第27話 『死の翼』

 次々に地中から顔を出してくる魔猪を見る感じ、どうやら全個体が互いの状況を把握している状態だったらしい。群れの1頭がやられたことで、全体が一気に敵対してきたってことだろうな。

 最初に現れた魔猪の攻撃を、エリクシラはギリギリで発動したらしい防御魔法で防いだのようだが……そのまま気絶した。いや、目の前に巨大魔猪が出て来て驚くのは理解できるが、敵を目の前にして気絶するってのが意味わからんわ。


「私が助けますよ」


 一気に加速して俺の横を通り抜けていったアイビーは、エリクシラを庇うように立って両手大剣を振り抜いた。魔力を乗せた斬撃によって、巨大魔猪は為す術もなく両断されて血の雨を降らす。同時に、周囲に現れていた魔猪の群れが一斉にアイビーへと殺到するが、彼女は胡散臭そうな笑みを浮かべたまま。


「『死の翼サリエル』」


 呟かれた言葉と同時に、アイビーの影が伸びて近寄ってきていた魔猪を一斉に貫いた。魔法陣に魔力を通してた様子もなく、一瞬で効果が発動する魔法。間違いなく、グリモアだ。

 10頭の魔猪を軽々と貫いた影の槍を見て、襲い掛かろうとしていた魔猪は躊躇いを見せた。数で押せば倒せると思っていた相手が、仲間を一瞬で殺す怪物に見えたのだろう。野生の勘とでも言えばいいのか、大自然の弱肉強食で生きている魔獣の判断は早い。だが、野生のルールで言えば、一度でも逃げを考えた時点で既に勝敗は決しているも同然だ。


「全部は無理ですから、残ったのはお願いしますね」

「お、おう」


 槍のように、針山のように伸びていた黒色の影は、アイビーの身体に近づいていって1対の翼となって背中に収まった。魔猪の群れが後退った瞬間に、翼となっていた黒い影は再び周囲の全てを貫く槍となって魔猪の群れを襲った。

 外から見ていても、あの影の形状変化が恐ろしく速い。目を離した隙に一瞬で形を変えて、魔猪の群れを頭から尻まで串刺しにしている。ただ、伸ばせる範囲に限りがあるのか、全ての魔猪を貫くことはできず、数頭が無傷のまま逃げ出していた。

 俺が任された仕事は、冷静に……そして確実に逃げ出した魔猪を仕留めること。短縮魔法で魔力の針を飛ばし、魔猪の急所を貫く。本来は暗殺用に開発された魔法であると魔導書に書かれていたが、使用場面を選べばこうして逃げる相手を殺すことに使える。


「……やはり、貴方は優秀な人ですね」

「エリクシラはどうだった? 俺としては予想以上にやると思ったんだけど」

「そうですね……些か、実戦に対して弱すぎると思いますが、実力としては申し分ないかと。実戦に関しては場数を踏めば誰でもなんとかできることですから」


 全ての魔猪を仕留めたので、彼女のグリモアを観察しながら近づくと、そんなことを全く気にした様子もなく俺の質問に笑って答えてくれた。

 アイビーのグリモアはこれで大体理解した。

 死の翼サリエルの能力は、自らの影を自由自在に操ることができる、と言ったところか。普段は翼の形として自身の背中につけ、攻撃時には槍のように尖らせて相手を刺し貫く。伸ばせる範囲は……ざっと見た感じ身長の5倍ぐらいまで。距離で換算して7メートル前後ってところか。それ以外になにができるのかはわからないが、とにかく影にさえ気を付ければなんとかなるグリモアであることには違いないだろう。


「……ほら、そろそろ起きろ」

「んうぇ!?」


 笑みを浮かべたままグリモアによる翼を消していくアイビーを見ながら、転がって気絶していたエリクシラを叩き起こす。魔猪に不意の攻撃を受けそうになっただけで気絶するって……魔法騎士になるとかそれ以前の問題だと思うんだが。


「て、敵は!? 猪は!?」

「全部片づけた……殆どアイビーがやったけど」

「ふふ」


 今回はグリモアを使っていたが、単純な身のこなしと魔力の操作能力を考えると、序列が5位であることも納得だな。両手大剣で魔猪を真っ二つにした斬撃だけでも、それが理解できる。

 俺が魔法を使っている所も観察されていたけど、彼女が俺の行動になにを思ったのかは聞いてみないとわからないけど……わざわざ聞くのはなんか嫌なのでやめておこう。


「それで、派閥に入ってくれるかどうか決めてくれたか?」

「はい。そもそも今回の依頼に関してはただの言い訳で、なんとなく戦っている所が見たかっただけですから、最初から入るつもりでしたよ」


 な? あんまり性格は良くないだろ?

 ここで戦っている所が見たかったと言うのは、エリクシラのことだろう。俺が戦っている姿が見たかったのなら、エリクシラの救援にアイビーが入る理由なんてないからな。俺が助けに入って魔猪を倒すところを見ていればよかったんだから。

 どんな基準でエリクシラのことを見ていたのかは知らないけど、アイビーの中にあった基準はクリアしたらしい。それがグリモアを使ったからなのか、それとも想像以上に威力が高い魔法を使用していたからなのか……多分、グリモアかな?


「これで派閥は3人目……少なくない? もっと多くの人を募集するとか、した方がいいんじゃ……」

「面倒な奴が入って来ても困るだろ。はっきり言って、派閥に所属しているって事実と、協力しても問題ないぐらいの実力者以外は求めてないぞ?」


 派閥の長だから心配する気持ちはわかるが、最初から俺は他人に頼るつもりなんて微塵もない。ただ、エリクシラが持っているビフランスという家名は利用できると思ったから勝手に使っただけだ。ニーナとアイビーも、俺の得になると思ったから仲間に引き入れただけだ。別に派閥を滅茶苦茶に強くして学園を支配しようとかは、最初から考えてない。


「……そういうことなら、1人だけ面白い生徒がいますよ?」

「へぇ、誰?」

「序列56位の男爵家の男性です」


 男爵家……当主? 次期当主とか嫡男とかじゃなくて、現当主ってことか? 学生がそのまま当主ってできんの?


「が、ガーンディ男爵ですか?」

「おや、エリクシラさんはご存じなんですね」

「ゆ、有名な新興貴族ですから……でも、まさか彼もクロノス魔法騎士学園内にいるなんて……」


 え、有名なんだ。でもそれって貴族社会の中でって話だよな? 平民である俺には関係ない話……いや、アイビーも平民じゃなかったか? なんで貴族社会で有名な人物のことを平民のアイビーが詳しく知ってるんですかね……やっぱり貴族出身の人間なのでは?

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