持っている情報ってのは貴重なものだから、無碍にはできないんだよな。



 陽が沈み始める時間だと言うのに、エレミヤの情報通り訓練場では1人の男は剣を振っていた。遠目からでもわかる、しなやかな剣の振りに少し目を奪われる。


「む? そこにいるのは誰だ?」


 ちょっと観察していようと思って訓練場に足を踏み入れた瞬間に、男は俺の存在に気が付いた。まさか気が付かれるとも思っていなかったので、ちょっと驚いてしまったな。


「ちょっと見学させてもらおうと思ったんだが……邪魔だったかな」

「いや、見学は別にいいが……その目つきの悪さ、君がテオドール・アンセム、か?」


 なんで目つきの悪さで罵倒されたんだ?

 白い髪と対照的な黒い目を持つ男……アッシュ・ガーンディは俺のことを知っている様子だった。まるで社畜のように疲れた顔をしていることにはちょっと驚いたけど、事前にエリクシラから聞いていた、細身の高身長白髪黒目……特徴通りの男だ。


「俺のことを知ってるのか?」

「あぁ……お節介な序列1位が、色々と君について教えてくれたんだ」


 あの野郎……ついに他人に対してすら俺のことをべらべらと喋るようになったのか。いよいよストーカーのそれだろ。


「それで、噂の問題児が俺になんの用なんだ?」

「問題児って……試験受けなかったこと言ってる?」

「逆にそれ以外にあると思うのか? というか、なにか自分で心当たりがあったりするのか」


 いや、流石に問題児呼ばわりされるようなことは……面倒だなって思った時に授業をサボるぐらいで、あんまりしてないと思うけどな。


「それで、用件だけど……派閥入ってないよね?」

「……入ってないな。俺はあくまでもガーンディ男爵家の人間として、トップを目指している。別に公爵家や辺境伯爵家に媚びを売りたい訳じゃないからな」


 ふむ……個人主義って言うか、自分が抱えている男爵家としての立場はそうせざるを得なくなっているって感じかな。そうだとしたら、俺たちの派閥に入ってくれる可能性は全然あり得る。1人で男爵家を背負って戦うことよりも、俺たちと一緒に居ることでメリットがあると思わせればいい訳だからな。


「ビフランス派閥に入って欲しい」

「……ビフランス家とは、また大きな貴族の家だな。だが、この学園に所属している1年生のビフランス家と言うと……落ちこぼれと罵られている、エリクシラ嬢だろう?」


 流石に貴族家当主ともなると知ってるか。


「落ちこぼれなんて言われてるけど、エリクシラはグリモアすら扱えるほどの才能を持っている。俺は、必ず彼女が上に行ける人間だと信じているんだ」

「グリモア、だと?」


 俺の勧誘なんて全く興味もなさそうって感じだったのに、グリモアって名前が出てきた瞬間、目つきが変わった。

 貴族家の当主として、恐らく彼はグリモアに対して大きな価値を見出しているんだろう。だから……すぐに反応した。


「少し興味が湧いてきた。グリモアを扱える人間は必ずなにかしらの形で成功すると聞いたことがある……そして、万人が扱える可能性を持っているとも」

「ちょっと失礼かもしれないけど、グリモアは?」

「使えない。実は見たこともない……グリモアは基本的に隠したがるものだからな」


 そうか……つまり、彼はグリモアが使えるようになりたいと思っている。男爵家を復興する為に、彼は恐らく自分自身がグリモアを使えるようになることを望んでいる。それこそが、自分が貴族であり続けるための方法であると。


「……ちょっと手合わせしないか? さっき見てたけど、あんたの剣はなにかが違った」


 片手剣術でありながら、なにか少し妙な動きを取り入れていたアッシュ・ガーンディの剣術、そしてその実力に興味が湧いてきた。実力を測るには……やはり剣をぶつけるのが手っ取り早い。


「いいだろう。俺も、序列1位の男が注目するほどの人間……君の実力が気になっていたところだ」

「それは忘れてくれ」


 マジで次に会ったらエレミヤに釘刺しておこう。

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