第26話 魔獣討伐依頼
魔獣とは、空気中の魔素を取り込んだ結果変質した動物が進化した姿……と言われているが、実はその起源はよくわかっていない。この世界の一般的な人間からの認識は『創生の女神に対抗するために邪神が生み出した眷属』ってことになっている。なにを言っているのか俺にはさっぱり理解できないが、そもそも生物の進化論も提唱されていないこの世界では、人間が女神によって生み出された高尚な生き物ってことになっているんだから仕方ない。宗教ってのは、どの国どの時代にも存在するものだ。
で、邪神が生み出した眷属とされる魔獣だが……当然ながら強いものから弱いものまで幅広く存在している。中には伝説にしか存在しないとされる超強大な魔獣とかもいるらしいが、そこら辺は俺も詳しく知らない。ただ、魔獣はよく街道なんかに出て来て人間を襲ったりするので、年がら年中討伐依頼が出されているのだ。
「それで? 今回の獲物は?」
「王都から南の街道近くの平原に、数十頭ぐらいの魔猪が現れたらしいです。そこまで手強くないようですが……複数の敵を相手にするのは面倒ですから」
「ん? いや……現役の学生にやらせるような仕事じゃなくないか?」
「無理を言って依頼を回してもらいました」
そう言ったアイビーの笑顔は、マジで胡散臭い人間のそれだった。
俺の背後でエリクシラが世界の終わりを告げるような叫び声をあげているが、まぁ……流石にちょっとかわいそうだと思った。
「魔猪の群れは必ず駆除しないといけないでしょう?」
「まぁ……そうだけども」
「でしたら、なんの問題もないですね。報酬金もきっちり山分けしますし」
この女……マジでやばいな。いや、平民で序列5位になるにはこれぐらいにイカレてなきゃ駄目なのかな。
それにしても……この女の行動理念が全く見えてこない。表面上では、国のことを考えて動いてるんですよみたいな感じで言っているが、こんな胡散臭い笑みを浮かべる人間がそんなことを考えて動くだろうか。
アイビーはエリクシラのことをよく知らないからと言っていたが、俺からすればこの女も底が知れない。というか……覗き込んだら戻れないような底なしの闇を感じられるというか……なんか、上手く言葉にできないがとにかく不気味な感じはある。ただ、それを考えても派閥に入れるメリットの方がデカい。
王都から出発して街道を歩いていると、確かに普段よりも馬車や人の通りが滅茶苦茶少ない。南の街道は王都に繋がる最も大きな街道だから、普段はもっと忙しなく商売人が行ったり来たりしているはずなんだが、今日は滅茶苦茶少ない。数少ない馬車も、一目で実力者だとわかるような護衛を連れているが見えたし……魔猪が大量に出たってのは本当らしい。
「こ、こういうことこそ、魔法騎士の出番なんじゃ……」
「魔獣退治は基本的に冒険者の仕事ですから。本当に冒険者だけじゃ手が回らないとか、それこそ災害級の強大な魔獣が出現でもしない限り、魔法騎士は動きませんよ」
「まぁ、そのお陰で王都近くでは野盗が殆ど出ないんだから感謝するべきだと思うけどな」
科学技術がそれほど発展している訳でもないのに、王都の治安が滅茶苦茶いいのは、魔法騎士が異常な程に目を光らせているからだし。まぁ、流石に王都から離れた場所とかだと、野盗も出るらしいけど……そういう奴らって基本的に自分たちが生き残ることが大事で、リスクを負いたくないって考えだから王都には近づかないんだよな。
「魔法騎士も、た、大変なんですね」
「貴女の家、初代魔法騎士団の団長では?」
「うっ!? そ、それは……」
「……おい、あれが噂の魔猪か?」
助け舟を出すつもりはなかったが、視界の端にちらりと映った赤茶色の物体が気になったので声をかけた。呆れたような顔でエリクシラに言葉をかけていたアイビーが、俺の指差した方向を見つめてからにこりと笑った。
「間違いありません。あれが依頼対象の魔猪ですね」
「そうか……1頭しか見当たらない、が」
街道の傍にもかかわらず、なにも気にせずに地面を掘り起こしてなにかをぼりぼりと食っている魔猪は、1頭しかいないが……周囲には数十頭で踏み荒らしたのであろう草が横たわっていた。
「警戒してください。周囲に他の魔猪の姿は見えませんが……どうにも胸騒ぎが」
「わ、私が倒せばいいんでしょう!?」
「あ、馬鹿」
事前にエリクシラの実力を確認するためなんて言われていたからか、小さめの魔猪が1頭だったから行けると思ったのかは知らないが、身を屈めて見つからないようにしていたのに、エリクシラが1人で飛び出していった。
俺は助けに入ろうかと思ったのだが、横にいたアイビーが笑みを消して真剣な表情でその背中を見つめていたので、ここはエリクシラの実力を確認するのを最優先としたことを察して踏み留まった。
「『
「あれは、グリモアですか」
剣も持たない魔法騎士としてエリクシラがどんな戦い方をするのか……それは俺も知らないことだが、小さめの魔猪にすらグリモアを解放するとは思わなかった。
光り輝く魔導書の形をしたグリモアが、エリクシラの身体近くに浮遊するように出現して、そのページを開く。同時にエリクシラが解放した魔力は……先日まで984位だった落ちこぼれとは思えない密度を持っていた。
「これでっ!」
パラパラとページが捲れた状態で神秘の書を左手に構えたエリクシラが右手を突き出すと、その手から勢いよく炎を噴き出した。最早ビームと称してもいいほどの勢いを持った炎魔法によって、魔猪は気が付いた瞬間に全身を焼き尽くされていた。
「ど、どうですか! やれば私だってできるんですよ!」
「……どういうグリモアなんでしょう?」
グリモアを平然と晒す行為そのものに俺は驚いていたが、アイビーは特に気にした様子はない。ただ、神秘の書そのものの能力に目が言っているようだ。
グリモアを無暗に晒してはいるが……今の行動だけではエリクシラのグリモアである『
「あ」
魔猪を討伐したことで嬉しそうに飛び跳ねているエリクシラの背後に、一回り大きな魔猪が姿を現した。
「どこに隠れたのかと思ったら……魔猪って地面を掘り進めるもんなのか?」
「聞いたことないですね」
土煙を派手にまき散らしながら地中から出現した巨大魔猪を見て、エリクシラが固まった。
しょうがないから助けるか……だから先走るなって言ったのに。
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